マリア・パラドクス

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12.震える仮面

公開日時: 2020年12月26日(土) 23:41
文字数:3,380

 鳴り響く金属音と共にミア先輩の体から弾き出されたメダルは、宣言もなく砕け粒子となり何処でもない空間へと溶けていく。

 使われたのは、仮面を被り跪く女性たちが描かれたメダル。

 先輩の身に変化は無く、動揺することなく左手を握り締めるアルカへ、本来ならばあり得ない剣戟が押し寄せる。


 一合では飽き足らず何度も繰り出される攻撃を捌くアルカは、流石に両手を使わざるを得なく、先輩の首を絞めていた能力は解除される。


 アルカを襲っているのは先輩と同じバイザーを付けた、三体の女性型ロボットガイノイド

 先輩と同じぐらいの等身で、機械的な見た目は吊られた男ハングドマンを取り込んだ泉の姿を彷彿とさせる。

 剣さばきは先輩ほどではないが連携がしっかりしており、二機が注意を引いたところを残りの一機が有効打を狙っていた。

 それでもアルカが劣勢にならず彼女たちの攻撃を凌いでいるのは、きっと運命の輪ホイール・オブ・フォーチュンというメダルのお陰だろう。


「先輩! 大丈夫ですか!?」

「ちょっと喉が変だけど、大丈夫。シンリ、死にたくないのなら早くメダルを使って」

「メダル……ああ、クソッ! どうにでもなれ!」


 心配を募らせミア先輩の下へ駆け寄るが、彼女の一言で今の俺がどれだけ馬鹿な事をしているのか自覚させられる。

 敵を前にして力も使わず、自分の身の安全よりも他人の心配をするのは、愚かだとしか言い様がない。

 頭を抱え、使い方をいまいち分かっていないメダルをどうすればいいと逡巡する。


 はたして前回力を使った時同様、先輩みたいに言えばメダルを使えるのだろうか。

 当てにならない先輩のアドバイスも土壇場では参考にするしかなく、一か八かで空へ叫ぶ。


「――高次元物質ディメンジョンマテリアル起動アクティブコール! セフィロトシステム、セットアップ!」


 弾ける金属音。

 黒みを帯びた透明質な粒子が視界を埋め尽くし、形成された装甲が俺を覆い尽くしていく。

 湧き上がる力と鋭利になっていく感覚で、メダルを使えたことを内心喜ぶ俺は、頭の中に流れ込んできた言葉を口にする。


「Rank up、マルクト」


 俺自身がセフィロトというものをよく分かっていないから、言葉に込められた意味は理解できない。

 それでも地位ランクが上がる実感は、これでもかと実感している。


 漆黒の鎧姿へと変貌した俺は、首を庇うミア先輩の前に出る。

 武術を習っていて、ホルダーとしても経験が上な先輩が追い込み切れなかったのだから、俺では攻めに出ても足手まといになるだろう。

 それでも俺にしか出来ないことがあると、確信を持って走り出す。


「先輩! 俺を盾として使ってください。俺、吊られた男ハングドマンの攻撃は効かないんで」

「……なら、アイツを捕まえて。グリムゲルデがその補助をする」

「分かりました!」


 地面を蹴るたびに剥がれるアスファルトは、俺の重量と共に盾としての有用性を語ってくれる。

 先輩の口ぶりからしてグリムゲルデは、あのガイノイドたちだと分かり、俺は斬られても構わないと策すら考えず剣戟の嵐の中へ突入する。


 一歩ごとに近づいていく斬撃は、問題なしと伝えてくるメダルの情報を信じたとしても、恐怖心を煽り立ててくる。

 グリムゲルデたちも俺を気にせずアルカへと攻撃を続けており、その鋭さはとても後輩に向けるものとは思えない。


(先輩。ちゃんと加減してくれよ……!)

「これはまた。頭が装甲の硬さに引っ張られましたか? いかに強固でも能無しでは……ッガァ!」

「――……ッゥ。ちょっ、先輩これは」


 一直線にタックルを仕掛ける俺を嘲笑うアルカ。

 ブラフも何もなく、ただ両腕を広げて捕まえようとする俺の動作は、ヒラリと剣と剣の隙間を縫って避けられる。

 そう思っていた俺に背後から襲い掛かってきたのは、グリムゲルデが振るう一振りの剣。


 三体合わせて計六本分の斬撃は、寸分違わず俺とアルカをトライアングル上に囲い、力を加減した気配もなく無理矢理に俺たちをぶつけ合わせる。

 背中に広がるジンワリとした痺れと、アルカと息がかかるほど迫ったせいで嫌悪感が込み上げてくるが、我慢して広げていた両腕を閉じ、力の限り押さえ込む。


「これは、やってくれましたね」

「――選抜せよ、フリスト」


 アルカの達観した声は、弾ける金属音と空間を引き裂くような高音がかき消していく。

 直後、遠慮のない掌底が俺の背中を殴打し、俺の体からアルカ、そしてグリムゲルデたちへ一つの現象が伝わっていく。


 それはどこにでもある、振動。

 物質が動く、たったそれだけの単純な現象は金属質の体を、鋼鉄の剣を、ことごとく粉砕していく。

 破裂するように砕けたグリムゲルデたちは瞬く間に粒子へと還り、俺が捕まえていたアルカは数度体を痙攣させると、ピクリとも動かなくなる。

 俺の体の中も血を吐けるくらい掻き回されており、よくこんなの耐えられたなとメダルに感心しながらアルカから離れ、足をもつれさせて背中から倒れ込む。


「すまない。シンリのメダルが思ったより脆くて、加減を間違えてしまった」

「いや、あの。それ以前に生物に使う力じゃ無かったですよ、今の」

「……これしか確実に仕留められるメダルが無かったんだ。もう一つは、あまりにも君との相性が悪すぎる」


 メダルの耐久力も限界に達していたらしく、俺が纏っていた鎧は粒子に還り、再び構築されたメダルは体内へとそそくさと戻っていく。

 受け身を取る力もなく倒れそうだった俺を受け止めてくれたミア先輩は、若干だが装甲が追加されていた。

 さっき使ったフリストのメダルは、各所の装甲に羽根の形状に近い器官として形成しており、追加装備といった具合だ。


 しゅんとする先輩からは、心から謝っている気持ちが伝わってくるが、出てくる単語の端々にアルカへの並々ならぬ殺意が漏れ出している。


 マルクトが思ったより脆くて、確実に仕留められるメダルがフリストだけだった?

 体内に駆け巡った大規模地震の如き感覚は、思い出すだけでも息が詰まるのに、それよりも危険なメダルを、俺と協力していなかったら使っていたのかと思うと、先輩の顔を見ることすら怖くなってくる。


「先輩、もしかしなくても人を――」

「聞かなくても分かるでしょう。アルカを前にしたわたしが、本当のわたしなんだよ」


 ミア先輩の言葉に、自然と倒れ伏しているアルカへと目が向く。

 メダルはとうに解除されて、初めに見たローブの格好をしているアルカは、喋るどころか指一本動く気配もなく、ゆっくりと広がっていく赤い水溜まりは彼がどうなったのかを語っている。


 意識は無く、内臓もズタボロで骨がどうなっているか何て、考えたくもない。

 生きているのかすら怪しいアルカの姿は、俺の中にある幾つかの記憶を疼かせる。


 吊られた男ハングドマンにやられたいずみ心的外傷後ストレス障害PTSDにより倒れた母さん。

 そして、倒れている男の前に立った、血みどろの■■■――


「ねえ、シンリ。縁を切るなら今だよ」

「……生憎と。俺と切ってもリツと繋がってるから、また繋がりますよ」


 装甲とバイザーを粒子へと還し、メダルを体内へと戻すミア先輩は、案の定浮かない表情をしている。

 力になりたい、でも危ない事はして欲しくない、だけどそれを止める資格はわたしには無い。

 本音を隠そうとする時の先輩は、いつも不器用に本心を伝えてくる。


 しかしはいそうですかと、臆面もなく受け取る心は俺には無い。

 トラウマの一つや二つ、先輩でなくても刺激される事はしょっちゅうだ。

 その程度で恩人と別れるのなら、とうの昔に付き合いは無くなっているだろう。


「俺、リツの奴が先輩を嫌いにならない限り、恨めそうにないですから」

「リツに嫌われるか。……そうしたら、わたし。シンリに泣きついちゃうかも」

「ならやることは一つですね」

「そうだね」


 吐き気を堪えながら起き上がる俺は、先輩と一緒に倒れたままのアルカへ近づいていく。

 やることは単純、生きているか死んでいるかの判別。


 互いの本音やら、今後どうするか何て後回しにして、リツの顔を思い浮かべた俺たちは一つの結論に至る。


 兄として、姉代わりとして、妹に嫌われたくない。

 訳も分からず人を殺してしまって、先輩と喧嘩別れしました何てことになったら、それこそ俺がリツと縁を切られることになる。


 息を呑み、アルカの生死を確認していく先輩との約束はこうだ。

 死んでいた場合は別のホルダーにやられた事にし、仮に生きていた場合は先輩が所属する組織で預かる。

 深く考えている暇は無いので即決となった案は、提案した先輩本人が一番複雑そうな面持ちで承諾していた。

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