無数の生徒でごった返す廊下を、ずんずんと突き進んで行く僕たち4人。
大半の生徒たちは血相を変えて道を譲るか、黄色い声を上げて手を降ったり写真を取ったりしていた。
「あ、あのさあ、流石に暴力的な事はしないよね? 人目もあるし、この前の花凛と一緒だった時みたいなことはしないよね?」
「まあ、こっちはそんなことさらさらする気は無いけど、相手次第ね。でしょ、花凛」
正面を見据えたまま、目を見開いている希羅。彼女の目は血走っていた。
「大丈夫だ。淑女的解決を目指すからよ」
そう言うとぐっと握った拳を見せ、不敵に笑う花凛。彼女の放つオーラはすでにあの時と同じだった。
「な、なあ、愛留、君からもなんか言ってくれよ、このままじゃ平和的解決どころか泥沼の戦争に……」
「……校内の無線通信妨害準備完了。警備装置遮断。監視カメラの動画、差し替え完了。防火扉の開閉機構掌握……」
こっちはパソコンを操作しながら。サイコパスな眼つきでぶつぶつ言ってる。
もうダメだ、三人とも完全にキレちゃってる。誰も止めることは出来ない。
僕の覚悟が決まらないうちに、あっと言う間に生徒会室の扉の前まで来てしまった。
希羅がドアノブに手をかけようとした時、目の前にすっと竹刀と薙刀が降りてくる。
「希羅、やめな」
「こっから先は通さないわよ」
周りには袴や道着、プロテクターを付けた運動部の面々が各々の武器を持って囲んでいた。
「……あらあら、これはこれは。誰かと思えばジョックスの皆様。スクエアの犬をやるなんて、大した部活動ね。仲間に入れてもらいたいものだわ」
「いいから扉から離れて。こんな事、私達もしたくない」
「わかってるわよ、どうせ部費を人質に取られてんでしょ? あいつのやりそうなことね。とにかく、あんた達には何もしたくないから、その怖い物収めてくれない? 会長か副会長と話をしたいだけよ」
「無理よ。二人共忙しくて出てこれない」
「生徒会会則第8条、校則の変更追加の場合は、生徒の要望があればその意図を説明する義務がある。そうでしょ、零華!」
希羅が扉に向かって叫ぶ。
すると一拍置いて、インターホンのスピーカーから冷たい声が流れてきた。
「大きな声を上げないでください。わが校は淑女の集まりです。礼儀を解さない動物はお帰り願いたいのですが」
「あんたはそこで椅子に座りながら高みの見物? 二年前からクズさ加減が何もかわっちゃいないわね。いいから説明しなさいよ」
するとふんっと鼻を鳴らし、副会長は不機嫌さを隠そうともしなかった。
「……車両の管理に関しては、今まで何の管理も出来ていなかったたので、生徒の安全を守るために正しく整備されたバイクに乗ってもらうために必要なものです。それから、放置車両や駐輪場外に止めた際、所有者への連絡を迅速に行うためです」
「へえそう。今までノータッチだったのに、急にやる気を出すなんてだいぶ殊勝な態度が身についたものね。まるで会長が考えたんじゃないみたい。で、次のは?」
スピーカーから舌打ちが聞こえてくる。四人とも何も言わずただ副会長の言葉を待った。
「校外の活動制限に関しては、各部や委員会の生徒全員に放課後速やかに帰宅するようにと伝えていたのですが、守られておらず、駅前等での痴漢やナンパ、盗撮が頻発しているためです」
「そのルールを守っているかどうかは誰がどうやって確認するんだ? もちろん生徒会の皆様がやってくれんだよなあ?」
「まだ決定していないので、具体的な活動に関しては何も申し上げることはできません」
「なんだそりゃ。ただお題目だけ掲げるだけなら誰でも出来るぜ。生徒会はいつから仕事しない集団になったんだ?」
「……それで、最後のは?」
副会長に負けないくらい、冷たい声をだす愛留。黒々としたオーラが目に見えるようだった。
「はっきり申し上げて、不純異性交遊の防止です。特にとある生徒会の認可外活動を恣意的に行っている組織に所属する男子生徒が、不特定多数の女生徒や、あろうことか生徒会長に対して猥褻な行為を働いているという通報があったためです……交尾することしか考えてない猿には首輪を付けなければなりませんから」
「……それは……否定出来ない」
納得した表情で頷く愛留。隣では希羅と花凛も頷いていた。
「ちょっと待てえ! こんな校則許可したら僕だけじゃなくて他の男子生徒もおかしなことになるでしょ!? ちょっとは反論してくれよ!」
「そ、そうね。まあ圭太郎に関しては対応を考える必要があるかもしれないけど、実際にそういう被害にあったって子、他にも居たわけ? 具体的な事実も見当たらないし、どれだけの数の訴えがあったのかもわからないのに強行的すぎじゃないかしら?」
「それはプライバシーに関わることですからお話できませんね」
「まったく。全然話が進まないわね。もういいわ、世羅……会長を出して。あの子なら全部把握できてるでしょ?」
「それは無理ですね。生徒会長はまだ登校してきてませんから」
「はぁ? そんなワケ無いでしょ。あの子は何時も、誰よりも早く学校に来ていたはず。嘘つくんじゃないわよ」
「さあ。私は何も聞いてませんし、実際にここにいないのは事実ですよ。風邪か何か引いたんじゃないですか?」
「そう、なら電話して確認するわ」
どうぞご自由にと言われ、希羅はスマホを取り出す。希羅の名前を表示させ、一瞬迷った後、コールを押した。
しかし、コール音が鳴らないどころか、電源が入っていないと機械音声が流れてくる。
乱暴に切ると、希羅はインターホンに顔を近づけた。
「あんたまさか、世羅に手を出したりしてないでしょうね」
最大限怒りを押し殺した声で、問いかける。すると副会長は明らかにとぼけるような声を出してきた。
「さぁ? 私は何も聞いてませね。一緒の家に住んでて、仲の良いあなた方がよくご存知なんじゃないですか?」
「てめえ! 良くもいけしゃあしゃあと! ぶっ殺すぞ!」
我慢ができなくなったのか、花凛が声を荒げ、生徒会室に入っていこうとする。
一斉に運動部のメンバーが止めに入ろうとする。僕は咄嗟に花凛を羽交い締めにした。
「ま、待ってよ! 本当にまだ来てないだけかもしれないし、どこかで事故にあってるのかもしれない」
「んなわけあるかぁ! ぜってえこいつが何かしやがったに違いない! こいつはそういうやつなんだよ! 出てこいよこらあ!」
「……はぁ、理性的にお話が出来ないなら、もう対応する理由はありませんで。どうぞお引取りを」
電子音が鳴り、副会長の嫌味な声が聞こえなくなる。
「花凛、もう止めて。まだ、あいつが何かをやったって確証はないわ……まだ、ね」
希羅は彼女の肩をやさしく叩く。すると、何事もなかったかのように落ち着きを取り戻した。
僕は力を抜いて、すっかり大人しくなった花凛を開放する。
「ちっ。でもよ、どうすんだ? 今日の生徒総会で会長が居なければ、副会長が代理で承認かけられちまうだろうがよ。そうなったら俺ら終わりだぜ」
「で、でも、一応、生徒が賛成しなければ承認を得られないんでしょ。それなら通る可能性は少ないんじゃ」
「……どうせ大半の生徒たちには関係のないこと……過半数の賛成なんて簡単に得られる」
「そんな……あれだけ皆を助けてきたのに、どうして……」
「そんなこと忘れなさい、圭太郎。私達だって別に自分たちを認めてほしいからやってきたわけじゃない。ただ、必要だからやってきただけよ。相手からの好意なんて期待しちゃいけないわ」
「だけど……」
僕は悔しさのあまり、拳を握って俯く。すると、柔らかな手が頭に乗っかってくる。
顔を上げると、希羅が微笑みながら撫でていた。
「あんたは馬鹿ね。自分だって狙われてるのに、私達のことばっかりに気が行って、自分の事のように怒って。ちょっと落ち着きなさいよ」
「……そうだよね。ごめん」
「でもまあ、そういうとこ、嫌いじゃないわ」
希羅は僕の頭を一頻り撫でた後、ぽんと叩く。
「よし、それじゃあ、また私達の事、手伝ってもらっていいわよね?」
「もちろん。何をすればいい? なんでもやるよ」
僕は力強く頷く。世羅は満面の笑顔だった。
「ありがとう。それじゃあ……お姉ちゃんを探しに行くわよ」
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