藤木さんの手に収まっていたコインは、元の大きさからは考えられないくらいの粒子を周辺へとまき散らし、彼女を飲み込みながらも異常現象を引き起こしていく。
空中で生成される金属装甲、高校の制服を着ていたはずの体はみるみるうちに金属質へと作り替えられ、出来上がった装甲をまるでプラモデルのように繋ぎ合わせていく。
生身という例外は一切なく、全身が金属へ変えられた藤木さんは、尊大な赤い女王と言ったところか。
長細い胴体と手足は弱々しく見えるけど、頭に被せられたティアラとフープ・スカートはきめ細かい装飾が施され、虚弱な体を隠す傲慢さが前面に押し出されている。
金属の体になっているから心配するのはどうかと思うが、きつく締められたコルセットのような造形の腹部は人体には不可能なほど細くなっていて、とてもじゃないが見ていられない。
『高次元、物質。駆動……』
「女帝。あの占い師、またッ……!」
「エンプレス? それってタロットカードのやつですよね」
伏せた目の形をした両目を赤く光らせ、機械音声を鳴らすアレはエンプレスというのか。
訳が分からない私を置いて、憤るみゃー先輩はタロットカードの種類を口にする。
女帝とか皇后を意味する言葉だったから、見た目のイメージからしてもそう呼んだことに違和感はない。
「リツ、ここはいいから早く遠くへ……。いや、それも駄目か。後ろにいて。出来るだけわたしから離れないで」
「ちょっ、えっ? どういうことですか、みゃー先輩!」
私を背中側に誘導し、まるで女帝から守る体勢を取るみゃー先輩。
ただならぬ雰囲気だし、危険だということは見た目からでも分かる。
でも何の説明もなく事が進んでいくのは、どうしても納得がいかない。
「事情を知っているのなら教えてください! 藤木さんのあの姿は何ですか!」
「あの子が持っていたメダルは見た? アレのせいであんな見た目になっているの。詳しいことは、例えリツでも話すことは出来ない」
「どうして!?」
「……シンリから妹をよろしくって言われてるから。ウソ。わたしが君を巻き込むことを許せない。たったそれだけ」
誰にでも人には言えない事情があることは分かっている。
例え親しい人でも言えないことは、たくさんある。
みゃー先輩はきっと、今の藤木さんがどうなっているのか、あのコイン――メダルが何なのか、この状況をどうやって収めればいいのかも知っている。
何も知らない私を背に庇うこと、それが今みゃー先輩が取れる最良の選択で。
これ以上首を突っ込んだらみゃー先輩も、そして私の家族すらも望んでいない不幸なことに巻き込まれるのは、必死なみゃー先輩を見て嫌でも分かる。
――嫌だ。
不幸になりたくない、怖い、死にたくない。
刺激ある生活が日常と言っても生死が関わるのは、誰だって非日常と言うしかない。
形の掴めない死をイメージしてしまった私は腰が砕け、言葉を失う。
「だけど、知りたいのなら覚悟して。わたしは君のお兄ちゃんとは違うから、手を伸ばすなら受け止める」
みゃー先輩の言葉に温かい優しさは残っておらず、重く残酷な彼女の真実が姿を見せる。
自分が好ましい者を危険から遠ざけるのはよくある事だけど、みゃー先輩はどこか違う。
甘く優しい日常の扉でも、苦く冷酷な非日常な扉でも彼女はずっと扉を開いたまま。
警告はする、でも一歩を踏み出すかどうかは相手に依存していた。
「リツがこっちに来ないことを、わたしは祈ってるよ」
それだけ言い残したみゃー先輩は、どこにしまっていたのか分からない一枚のメダルを上へ弾く。
小気味いい金属音を鳴らす鋼色のメダルには、何本もの剣に囲まれた女性が描かれていた。
「――高次元物質、抜剣」
亀裂が走り、粒子をまき散らしながら砕けるメダル。
女帝のときと同じ現象だと思い、みゃー先輩の姿も不気味な見た目になるのかと思いきや、まったく持って違った。
覆いかぶさる形でみゃー先輩の体に纏わりつく粒子は、部位によって適した形状のパーツへと変化していく。
腕部装甲に脚部装甲、胴部装甲と腰部装甲など。
着ている制服はそのままに装着されていく白銅色の装甲は、全体を守ることなく最低限の部位にしか施されていない。
「ヴァルキュリアシステム、セットアップ」
こちらを振り返らないみゃー先輩の顔には、槍を思わせる深緑のアイラインが走ったバイザーが取り付けられる。
女帝とは違う人間と機械が合わさった戦士に近い造形は、実に武道を習っている彼女らしい。
「選抜せよ、シュヴェルトライテ」
シュヴェルトライテ――それが彼女の使ったメダルの名前なのか。
装甲に変わったメダルに続き、みゃー先輩から弾き出されるメダルは次々と武器の姿へ変化していく。
そのどれもが刀剣の類ばかりで、私の周りを囲むように作り出された剣たちは抜身の状態で地面へと突き刺さる。
その内の一本を引き抜くみゃー先輩は、さっきまでの和やかな雰囲気を欠片も残さず女帝へと話しかけ始める。
「自動操縦のアナタに言っても仕方ないけれど、一応警告はしてあげる。早急に藤木さんを解放しなさい」
みゃー先輩の警告に対して、女帝の返答はこれ以上ないほど分かりやすいものだった。
八方向へ展開されるフープ・スカート。
その中に見えたのは地面に接しているはずの足はなく、蜂や蟻が持つお腹に似た液体の入ったタンクだけ。
不明の理屈で浮遊する女帝はタンクの中身を解き放ち、液体は地面へと浸透していくかと思ったら、液体はスライムのように幾つかの塊になって移動を始める。
半液状の物体は人の頭ほどのサイズで分裂を止め、スライム的な形状から別のものへと変わっていく。
「……うっ。あんなに蜂がいっぱい」
「そこから一歩も動いちゃダメだよ、リツ」
赤く目を光らせる鋼の蜂に変わった液体は、ざっと数えて二十体以上はいる。
大きな蜂というだけで今すぐ気絶したい私とは違い、みゃー先輩から伝わるのは闘志のみ。
羽を小刻みに羽ばたかせ、鋭利な尻尾の針を向けバラバラな動きで向かってくる機械蜂を、彼女は全て斬り落とすつもりなのだろうか。
銃などの近代兵器すら持っていない先輩が、無残に針で刺されるイメージをしてしまい顔を背け目をつむる私は、次の瞬間予想を超えた音に恐る恐る目を開ける。
空気を切る音が鳴り、衝突する金属音は一つ一つ耳障りな羽音を打ち消していく。
踊るように次々と剣を振るい、投げ、地面に刺さる剣と交換していく彼女は、私でも見て取れるほど女帝との明確な差を感じる。
例えるなら、鉛筆とスーパーコンピューターで円周率の計算勝負をしているのと同じ。
質の違いすぎる勝負の決着は大した時間を要することなく、私がみゃー先輩の後ろ姿に見惚れている内に終わってしまった。
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