右手に握っていたメダルは砕け、赤い粒子を放出しながら一つの形を作っていく。
それはある少女を助け出した人物の具現化。
無慈悲な一撃により悪を罰し、正義を持って善なるものを救う猟師たりえる存在。
「……藤木さんをッ、返してもらいます!」
出来上がったのは、赤みを帯びたボルトアクション方式のライフル。
弾丸は既に込められ、後は狙いを定めてトリガーを引くだけになった私は、振り向きざまに逡巡することなくトリガーを押し込む。
狙いはどこでもいい。
当たればそれで良いのだと、頭に巡る情報から命中のみに意識を回した私が狙うのは、幅広く的にしやすいスカート部分。
パァンと耳障りで嫌な音を鳴らすライフルは赤い弾丸を吐き出し、当たれと願う間もなく弾丸はスカート部分の一部を貫く。
事前に分かっていないと避けられない至近距離からの射撃は、突然消えた私への驚愕でフリーズしている女帝には、避ける術すら無かったようで、撃たれてもなお動きは止まったまま。
あっけなく当たったと放心する私の両手は、無意識に空になった薬莢を排出しているが、今はそれを気にしている余裕が無い。
「これで、いいん……だよね……」
「リツ。君は何をやって――」
同じく事態を呑み込み切れないみゃー先輩が、剣を取り落としたのも気づかず疑問を投げかけてくる。
でも先輩が言い切る前に、何をしたのか答えは出てしまう。
ピシピシとひび割れる音を鳴らし、体を震わせる女帝。
液体金属の格納庫となっていた腹部が砕け、中からは気を失っている藤木さんが姿を現す。
砕け散った腹部の傷はみるみるうちに全身へと駆け抜けていき、体を構成していた金属は銀色の粒子へと還元されていく。
うめき声に近い機械音声を鳴らしながらみゃー先輩へ手を伸ばす女帝は、その手が届くことなく粒子となり空へと帰っていく。
残されたのは、藤木さんが手にしていた一枚のメダルだけ。
「メダルとの強制分離。……いや、それよりもリツがホルダーっていうのが驚きだ」
「ホルダー? ――って、そんなことよりも。大丈夫、藤木さん!?」
倒れたまま起き上がらない藤木さんに駆け寄り、姿勢を仰向けにすると僅かに上下する胸と整った呼吸が聞こえる。
地面に落ちた女帝のメダルを拾い上げ、そのまま私同様に藤木さんの下まで来たみゃー先輩は、慣れた手つきで手首から脈を計り、口元に手をかざして呼吸の状態を確認していく。
「うん。目立った症状は無いみたいだ。念のため病院には連れていくけど、リツは大丈夫?」
「よかったぁ……。私は大丈夫というか、体中痛いですけど、生きてるって感じがします」
特に心臓が痛い感覚が顕著だけど、藤木さんの安否はそれを上回るほど安心感を全身に伝え、私はへなへなと腰が砕けて座り込んでしまう。
本当はこの格好、どうやって元に戻せますかって聞きたかったけど。
藤木さんのひとまずの安全を聞いて全身の力が抜けたら、体中から水色の粒子が溢れて元の姿に戻ったので気にしないでおく。
「まあ、返事が何であろうと病院には連れていくけどね。いきなり三枚もメダルを使ったんだ。負担は絶対にあるはず」
「なら聞かないで下さいよ、みゃー先輩」
さっきからみゃー先輩の口から出てくる、実際の意味とは違うであろう単語を、今は意図的に聞き流す。
聞いてもちゃんと答えてくれる保証は無いし、それよりも全員が無事だったことに喜びたい。
先輩も私同様に白い粒子を溢れさせて姿を戻し、続けざまに左腕に着けている腕時計型の端末からディスプレイを空中に映し出して、画面を操作していく。
病院へ連絡しているのだろうと思った矢先、ディスプレイから聞こえてきたのは私が良く知っている声。
――実の兄である、相坂真理の声だった。
『……先輩。俺、どうすればいいですか』
「シンリ? 何かがあったことは分かったから、少しずつで良いから話して。何を言いたいのか分からない」
『先輩。――……泉と森川が目を覚まさないです』
聞こえてきた兄の声はらしくないほど沈んでいて、そんな声で聞きたくなかった名前は私の心臓を跳ねさせる。
暖かかった体は急激に冷え、呼吸を忘れるぐらい兄が語る話の続きを待ってしまう。
嫌な予感がするのに、聞いてはいけないのに、それ以上知ったらきっと立つことすら出来なくなる。
それが分かっていても、兄の声から耳を離せなかった。
『アルカって名前の占い師と会って、メダルだか何だか分からない物を泉が入れられたんです。そしたら泉も、森川も!』
「それ以上は言わなくていい、シンリ。状況は分かった。君たちがいる場所だけ教えて」
メダル。
その単語だけで兄とその友達たちがどうなったのか、今の私でも想像がついてしまった。
きっと藤木さんと一緒で、体にメダルを入れてしまったんだ。
結末はおそらくみゃー先輩が言っていた、無事では済まない状態で――
「……ぁ、れぇ?」
一気に血が抜けていく感覚が私の意識を暗くしていく。
動転し私に駆け寄るみゃー先輩の声は徐々に遠退いていき、痛いほど煩い心臓の音も耳鳴りと一緒にかき消えていく。
これが私の覚えている、ありふれた町に起きた不可思議な事件の結末。
病院に送り込まれた少年少女は合わせて四名。
うち重軽傷者三名、意識不明の重体が一名。
無事だったのは、兄とミア先輩の二人だけだった。
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