マリア・パラドクス

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17.ヘンゼルメダル

公開日時: 2021年1月15日(金) 01:12
文字数:2,824

 まだ夏が終わるには遠く、照り付ける太陽が焦る俺を茹らせ、頭の回転を落としに来る。

 勢いで飛び出してきたがミア先輩を見つけ出す目途は立たず、インターネットに検索するワードすら碌に思いつかない。

 結局、飛び出してすぐ何処へ行くのか決まらず、足取りは遅くなってしまった。


「くそッ……。先輩が居そうな場所、行きそうな場所。いったいどこだ」


 自分の家に居るのなら、とっくに俺たちへ連絡が来ている事だろう。

 俺たちが知らない場所とかだとしても、無事ならカルパレさんたちが把握しているはず。


 ならどこに?


「ちょっと! お兄ちゃん、待ってよ!」

「リツ!? お前、無理して来なくて良いんだぞ」

「無理も無茶も、お兄ちゃんには言われたくない。――あの後、カルパレさんが一個だけ教えてくれたの」


 息を切らせて追いかけてきたリツは、お世辞にも体調が良いようには見えず、顔が青いままだった。

 俺はすぐさま家に帰らせようとするも、リツの一言により思わず手を止めてしまう。


「みゃー先輩。町のどこかにいるらしいの。ほぼ確定なんだって!」

「この町のどこかって……。それでもかなりの範囲だぞ」


 何の手がかりも無く探し回るには、徒歩だろうが車だろうが時間がかかる。

 メダルの力を頼ろうにも、アルカの運命の輪ホイール・オブ・フォーチュンみたいな探知機がある訳でもない。

 人の力を借りようにも、俺自身の交友関係は広い訳じゃないし、リツの友達を当たってもたかが知れ居ているだろう。


 ならどうすればいい?

 やっぱりミア先輩の家族に相談して、警察に届け出を出した方が良いんじゃないか。

 いや、メダルを使えるカルパレさんたち――管理局でも見つけられていないのなら、結果は変わらないかもしれない。


「――……ちゃん。お兄ちゃん! ここは、コレ。使ってみよう!」

「お前の新しいメダル……? でもそれ何が出来るんだよ」

「そこはほら、使えば分かるって!」


 赤と青で半々になったメダルを見せ、自信満々なリツのテンションに引きながらも、俺は僅かな可能性に期待してしまう。

 白昼堂々と体からメダルを排出するリツは、ミア先輩の言っていたメダルが持つ人避けの力を信じ切っているのか、俺の見慣れないメダルをもう一枚取り出す。


 取り出された銅色の、本のカバーの色に似たメダルには、エプロンドレスの少女が描かれていた。


「――高次元物質ディメンジョンマテリアル口演アクティブコール。ナーサリーシステム、セットアップ」


 初めて見る、リツのホルダーとしての姿。

 砕け粒子に変換されたメダルは妹の体を包み込み、俺と同様に全身を別物へと変えていく。

 着ていた私服は白と青のエプロンドレスに、結っていた茶髪は亜麻色のロングヘアーになっていく。

 元々童顔だったが身長が縮むと共にさらに幼くなり、髪色と同じ瞳も碧眼に変わっていた。


 その立ち姿は創作上でよく見られるアリスそのもので、傍から見ていた俺は魔法少女の変身を見ている気分だった。


「リーディング。アリス、ヘンゼル!」


 もう一枚、兄妹が描かれたメダルは粒子となって、リツの体へ浸透するも見た目に大きな変化は現れなかった。

 唯一変わったことと言えば、右目が元の色よりも輝度が上がり光っている。


「どうだ?」

「ちょっと待って。……うぅん?」


 コンパスの形状を取っていたアルカの運命の輪ホイール・オブ・フォーチュンよりも、仕組みが想像できないヘンゼルの機能は、リツも簡単には把握できず腕を組み首を傾げる。

 こんなコスプレ染みた格好をしている妹と一緒にいる所を、誰にも見られないか心配しながら黙って見守るが、リツは首を傾げたまま俺をジロジロと観察していく。


 初めは顔を見ているかと思ったら、胸に腹、手足に背中と隈なく見ていくリツの姿は、落ち着く場所を探す猫を連想させる。


「よし。こうだ!」

「良しじゃない。いきなり手を繋いでなんだ」

「いやぁ。兄妹のメダルなんだし、兄さんと手を繋げば機能が発揮出るかなーって」


 自分なりの考えでメダルの機能を分析したのか、リツは俺の隣に並んで手を取り出す。

 いくら妹とはいえ、今はまったく知らない見た目をしているため、何となく気恥ずかしさが込み上げてくる。


「そんな訳の分からない仕様なわけ――」

「……ねえ、お兄ちゃん。あの青い点って見える?」

「青い点? どれだ?」

「ほら、あれ」


 何か見えたのか、空いた手で道のど真ん中を指さすリツ。

 俺には変哲の無い道にしか見えないが、順々に指されるその点は、どうやら均等に配置されているみたいだ。


 それがヘンゼルの機能か、それともアリスの機能か。

 おそらく前者であると考えられるが、そんな事よりも納得できないことがある。


「嘘だろ。こんな事で機能が発揮されるかよ」

「理屈は分かんないけど、これを辿っていこうよ。他に当ては無いんだからさ」

「それは良いんだが、このままでか」


 数拍置いて、俺たちの視線は繋がった手に落とされる。

 妹と仲良く手を繋いで先輩を探しに行くのも抵抗があるが、見た目が変わった妹と並んで歩くのも誤解を受けそうで嫌だ。


 メダルの効果が実際どこまで人に効くのかが分からない今、下手な行動は避けたい。


「まさか。こんな非常事態の時に、何のんびりした事を言っているの、兄さま」

「だよな……って、のんびり・・・・したこと?」


 嫌な予感がした時には、既に遅かった。


 リツの体から排出されるもう一枚のメダル。

 懐中時計を持ったまま走るウサギが描かれた銅色のメダルは、砕けぬままリツの体へと浸透し、俺の視界から妹の姿が忽然と消え去った。


 直後、襲い掛かってきたのは不思議な浮遊感と少し熱のある人肌の暖かさ。

 思わず閉じてしまった目を開けた先には、青い空と流れる白い雲だけが映っていた。


「リーディング、シロウサギ!」

「待て待て待て待て。ちょっ、ちょっと待てえええええぇぇぇぇぇ!」

「うわっ、うるさっ! しっかり掴まっててよ。空飛ぶ機能なんて無いからね」

「お、おまっ。言われなくても、そうするしかねえだろうがあああああ!」


 瞬く間に町がジオラマの如く小さく見えるまで飛んだリツの背中に、いつの間にか乗せられていた俺は必死にしがみ付く。

 情けなく身長の縮んだ妹に全身を使ってしがみ付く今の俺は、兄の威厳やら男としての矜持は無いも同然。


 いきなり空中へ空間転移テレポーテーションされたら、誰だって恥も外聞も無く助かる方法へ縋りつくだろう。


「一応、これでも抑え目で飛んだんだけど。しかもアホ面してる兄貴を抱える余裕込みで」

「これで抑え目って、まずここまで来るのに五秒もかかってないだろ。それってコンマ――。……って、落ちてる落ちてる!」

「うわぁー情けなぁー。そりゃ落ちるよ、ジャンプしただけだもん」

「お前ッ……、お前ッ! 後で覚えてろよおおおおぉぉぉぉ!」


 跳躍しきれば当然、残る現象は重力に従い落下するのみ。


 ロングスカートを押さえて緊張感無く落下を受け入れているリツは、俺とは違いジェットコースターに似た気分なのだろう。

 それとは正反対に使い方の分からないパラシュートを付けて、無理矢理スカイダイビングさせられている気分な俺は、ただひたすら叫ぶことしか出来なかった。

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