インターホンのカメラ越しに見える見知らぬ外国人二人に、俺は唖然としながらもアルカでは無いことに、どこか安心していた。
大幅に身長差がある男女二人組。
褐色肌の男はアンダーフレームの眼鏡をかけ、ピシッとスーツを着こなし、その姿はやり手のビジネスマンと言うよりかは、冷静沈着な執事だ。
金髪の少女は赤い瞳を凛とさせ、街で見かけたら思わず振り返ること間違いなしの美貌の中に、穏やかさと少女らしい可愛らしさを持ち合わせている。
アルカでは無い。
アルカでは無いが、こんな目立つ外国人の知り合いはミア先輩以外には出会う機会すらなく、俺は警戒心を強めざるおえなかった。
ミア先輩が戻っておらず、アルカもまだ姿を見せていない。
知り合いでも無ければ、何らかの勧誘といった雰囲気でもない。
「……あの、何かご用でしょうか」
意を決してスピーカーに話しかける俺は、思った以上に震えた声が出てしまう。
画面を覗き込むために寄って来たリツも、いつになく真面目な表情で息を呑んでいた。
「初めまして、新たなホルダー様。その声は相坂家の御兄さまですね。突然の来訪をここにお詫び申し上げます。本日はアルカナメダルのホルダーについて、お話しさせて頂きたく伺った次第です」
「アルカナメダルって、アルカのこと……ですよね」
「勿論でございます。彼の罠を疑うのであれば、また別の機会に伺わせて頂きます」
抑揚はあるが無感情に近い男の声は、まだ機械に喋らせた方が人間的だった。
男は勿論、少女も不審な挙動をすることなく大人しく俺たちの返答を待っている辺り、俺が帰れと言えば素直に帰ってくれそうな印象を持つ。
「どうするリツ。コイツらを帰らせて、先輩を探しに行くか?」
「そう思ったんだけど、もしかしてこの人たち。みゃー先輩が言ってた、秘密組織の人たちだったり。なら、話を聞いた方がみゃー先輩への手がかりになるかも」
「ああ、あの話か。……話を聞いてみる価値はありそうだな」
マイクを無音状態にしリツに相談を持ち掛けると、考えてもみなかった可能性が浮かび上がってきた。
ミア先輩が言っていたホルダーを管理する組織の人間ならば、俺たちの敵である可能性は低い。
アルカのことは事情聴取とかだと推測が付くし、何より泉を助けるために、パラドックスのホルダーを探し出すヒントを貰えるかもしれない。
いったん話を聞こうとお互いに頷き合い、俺は無音状態を解除して彼らに話しかける。
「そっちの話は分かった。今、玄関を開けるから中で話そう」
「突然の来訪に加え、我々の様な怪しい輩の話を聞いて頂けるとは。寛大なご配慮痛み入ります」
端末とインターホンとの接続を切り、彼らを迎え入れた際の俺の印象は、カメラ越しの印象をさらに強めたものだった。
美形二人を連れてリビングに案内するのは、自分たちと家が場違いすぎて恐縮してしまったが、とうの本人たちは気にすることなく俺の接待を受けてくれた。
リビングへ迎え入れた彼らと向かい合わせに座る俺たちは、彼らが敵がどうかを疑うものと合わせて、別の緊張で心臓の音を鳴らしていた。
「では改めまして。私はディアボロス。彼女はエリーザ・デアンジェリスです」
「いきなり嘘を言わないで下さい、カルパレさん。偽名に偽名を重ねるとは、いったいどういうつもりですか?」
「えっと。カルパレさんと、エリーザ……さんで良いんだよな」
「何ていうか、予想していない方向の人だったね。兄さん」
緊迫感のある雰囲気は何処へやら。
偽名でももう少しマシなものはあるだろと、ツッコミたくなる偽名を口にしたカルパレさんは、エリーザと呼ばれた少女に非難されてしまう。
間髪入れずに名前を訂正したエリーザの口から、本名らしい名前が出なかった辺り、誰にも教えていないのかもしれない。
「失礼しました。わざとではありますが、ご容赦の程を。御二人のことはある程度の調べは済ませておりますので、お手間は取らせません。真理様、律様」
「ある程度って、どこまでですか……?」
素なのかふざけているのか判断しにくいカルパレの態度以上に、ある程度の調べに大きく反応したのはリツだった。
ミア先輩から話を聞いてる時に、大きな組織である想像は付いていたから、個人情報は筒抜けである覚悟は俺は出来ていた。
もっともリツが心配しているのは、おそらくプライバシー面であり、そこについては俺も事細かに知られていたら部屋に引き籠っていたくなる。
「調べたのは御名前と御姿、そして御住まいの住所ぐらいです。――その口ぶりから察するに、ヴァルキュリアから我々の話は行き届いていない様ですね」
「ホルダーを管理する組織がいる事を知ってるぐらいです」
そうですかと頷くカルパレは、長くなることを前置きに彼らが属する組織の話を始める。
「超法規的機関、高次元物質管理局。それが我々がいるホルダーを管理する組織の名称です。正式な略称はあるのですが、大抵は管理局と呼ばれています。業務内容は多岐に渡りますが、目的はシンプル。メダルを生成、使用する事が出来る世界各国のホルダーを調査、動向をコントロールする事です」
「待ってくれ。動向をコントロールって、何をやるんだ」
「それは人に寄るのですが、概ね犯罪者に成りうる方は罰を受けて貰います。善き者は伸ばし、悪しき者は罰する。語弊はありますが、ホルダーを社会のためにマネジメントする。そんな所でしょうか」
管理局、善を助け悪を罰する、マネジメント。
とてつもなく冷たい印象を抱くカルパレの説明は、ホルダーの警察だとかのイメージより、会社そのものだ。
人間社会という会社の中で、業績の良いホルダーは残し、損失を引き起こしたホルダーは切り捨てる。
彼の言う通り語弊はあるのだろうが、当たらずとも遠からずだろう。
「残念ながら管理局は、あくまでホルダーを人間の為に管理する組織。正義やらの大義を掲げるのは、ヴァルキュリアが属する"ロキ"と呼ばれる団体です」
「自分たちが正しいとは言わないんですね」
「勿論です。正義何てものは容易く入れ替わる物。管理局は最善を尽くしますが、それを是とするか否かはその人次第です」
「――カルパレさん」
これ以上、管理局の話を聞きたくない。
そう思い始めた俺たち兄妹が制止する前に、今まで口を噤んでいたエリーザが止めに入る。
俺たちの心境を察してくれたのかと思いきや、次の瞬間。
思いがけない言葉がエリーザの口から飛び出てきた。
「アルカが亡くなったことを相坂兄妹に伝える。それが私たちの任務のはずです。管理局の説明はまた時間のある時にでも」
「エリーザ。それはもう少し時間を……、はあ……。お聞きになった通り、あなた方と事を構えていた彼は、昨晩の内に亡くなっております」
「嘘だろっ! じゃあまさか、先輩が!」
一瞬で頭の中が真っ白になり、倒れるアルカの前に立つミア先輩の姿を想像した俺は、カルパレを問い詰める形で立ち上がる。
手を前に出し落ち着けと促された俺は、剣幕に叫ぶことを何とか抑えられたが、隣にいるリツは叫ぶどころでは無かった。
顔が青ざめ、スカートの裾をギュッと握り締めるリツは今にも倒れそうで。
カルパレの目配せに素直に従い、リツを抱きしめる。
「その点に関しましては、ご安心下さい。アルカの死去はヴァルキュリアが原因ではありません。あくまでも管理局が行った事ですので、責めるのならば我々を」
「……何も知らなければ、人殺しって言ってた。だけどアルカがどんな奴かは知ってる。だから責めない。けど――」
リツを腕の中に抱えながら、湧き上がる感情を胸の内へと押し込める。
泉の、森川の敵であるアルカが死んだ。
解放感のある怒りの発散が満ち満ちているけど、青ざめるリツの顔がそれを玉虫色の靄へと変えていく。
「感謝もしない。人が死んで喜んでいたら、俺もアイツと同じだ」
「それで充分です。寛大なお心に感謝いたします。しかしご報告はもう一件。シンリ様たちにとっては、こちらの方が重要でしょう」
「もう一件……?」
先走らないようエリーザの口を押えるカルパレは、口では深刻そうに言っているがやはり感情が乗っていない。
「先程から名前が出ている、ヴァルキュリア。桜庭ミア様が現在行方不明となっております」
予想通り。
いや、順当に考えればカルパレに言われるまでもなく行きつく結果だ。
アルカが死んでいるのに、戻ってこないミア先輩。
連絡の一つすらつかない状況で考えられる最悪なケースの一つが、否応無しに俺たちへ突き付けられる。
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