月明かりは雲に遮られ、仄かな明かりのみを地上へ降ろしているそんな夜。
部屋に戻ったまま降りてくる気配の無かったリツを置いて、俺はミア先輩の帰り道に付き添っていた。
18年間の多くを武術で過ごしてきた先輩に、夜道で女性一人は危ないですよと、素人の俺が言える訳もなく。
メダルのことを少しでも聞くために、じめつく夏の夜道を歩いている。
「メダルの使い方と言われても、わたしの説明で大丈夫か?」
「あははっ……説明の上手さは先輩には求めてませんよ。それでも知らないよりは、知っておいた方が良いので」
「そう。なら初めにメダルの出し方だけど。――こう、メダルを体から出すような感じで」
「成る程。メダルを体から出す感じで……。いや分かんないです」
ノースリーブの衣装を着ていたからか、先輩は自分自身の肩をつねって引っ張り出すイメージを伝えてくるが、全く持って分からない。
おそらく先輩からすれば、体の中に手を突っ込んでメダルを体の外に出す感覚でやっているのだろう。
この人とは中学の頃からの付き合いだが、他人へ説明するということに関しては、マシになる傾向が無い。
それ以外だったら運動神経抜群、武道系の部活の助っ人に引っ張りだこ。
容姿もスタイルの良い長身の美人で、昔の一件が無ければこんな気安く話せそうな相手ではない。
夏場だからとノースリーブのブラウスにショートパンツで、やたらと手足の露出が高いのは、普段のほほんとしている先輩相手でも、そういう意識を俺はせざるを得なかった。
「先輩、やっぱりそういう格好で男のいる家に行くのは、親が心配するんじゃ……」
「シンリに限ってそれは無いって、母さんも父さんも分かってるから。特に何も言われないな。それ以上に、シンリじゃわたしを倒せないって思ってそう」
「それ暗に俺が弱いって言ってますよね!? 男として、そう思われるのはちょっと」
「メダルを使えば、もしかしたらシンリの方が強いかも」
「先輩倒すためにメダルを使いたい訳じゃないので、その動機は無しですね」
凹む俺を見て笑うミア先輩の態度は、俺を異性として見ていないソレで、むしろ背伸びしている弟を見ている姉と言ったところか。
別段、強くなることについては一切異論はない。
ただそうなりたいのは、色恋沙汰の為ではなくアルカを倒す為。
仮に、仮に先輩の気を引きたいと俺が考えたとしたら、悔しいことに泉と同じく色んな形で想いを伝えるしか方法が思いつかない。
「理由は何でもいいと思うけど」
「――そう、理由は何でも良いのだよ。例えば私のように、ただ力を試したいでもね」
ミア先輩の声に続き、怪しくも静かな男の声が夜道を抜ける。
聞こえてきたのは俺たちが進む道の先。
黒いローブを身に纏い、薄ら笑いを浮かべる男アルカが、まるで俺たちを待っていたかのように立っていた。
青い瞳も、青と黒が混ざる髪も闇に溶け、占い師の風体は幽霊へと様変わりしている。
「生命の樹、戦乙女のホルダーたち。相見えたことを私は嬉しく思うよ。何故場所が分かったかと思うだろうが、何てことは無い」
ローブを捲り、アルカの腰に携えられていたのは変わった形状の方位磁針。
二つある針はそれぞれ右回りと左回りに動き続け、内部を保護しているクリアパーツからは複雑な機構が覗き見える。
そんなふざけた道具で俺たちを見つけられるとは思えないし、事前に調べていたという線もある。
だが泉のとき、誰でも良かったと答えた奴がそこまでするとは思えない。
だとするとあの方位磁針は、メダルの力。
「――高次元物質、抜剣」
身構える俺の隣で、風が駆け抜ける。
完全の意識の外で動く風は瞬く間にアルカの下へ到達し、メダルを使う掛け声以外は重々しい鋼鉄の音のみ。
高速で放たれる剣戟は俺の視界に映ることなく、アルカの胴体を捉えたかのように見えた。
鳴り響く金属同士の衝突音。
アルカの胴体が裂け、上半身と下半身が分離する光景は現れず、姿が変わったミア先輩の長剣を、アルカは右手で掴み取っている。
「このメダル、運命の輪は素晴らしい。こと戦いにおいては少年にも劣る自負がある私でも、この通り。人探しも楽させて貰ったよ」
「高性能レーダーって辺り? なら察知されても食らわせればいい」
長剣を握るミア先輩の各所には白銅色の装甲が取り付けられており、古来からある全身鎧姿ではなく、必要最低限の守りだけを考えた姿は創作物染みている。
目元につけられたバイザーもそれに準じて、現実的なものではない。
「出来ればいいですね、ヴァルキュリア」
アルカに掴まれた長剣を即座に放し、空いていた左手に二本目の剣を作り出した先輩は、二撃目を繰り出す。
既に右手にも次の武器を手にする先輩は、背後から見ている俺には左手の攻撃は囮だと察せられる。
本命は密着した状況での、右手に作った短剣。
しかし短剣はおろか、長剣すらアルカの体へ届く前に、先輩の体へ乗った勢いが削がれてしまう。
俺でも簡単に捉えられる剣戟はアルカの右手で易々と防がれ、ニタニタと笑う奴はこれ見よがしに握り締めた左手を見せびらかしてくる。
「……吊られた男!」
「正解です。しかし惜しい。私が使っているのはコレだけじゃないんですよ」
首に赤い跡を付け、表情を歪ませる先輩はそれでもと短剣でアルカを突こうと迫るも、拘束を強められ阻害されてしまう。
恨めしくその名前を口にした俺を笑うアルカは、聞いてもいないのに自分の力を見せていく。
霞みの如く姿を眩ませるアルカは、人の輪郭だけを残して異形の姿へと変貌する。
それは怪しい占い師か、はたまたこの世を彷徨う幽霊か。
フードを深く被り、顔を闇に包んだ無貌は不気味さだけが増している。
「隠者。私が一番に気に入っているメダルでしてね。御覧の通り、容姿なんかは変幻自在。――では女帝を返して貰いましょうか、ヴァルキュリア」
黒く濁った金属質の手足の内、握る左手だけは銀色で、腕全体には仰々しく鎖が巻かれている。
止めと言わんばかりに左手に力を籠めるアルカ。
首に後遺症が残った森川がフラッシュバックし、血の気が引き全身の力が抜ける感覚に襲われる俺は、また一度メダルが弾かれる音を耳にする。
他の誰でもない、今まさに絞殺されようとしているミア先輩から。
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