真夏の太陽が照り付ける中、私は一人トボトボと街中を歩いていく。
目的地はたぶん、ハンバーガーショップ。
家で民間の配達員が配達してくれるサイトを使って注文しても良かったけれど、あの時からウンウンと悩んでいる兄が面倒くさいので、わざわざを足を運ぶことにした。
あの時――パラドックスのメダルを使うホルダー、ハイリさんと初めて会話をした時から、ずっと。
決して他人事ではない。
泉さんと森川さん、それに藤木さんにも関わってくる話だし、ハイリさんがメダルを使う条件も無視できるものじゃない。
ハイリさんを殺せるのなら、タイムパラドックスのメダルを使ってくれる。
だけど彼女の良い方からして、あまりオススメしている雰囲気でも無かった。
兄が悩んでいるのはそれらを含めて、そもそもメダルを使うこと自体に抵抗があるみたいだった
「……なんか、私に悩みが無いみたいに見えるんだよねー」
少なくとも兄とみゃー先輩からは、青空みたいに悩みを置いて、目の前の事ばかりを考えていると思われていても不思議じゃない。
今日で四日目も経つけど、兄は誰にも相談する様子も無く家でダラダラしていて、泉さんたちの事件から今日までバイトにも行っていない。
みゃー先輩も、正気を取り戻してからは家に来なくなったし、いくら連絡しても冷めた返事ばかり。
「アルカがいなくなって、みゃー先輩も戻ってきた。なのに何でかな」
自分の胸の内に空いた穴は、塞がるどころか開くばかり。
「んー、とりあえず今のお兄ちゃん相手するのウザいから、みゃー先輩の所に――。あれ、あの子は……」
目的地であるハンバーガーショップの前で、通行人たちが迷惑そうに避けている集団が目に入る。
避ける人たちは顔では憐憫と不快感を露わにしているけど、関わろうとする様子は無い。
可哀そうだけど、面倒ごとに時間を割くほど暇じゃないと、見て見ぬふりで集団を通り過ぎていく。
その集団は四人ぐらいの男たちで、年齢としては私よりも上の印象。
大学生に成り立てぐらいの彼らは、如何にも僕たち遊んでますな格好で、一人の少女を逃がさないように囲んでいる。
正直私も無視を決め込もうと考えた矢先、中心にいる少女を見て、顔が引きつる。
「ねえ、君。外国の人だよねー。ヨーロッパの、んーイギリスとかかな?」
「誰か待ってたりする? 一人なら俺たちと遊ぼうよ。日本案内するよ。てか日本語分かる? あっ、首のチョーカー良いねぇ。……えっこれ、最新モデルの端末じゃん。スゲェ」
「そうそう。俺たちこの辺り詳しいつぅか、日本全部詳しいみたいなぁ」
「……なあ、さっきからこの子、何も反応してくれないんだけど。お前らちょっと落ち着こうぜ。マジで日本語分かんない子っぽいよ?」
一際目を引く長いブロンドヘアーに、澄んだ赤い瞳。
誰もがまず天使を思い浮かべる容姿の彼女は、私たちの家に来てみゃー先輩の事を伝えてくれた、管理局の少女。
薄い生地の半袖ワンピースを着た彼女は、ナンパする彼らを意にも介さず呆然と立っている。
おそらくカルパレさんを待っているのだろう。
ナンパする彼らは彼女が日本語が通じるか疑問を持っているが、以前あった時にしっかり話していたから、意図的な無視だ。
一見、外国の美少女がナンパされている様子にしか見えないが、ホルダーの存在を知っていると、男たちが火薬庫で火遊びしているようにしか見えない。
「ちょっと、ストーップ! この子が待ってたのは私で、彼女は日本語無理だから! そんな訳でお兄さんたち諦めて!」
「嘘は良くないですよ、相坂さん。私は貴女では無くカルパレさんを待っていましたし、日本語もある程度は解ります」
「言った傍から否定しないでー! ナンパに困ってたんじゃないの!?」
彼らの間に割り込み大声を張り上げて、勢いで彼女を連れて逃げようとしたが、当の本人にその場で嘘をばらされる。
掴んだ彼女の腕は細く、力を入れすぎると折れてしまいそうな華奢な印象なのに、私が引っ張ろうとすると頑なに抵抗される。
「はい、困っていました。ですが例え99%ナンパだったとしても、彼らの親切心が真である可能性は捨てきれません。ですので、彼らのお話が終わるまで私は結論に達するのを控えていました」
「こんな事に残りの1%をかけないでよ!」
ロザリオを下げた右手と、さっきまで私が手に取っていた左手を併せて、人の可能性を説く彼女はまず間違いなく聖女と言い始める人が出てくるだろう。
内容が待ち合わせ中に声をかけてきた人が、ナンパかそうでないかだが、彼女に限っては十中八九ナンパ以外はいない。
「えーっとじゃあ、俺らと一緒に来てくれるか考えてくれてた訳? んでんで、結果どうよ?」
「はい。お断りいたします。先程言った通り、待ち合わせの最中です」
「んな硬いこと言わずにさあ。相手はどうせ大した奴じゃ無いでしょう? そっちの子も一緒に日本観光しようよ」
「いやいやいや、何で私まで。ていうかそれ以上私たちに近づくなら、叫ぶからね! 思いっきり叫ぶからね!」
およそ二人。
ニタニタと冷静さを失っている男たちが距離を詰め寄って来たから、実行する心の準備が出来ていないけれど威嚇する。
彼らはきっと、私たちを何もできない可愛いウサギみたいに見ている。
だから本当に警告なんだ。
私は隣にいる彼女の事を何も知らない、いきなりメダルを使っても不思議じゃないから。
「はい、君たち。そこまでにして、お兄さんとお話でもしようかぁ」
無関心の群衆の中から彼らの肩に手を伸ばしたのは、一人のサラリーマン……みたいな人。
スーツを着ているが前を開けて、ネクタイも緩めている。
黒髪はさっぱりと短いが、左耳に一つだけピアスを付けている。
不敵に笑っている彼は身長こそ高いが、喧嘩慣れしている印象は無く、むしろ真逆。
根暗ではないが、真面目なインドア派。
それが彼の第一印象。
「アアァン? なんだテメェ。テメェにぁ関係ねえだろ」
「お前本当に落ち着けよ。いつもの自分を取り戻せ」
「友達の言う通りだぞ。ほら、こっち来い」
喧嘩腰で絡む男に、彼も馴れ馴れしく肩を組んで私たちから遠ざかっていく。
他三人はダメ元で声をかけていたみたいで、あっさりと連れていかれる友達の後を追っていた。
「ああいうのが、俗に言うカッコイイという奴でしょうか?」
「どうなんだろ。それで、ええっと……」
「エリーザ。エリーザとお呼びください、相坂さん」
聖女の微笑みをこちらに向けるエリーザさん。
同性の私ですらこの笑顔はズルいな―と思いつつ、これ以上の面倒ごとを回避するために彼女に提案する。
「とりあえずお店に入らない? 外暑いし、カルパレさんにはメールで言えば分かるでしょ」
「確かに。それもそうですね」
私が言うまで本当に思いついていなかったのか、ポンと手を軽く叩くエリーザさんと一緒に、私はハンバーガーショップへと足を踏み入れる。
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