マリア・パラドクス

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第二章

14.戻らぬ戦乙女

公開日時: 2021年1月6日(水) 00:11
文字数:2,392

 朝が過ぎ、そろそろ正午に差し掛かる時間帯。

 体の中を掻き回された感覚が未だに残り、起きてもなお気持ち悪さが収まらない俺は、リビングで不機嫌なリツとテーブルを囲みながら昨晩の記憶を辿っていた。


 俺とミア先輩がアルカと遭遇し、そして碌なことも出来ず先輩に置いて行かれた俺は、リツの無事を確かめるために自宅に帰ったまではハッキリと覚えている。


 だが問題はその後だ。


「リツ。改めて言うが、俺は帰った後の事は覚えていない。そこは信じてくれ」

「そりゃそうでしょう、兄ちゃん。今にも死にそうな青い顔して帰ってきたと思ったら、良かった……とか言ってぶっ倒れて。救急車呼ぼうかと思ったらただの爆睡。それで覚えてたら私もビックリだよ」


 昨夜あったことを呆れながら説明してくれるリツだが、機嫌を損ねている大部分はそこでは無いらしく、仏頂面は治らない。

 いったい何が原因なのかと考えるも、どれもピンとこないものばかり。


 リツを置いて先輩を見送りに行ったから?

 そんな事で怒るほど、妹は子供じゃないし先輩に入れ込んでもいない。

 ならやはり、ズタボロになって帰ってきたことか。

 それならストンと納得がいくし、俺もリツがそんな状態で帰ってきたら、どうなるかは目に見えている。


「はあ……。アルカと会ったっていうのも、それをみゃー先輩が追いかけて行ったのも聞いた。それでお兄ちゃんが、私を心配して家に帰ってきたのは嬉しいよ。――ここまで言って、まだ分からない?」

「すまん。分からん」


 ため息を吐きながら物言いたげな目で見てくるリツに、俺は両手を上げて謝罪する。


 ミア先輩とのほぼ自爆技だった振動攻撃は、一晩寝ただけでは治るものでは無く。

 内蔵が混ぜられた感覚を残す痛みはダイレクトに脳を刺激し、頭の回転は著しく落ちていた。

 吐きはしないが食事をする気は起きず、水を飲むのすら一苦労な状態だ。


「みゃー先輩。こういう時、終わったらいの一番に家に来そうなのに。まったく来る気配が無いの。ここまで言えば分かる? お兄ちゃん」

「先輩が心配だ。ついでに何で俺が付いていかなかったんだ。……ああ、悪かったよ。俺がヘタレたせいだ」

「いやそこまで言うつもりは無かったけど。とにかく。みゃー先輩から連絡すら来てないの。いくらアルカにぶちギレてた先輩でも、一晩中追ってるとか考えられない」

「まあな。先輩、キレてても冷静つうか。相手を追い込むのに心血注ぐタイプだからな。これ以上は無理だと分かったら、戻ってくるはず」


 ようやく分かったかとスッキリした表情をするリツは、溜め込んでいたものの解放感からか、鼻歌を歌いながら冷蔵庫へと向かう。


 目的は当然ながらアイス一択。

 今時どの住宅もクーラーは完備しており、家に居れば暑い夏とは無縁。

 さらに言えば体内のナノマシンに専用のアプリをインストールすれば、他の処理機能が格段に落ちるが体温調節も出来る。


 しかし夏という季節柄、冷たい食べ物への欲求はその程度では止まらない。

 ガサゴソとリツが冷凍庫から取り出したのは、コーン付きのソフトクリーム。


「昼前だぞ。後にすればいいだろ」

「お兄ちゃんを介護したご褒美。まだ貰ってない」

「はあ……。それ食ったら、食後は無しだぞ」

「わーい!」


 ソフトクリームを梱包するケースを開けるために力を込めたリツは、勢いをつけてソフトクリームを真っ二つにする。

 蓋に収まったアイスの部分と、残るコーンの部分に分かれた状態は世間からすると失敗したと言われるが、妹の場合はこれで合っている。


「兄ちゃん、これ食べていいよ」

「お前が全部食っていい。今は固形物を食える気がしない」

「えっ。あっ、そっか。ゴメンゴメン」


 台所から取り出したスプーンを加えたまま、駆け寄ってきたリツに差し出されたのは、半分の内のコーンの部分。

 吐き出した物の中に俺の体調の事も含まれていたのか、ソフトクリーム部分を一旦置いてコーンを食べ始める。


 幼い頃、全部は食べ切れなかったリツが、こうすれば好きな部分だけを食べられると言って習慣となった、ソフトクリームの食べ方。


(……どうせ言っても、そっちはくれないだろうな)


 気持ち的に欲しいのは、シャーベット状のアイスクリームの部分だが、今まですんなりと要求が通ったことが無いので口には出さない。


「うーん。兄さんがグロッキーじゃなかったら、みゃー先輩を探しに行こうと思ったんだけどなー」

「俺が元気でも迂闊に外をうろつくのは不味いだろ。アルカがどうなったのかも、分かんないんだぞ」

「いやでも。連絡も取れない、居場所も分からない。なら後は足で探すしか無いでしょう」


 何やら自信ありげなリツは、手元からメダルを排出し指で弾く。

 赤と青の二色が見えるメダルは、今までに見た事の無い物で、体から出てきたことからホルダーのメダルなのは分かる。


「そのメダル。まさかそれ、新しいやつか」

「そのとおーり! パンを使って森に道標を作った兄妹のメダル。これならみゃー先輩の居場所を探せるかも!」

「期待通りの機能なら良いが。ていうかお前、それで三枚目か……?」


 俺はまだ一枚だぞと、妹に置いていかれている感覚が伸し掛かってくる。

 だが、メダルにある戦いの道具という側面が頭に過ぎり、喜んでいるリツを見ているのは複雑だった。


 自慢げにリツは新しいメダルを見せてくるが、試したい欲求と外は危険だと正しく認識しているのか、俺の体調が悪いことを言い訳に、思い止まっているのは幸いだ。


「――……ん? 誰だ?」

「えっ、お客さん? みゃー先輩……じゃないよね」


 誰かが家へ来訪したことを告げるインターホンが、俺たちの端末を通じて鳴らされる。

 端末から立体投影されたディスプレイに、マイク付きのカメラを起動し、おそるおそる玄関の様子を窺う。


 アルカでは無いことを祈りながらカメラに目を向けると、そこにいたのは見知らぬ褐色肌の男性と、美少女としか言い様がない金髪の少女が立っていた。

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