マリア・パラドクス

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序章

1.相坂シンリ

公開日時: 2020年11月25日(水) 21:53
更新日時: 2020年11月26日(木) 14:38
文字数:2,770

 ――キィンと、一つの甲高い音が鳴り響く。

 零れ落ちたメダルが地面で跳ね、宙へと放り出される。

 そんな音を聞いた俺はどういう訳か、たった今世界が出来上がった感覚に襲われた。


「どうした相坂あいさか。ぼーっとして。妹のリツちゃんが恋しくなったか?」

「……うるせえよ、いずみ。やることがねえなって思っただけだ」

「まあそうだな。シンリの言う通り、こうしてたむろっててもする事が無きゃあな。そんな顔もするさ」


 俺はそんなアホ面をしていたのか、友人の一人がいつものイジリをしてくるが、掠りもしていないので雑に切り捨てる。


 学校なんて性に合わない場所は義務教育を終えた時点で投げ捨てた俺たちは、昼間から男三人で狭く小さい公園に集まっているものの、することが無く暇を持て余していた。

 遊具なんてものは遠い昔に廃止された公園はベンチしかなく、また平日のせいか小さい子供も見当たらない。

 敷地が狭いからか娯楽を嗜む老人たちもいなく、自然と俺たちが独占している状態になっている。


 各々バイトも休み、派手に遊ぶ金もなく、ベンチに座っては腐れ縁の友人とダラダラと喋っているだけの時間は、休日の過ごし方としては悪くはないが良くもない。

 空を見上げても変わらない青が広がっていて、変わった形の雲すら無かった。。


面白おもしれえ動画もねえし、ゲームもいまいち。話題と言ってもリツちゃんを語るくらいしか無いもんな」

「いい加減リツから手を引けよ、泉。何回フラれてると思ってるんだ」

「大小ひっくるめて二十回だ。俺はお前を義兄あにと呼べる日を、今でも待ち望んでいるぞ」

「その自信はいつになっても羨ましいぐらいだ」


 スティック状からパネルに引き伸ばすタイプの携帯端末を操作していた泉は、良い笑顔で俺にサムズアップをしてくるが、何を根拠に言っているのだろうか。


 小学校の頃から中学を卒業し、今に至るまで。

 俺たちの一つ下である妹――相坂あいさかりつに、泉は挫ける事なく交際を申し出ている。

 惚れた理由は意地でも言わなかったため、詳しい経緯は不明だ。


「それでどうする? リョウタ、シンリ。僕としてはこのまま何も思いつかないのなら、恒例のリョウタ告白会議をすることもやぶさかじゃないんだが」

「やるだけ無駄だぞ、森川もりかわ。毎度考えたことを、自分でご破算にするのが泉だ」

「おいおい折角の森川の提案を無駄にしてくれるな、シンリ。実に有意義な時間の使い方だと思うぞ」


 諒太りょうた告白会議。

 俺の友人こといずみ諒太りょうたが、いかにしてリツへの告白を成功させることができるのか。

 もう一人の友人、森川もりかわ紘一こういちがいつ頃からか言い出した、不毛に近い話し合い。


 既に二桁にも及ぶ話し合いは、どれも失敗に終わっており。

 その大半は実行者である泉が毎度作戦通りに動かないことが原因だが、作戦通りに動いても断られることは目に見えているので、どっちに転んでも同じことには変わりはない。


「ただ話しているだけよりかは、行動できる無駄の方がマシさ」

「……しかたねえな」

「フッ。未来の義兄あにさまはツンデレで参るぜ」


 殴りたくなる衝動よりも、何でコイツは自信に満ち溢れているのか俺は不思議でならなかった。


 ああ、それを言うのなら。

 なんでこんなにも科学に溢れている世界で、俺たちは暇に暇を重ね、時間を無為にしているのだろう。


 科学の発達により、極小機械ナノマシンが人類の必需品になって一世紀。

 大半の人間が体内にナノマシンを持ち、より高度な情報技術をもって生活の豊かさはこれ以上にない位まで広がっていた。

 今は個人情報の管理に電子貨幣、従来のパソコンや携帯電話に該当する情報端末などは全てナノマシンに統合され、情報を出力する媒体一つで済む時代だ。


 俺と森川なら左腕に着けている腕時計で、泉は手にしているスティック型の端末。

 荷物さえ持ち歩こうとしなければ端末以外は何も持たず外出できる俺たちは、昔の人たちからすれば宝の持ち腐れと言われるだろう。

 画期的な道具を持っているのに、暇だからとしていることは石器時代にもできる駄弁りだけ。


「ならこの泉リョウタ。二十一回目の告白プランは既に出来上がっている。とくと聞くが良い。相坂、森川!」

「よくよく考えてみりゃあ、二十回もやってて作戦が被ってないの凄くねえか?」

「リョウタは発想が柔軟なんだろ。今回も内容だけは期待しよう」


 無駄にポーズを決め、ベンチに足をかけてカッコつける泉。

 男三人による寂しい告白の作戦会議が今行われようとしたその時、黒い影が俺たちの視界に入る。

 老人に子供すらいなかった公園に足を踏み入れたのは、時代錯誤も甚だしい黒いローブを纏った男。


 薄ら笑いを浮かべる男は青みのある瞳でこちらを見ており、青と黒の入り混じる髪は服装も合わせてある単語を彷彿とさせる。


 ――占い師、魔術師、魔法使い。


 そんな胡散臭い雰囲気を醸し出す男はツカツカと俺たちに歩み寄ってくると、意外にも穏やかで人当たりの良さそうな声で話しかけてきた。


「ああ、驚かせて申し訳ない。この格好で不審に思うのは当然。警戒はもっともだ。なに、青春を送る少年たちの声が聞こえてきたので、職業柄つい関わりたくなってしまってな。向こうに行けと言うのなら、私は大人しく去るよ」

「いやまあ、確かに驚きましたけど。職業柄って言うと、もしかして占いとかっすか?」

「お察しの通り。日銭を稼ぐのがやっとな占い師。どうだろう? 一時の暇つぶしに占いでも。タメになるとは言わんが、遊戯としては中々だ」


 顔を見合わせてどうするか困っていた俺と森川とは違い、臆することなく話に乗る泉。

 相手も自主的に立ち去ることを念頭に入れていたのか、泉の好意的な反応に胸を撫で下ろし近づいてきた理由を話していく。


「お代は結構。暇な少年たちの話題に一つ。どうだろう?」

「俺は見てみたいな、占い。悪い人じゃなさそうだし、何より金払わなくても良いなら見るだけ見ようぜ」

「俺も泉の話よりかは、こっちの方がマシだな。森川はどうする」

「シンリに賛成。せっかくの好意を無駄にするのもなんだし。……ああでも、怪しいことしたら相応のことはさせて貰いますよ」

「ありがとう、少年たち。私の言動に不審なところがあったら、遠慮なく通報でもしてくれ」


 あからさまに怪しい男の話に乗り気な泉の馬鹿さ加減は呆れたものだが、男も男で自分の怪しさを十二分に理解しているのだろう。

 ベンチに座っている俺たちの前に片膝立ちをし、見るからに逃げる気のない態度は彼なりの誠意の表れか。


 本当に占いをしたいだけなのだと受け取った俺と森川は、一応の警戒はしつつ男の要求に応える。


「私の名前はアルカ。少年たちは、タロットカードを知っているかな?」


 職業上の偽名を名乗る男は、右腕につけられた腕輪から何枚ものカードを空中へと投影する。

 彼の周りをグルグルと回り、ひとしきり踊ったカードたちはアルカの右手に束ねられ、笑顔と共に俺たちの前へ差し向けられた。

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