躊躇なく握られる鋼鉄の拳。
その威力を何十倍も増幅した衝撃が俺の首を襲うが、拘束感を味わうどころか首に触れられている程度にしか感じられない。
吊られた男に殴りかかる俺の勢いは、削がれることなく突き進み、拳が叩き込まれた身体は鈍い衝突音を鳴らして吹き飛ばされる。
鎖の先端は宙に固定されたまま水平に飛んでいく吊られた男は、痛みを主張しているのか体を捻じり、砕かれ内部の機械が露出した胴体を両腕で庇っていた。
ボロボロと落ちる金属片に、露出した内蔵機器は相当の痛手を負っているのか、銀色の流体金属と青白い放電を生物的に垂れ流している。
「生命の樹に王国。いやはや、カードに記されていた世界とはそういう事か。私のアルカナとは縁深きものだ」
「余裕だな……。それもそうか。俺がコレを使えても、何の解決にもなっていないからな」
吊られた男に傷を負わせることが成功したことで、状況の打開の一歩になったかと思いきや、アルカの変わらない態度に頭に血が昇っていた俺は冷静さを取り戻していく。
メダルの使い方が分かっても、戦い方が分からない上に泉の助け方も分からない。
何一つ好転していないこの状況は、アルカにとって動揺を誘う切っ掛けを持っていない。
幸い、機械の体になって増幅された五感により、同じく首を絞められていた森川の無事が確認できたことは、唯一の収穫だろう。
「君がホルダーだったのは想定外ではあるが、さて。どうするのかね?」
両腕を大きく広げて、何かを誘う素振りをするアルカは吊られた男を動かす様子もない。
俺が意図を掴めず黙って倒れたままの森川を庇う体勢に移ると、嬉々としてアルカは続きを言い始める。
「私を殺すのがもっとも確実な方法だと思うのだが、如何かな?」
「ゴホッ……! お、おい。シンリ! 言うことを……!」
「分かってる森川。喋らなくていい。俺がすることは一つだけだ」
喉を押さえて咳き込む森川は、俺以上に身の危険があるのにも関わらず心配をしてくれる。
考えるべきは俺と森川が無事に泉を連れて逃げること。
殺人だとか、今の俺の状態だとかは考えている暇はない。
とは言っても、泉を助けられる手段が思いつかないのが現状。
俺の体が機械になったことは感覚で何となく分かったが、泉が完全に同じとは限らない。
体が置き換わっただけなら胴体を破損させたことはかなり不味いし、仮にアルカを殺したとしても元に戻る保証は無い。
「……まあ、冗談だよ。テストと言っただろう? 私も君同様に、ソレにはまだ慣れていない。だから――」
肩を竦めておどけるアルカは、潔く俺から背を向ける。
どこへ行くと追いかけようとしたその時、吊られた男は悲鳴に近い金属音を鳴らすと、鋼鉄の装甲を粒子に変えつつ俺たちに伸ばした右腕を力なく握り締める。
首に抵抗感が無いことから力を向けられたのは俺では無く、嫌な予感と共に後ろを振り返ると、首に痛々しく鎖の跡を残した森川がピクリとも動かず倒れ伏している。
吊られた男も泡と消え、中から出てきた泉は頭から地面へと落ち、起き上がる気配が無い。
「アルカッ! お前ッ……!」
「私に構ってていいのかな。適当に首を絞めた彼は知らないが、吊られた男にした彼はこのままだと衰弱死は免れない。君の選択肢は無い筈だが」
「――……クソッ!」
戻り方が分からないから、そのままの状態で俺は泉に駆け寄る。
うっすらと開かれた目は焦点が合っていなく、呼吸も浅ければ心臓の鼓動も弱まっている。
顔面は蒼白で、声掛けしてもそれらしい反応は一つも得られない。
森川も森川で、呼吸の仕方がおかしく体が痙攣していた。
気が付いたら俺の姿が元に戻っていると同時に、アルカの姿も消えていて。
示し合わせたかのように着々と増えていく人々が、俺たちの異常な様子に気が付くまでそう時間はかからなかった。
*
暗いローブを身に纏い、隠すことなく私は不審者ですとばかりに怪しさを醸し出す男、アルカは一枚のメダルを指で弾き遊びながら歩いていた。
弾かれ遊ばれているメダルには片足を吊るされた男が描かれており、亀裂が入っているものの銀に光るメダルは美しさを保っている。
シンリが力を使い、辛くも吊られた男を退けた事実を反芻する彼は、今や遠く離れた公園からはサイレンの音が喧しく鳴っていることすら関心を示さない。
今のアルカが興味を示すのは、突如発生したシンリのメダル。
生命の樹の力を宿したメダルだと認知はしたものの、それ以上のことは一度の衝突では判明しなかったが、それ故に彼の心は喜びに昂っていた。
「他にもメダルが存在することは知っていたが、まさかセフィロトも存在するとは。……是非この手で試したい」
あのメダルはどんな機能を有しているのだろう。
吊られた男の攻撃を平然と流したことから察するに、特殊性は無くとも一定以上の強度を持っているはず。
なら奪い我が物とすれば、他のメダル保有者と出くわした際に生存率が向上する。
より安全に、メダルの収拾が可能となるはず。
「大いにあり、と言ったところか。最優先ではないが再び会う機会があれば、頂くとしよう」
公園のとき同様、人の気配がない街を一人歩いていくアルカは、行動の指針を明確にするため言葉に出す。
独り言だろうと何だろうと、意を表明するのは一種の誓いだと彼は考える。
メダルの力は強力だ。
だが使う相手は誰でもいい。
試したい、その一言で表せる衝動を抑えきれないアルカは、新たな道具が増えたと心を躍らせる。
「ああ、そうだ。こうしている場合ではないな。女帝の成果はどうなったか」
別の用事を思い出したアルカは、のらりくらりと人のいない街を陽炎の如く歩いていく。
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