ヘヴンズデビル

ナカシマハルカ
ナカシマハルカ

第十六話

公開日時: 2020年9月5日(土) 12:00
文字数:6,708

 翌日の放課後。

 言われた通りヘブンズデビルの活動を紙にまとめ、生徒会室の前に来ていた。


 僕は辺りに生徒が居ないのを確認して、インターホンを押す。


 すると、一拍置いて扉が開く。隙間から疲れた顔の生徒会役員が顔を覗かせていた。


「あの、副会長からの命令で報告に来たんですけど……」


 僕が懐から腕章を取り出して見せる。すると彼女は軽く頷くと、中に招き入れてくれる。


 僕はそのまま、何人もの役員たちがパソコンを叩いている横をすり抜けて、一番奥のデスクへ向かう。


 そこには相変わらず鋭い目つきの副会長が、モニターに目をやりながらタイピングしていた。


 周囲には役員が集まり次々に指示を出していた。


「そう。その型の無線機を取り寄せて。え? 使用理由を明記しろって? 学校活動の一環って書いておきなさい。それから貴方、例の口座にお金は振り込んだ? まだしてないですって? さっさと行きなさい! 今すぐ!」


 涙目になって捌けていく役員達と入れ違いで副会長に近づく。


「あ、あの、鳴河ですけど、言われてた報告をしに来ました」


 僕には目もくれず、左手だけ差し出してくる。僕は持ってきた紙をその上に乗せると、半ばひったくられるように持っていかれた。


 副会長はタイピングを止め、眼鏡を外して目頭を抑えながら読み始める。


「……夜間の集団暴走に他校の生徒への暴力行為、ハッキングに他生徒所有物への窃盗未遂……」


「ちょ、ちょっと待ってください。何を言ってるんですか、そんなこと一行も書いてないじゃないですか」


「むしろなんでそう書いていないんですか。こんなバイアスがかかった報告書初めて受け取りりましたよ。全然彼らの凶悪性が正しく書かれてません」


「凶悪だなんて……それは、確かに行き過ぎたことをしている部分はあるかもしれませんが、彼女たちはわが校の為に尽力してくれてる。必要悪ではないんですか」


「悪はどこまで行っても悪です。人を助けようが何をしようが……やはり早急に対策が必要ですね……」


 顎に手を当てて考え始める副会長。僕は段々と頭に血が登っていった。


「副会長、何故そこまで彼女たちを毛嫌いするんですか。やっぱり選挙の件でそうなったんですか?」


「どこでそれを……! って、どうせ会長ね。忘れなさい、もう、二年も前の出来事なんだから」


 一瞬驚いた顔をしたが、直ぐ真顔に戻るとどうでも良いと言わんばかりに冷たく言い放つ。


「とにかく、ヘブンズデビルは、校則を無視しているどころか、犯罪行為に手を染めています。これ以上はみんな、いや、学校の為にならない」


「……自分たちの手を汚してでも、彼女たちは生徒を守っています……それに、みんなって誰なんですか? 誰が彼女たちの存在を疎ましく思っているんですか? それは生徒会だけで結局保身なんじゃ」


「うるさい!」


 副会長は椅子を鳴らして立ち上がる。


そのまま腕を振り上げると僕の頬を叩いた。乾いた音が、生徒会室に響く。


手に持った報告書を床に投げつける。


僕の足元で放射状に散らばった。


「とにかく、こんな脚色した報告書なんか要らない。彼女らがいかに危険で学校に問題があるかを報告すればいい。彼女らを退学にさせられれば、この学校はより良く戻るはず」


「……そうですか。結局それが目的だったんですか。会長は僕に頭を下げてまで頼んできたっていうのに、あんたは初めから叶える気は無かったんだな」


「いいえ、それは違います。あなたが彼女たちを更生させられれば、共生することを模索していた。でも、そうならなかった」


「……彼女たちを更生させる必要なんて無い。今もこれからも」


「そう。それならどうするんですか? なんの取り柄もないあなたが、生徒会という肩書を捨てることができるんですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが切れた。


胸の奥底の冷たい感情が、血管を伝って身体中を凍らせていく。


僕は内ポケットから赤い腕章を取り出すと、散らばった報告書の上に叩きつける。


 まるで紙の上に、小さな赤い花が咲いたように見えた。


「……あんたには出来ないだろうが、僕はできる」


 僕は踵を返す。


 パーティションで区切られたデスクから、役員が覗いている。


僕が近づくと直ぐに顔を引っ込めていった。


「後悔するわよ、鳴河っ!」


 背後から副会長の怨嗟が聞こえてくる。


もう、二度と戻ることは無い。


 僕は中指で返事をすると、そのまま部屋を出た。

 

 

 僕は生徒会室で大立ち回りをした足で、ガソリンスタンドに来ていた。


 ガレージの中ではすでにメンバーが集まり、それぞれの定位置で楽しそうに話をしていた。


 僕は彼女たちから離れ、隅の席でぼうっと天井を見上げる。


天窓から見える満月が、夜空にポッカリと穴を開けていた。


「おい、何一人で黄昏れてんだよ! 楽しくやろうぜ!」


「な、なんだよ花り……うおっぷ!」


 花凛は僕の首に腕をかけると、コーラのボトルとを無理やり一気飲みさせてくる。


 堪らず吹き出してしまうと、ケタケタ笑いながら僕の背中を何度も叩いてきた。


「いきなりなんだよ! 死ぬかと思ったじゃないか!」


「死んだような顔してたから、とっくに死んでるもんだと思ったぜ。これで生き返れたろ、ええ?」


 僕の頭を両手で掴んでグリグリ撫で回す。まるで飼い主が飼い犬にそうするように。


 すると、今度は音もなく愛留がパソコン片手に現れた。


「……乱暴、止めて」


「ちげーよ、これは乱暴じゃねえ。可愛い後輩にスキンシップしてやってるだけだ。だよなあ?」


「……痛いから止めてよ、もう。今日は疲れてるから放っといてくれよ」


「なんだ、何があったんだ? この俺様の胸を貸してやるからドンと悩み事言ってみろよ!」


 そういうと小柄な身体を逸し、巨大な二つの塊が目の前に現れる。


 僕は直ぐに目を逸して、ため息を吐いた。


「お、おま……私の胸見てため息てどういうことだオラっ!」


「……圭太郎、元気、無い……なら」


 愛留が呟くと、パソコンを広げ、片手でカタカタと操作する。


 すると、くるりとモニターを僕の方へと見せてきた。


 そこにはトップレスの女性がアメリカンバイクにもたれ掛かるように映った写真。もちろん、モザイクはついてない。


 それを見た瞬間、花凛がコーラを吹き出す。


「お、おい、愛留、そういうのは良くないだろ教育的に! 俺らにはまだ早いっての!」


 真っ赤な顔を両手で隠す。けれど指の隙間からガン見しているのがバレバレだった。


「……元気にならない?」


「んー、まあ……ちょっと元気にはなり辛いかな……」


「……この人胸大きくない。花凛の方が大きから脱いで見せるべき」


「んなこと出来るかぼけえ! わ、わたしの胸は別におっきくなんか無い! 背の比率で見たらでかくなるだけだ!」


「……じゃあ私も背が高いから比率で小さく見える……って、そんなわけあるかーい」


 右手を出してやる気のない突っ込みをする愛留。


すると花凛の胸に当たり、ぶるんと震えると同時にワイシャツのボタンが弾ける。


僅かな隙間から、谷間と薄ピンクのブラが見えた。


「きゃっ……おい、愛留ふざけんなよ、どうしてくれるんだこれ!」


 慌ててワイシャツを手繰り寄せる花凛。凶悪な膨らみが何度も形を変えて動き回る。


「おい、圭太郎! てめえ、何見てんだ! ぶっころすぞ!?」


「あ、ご、ごめん!」


 慌てて顔を背けると、愛留と目が合う。少しだけ頬を膨らませ、不機嫌そうだった。


「……圭太郎、花凛の胸ばっかり見てる。私のライン好きって言ってくれたのに」


「いや、これは、その不可抗力と言うか男子高校生の性というか……」


「……ならもう一回私のライン見て」


「はぁ? どういう……っておい!」


 そう言うとブレザーをぱさりと床に落とすと、次々にワイシャツのボタンを外していく。ちらりと、白い肌に紫のブラが見え、その妖艶なコントラストに視線が吸い込まれていると、目の前が真っ暗になる。


 頭からバケツが被さり、誰かに押さえつけられていた。


「な、なんだぁ? だ、誰だよ、見えないじゃないか!」


 すると、ごんっ、とバケツ越しに頭を殴られる。


「あのねえ、このクラブでは快楽目的の交渉はご法度なの! そういうことしたいならちゃんと付き合ってからやってくれない? それに、花凛は服を着替える! 私の着替えあるからそれ使って」


「えぇ? 希羅の服って胸のサイズ合わねえんだけど……」


「シャラップ! さらっとマウンティング取ろうとするんじゃないわよ! それに愛留は無闇矢鱈に脱ごうとしない! それは狙った男を落とす最終手段よ。さっさと服着なさい」


「……狙ってるから最終手段でも良いのに……」


 二人のぶつぶつ言う声が収まると同時に、バケツを外された。


 すでに花凛も愛留も制服を着て、大人しく座っている。いつもの着崩した様子は無く、折り目正しく第一ボタンまでぴっちりと止められてしまっていた。


 希羅がぽんと肩を叩いてくる。笑っていたが、額には青筋が浮かんでいた。


「適切な時間、適切な場所、適切な場合でお願いね」


「僕は別に何もしてな」


「い、い、わ、ね?」


「……へい」


 希羅は息を吐くと、バケツを床に置いた。


「まったく、二人がこんなに暴走するくらい心配してるのよ。いい加減、何があったか話しなさいよ」


「……心配?」


花凛は腕を組みそっぽを向き、愛留は相変わらずぼーっとした表情で僕の頭上辺りを見ていた。


「で、何があったのよ」


「それは……言えない」


「なんで? 私達はあんたを信頼している。でもあんたは私達を信頼していないわけ?」


「そういうわけじゃない……信頼してる。でも、話せない。話したく……ない……」


「……生徒会のことでしょ?」


 その言葉が出た瞬間、心臓が大きく跳ねる。ガレージ内のメンバー達もざわめき始めた。


「な、なんで……知ってるの?」


 恐る恐る問いかける。すると希羅は僕の隣に椅子を持って来て、座る。


「ずぶ濡れになった日、あんたの制服のポケットに生徒会の腕章が入っているのを見たわ。見なかったことにしようと思ったけど、今日、世羅からメールがあったの……あんたが生徒会抜けたって」


「……おい、まさかこいつタレコミ屋だったのか!?」


 花凛が驚いて声を上げると、クラブメンバー達は口々にスクエアは帰れ、裏切り者めとペットボトルや缶を投げつけてくる。


僕は何も言えず、ただ黙って非難受け止めていた。


「うるさいわよ、あんた達! 圭太郎は被害者よ。零華がどういうやつか、私達がよく知ってるでしょう? それに、どうして私達がこのクラブに集まっているか思い出して」


 希羅が僕の前に出てそういった瞬間、メンバー達は口を閉じ、手に持った物を下げた。


「一年以上連絡も取らず、ずっと、お互いに顔を合わせないように、話もしないようにしていた。そんな状況だったのに、世羅は私に連絡をしてきたの」


「……なんて、言ってた?」


「利用するようなことしてごめんなさい。良ければまた個人的に会いましょうって」


「そう……」


「それで、あんたが間違えて私達のクラブに入ったのも知った」


「ごめん……最低だよね」


 僕は項垂れる。もう、誰の顔も見たくなかった。


 それでも、希羅は変わらない声音で僕に問い掛けてくる。


「……だから、改めて確認するわ。あんたはメンバーのために命を掛ける気、ある? もう一度信頼を取り戻したいって気持ち、ある?」


 皆の視線が僕に集まっているのがわかる。


 顔を上げるのが怖い。


 でも、伝えなければならない。僕の思いを、感情を。


「僕が……僕が生徒会を辞めようと思ったのは、皆を尊敬しているから」


 震える声で呟く。


「……初めは生徒会が格好いいと思っていた。生徒のために仕事をする姿が尊いと思っていた。けれど、実際はそうじゃなかった。本当に戦っていたのは、ここの皆……ヘヴンズデビルの皆だったんだ。その手を汚して、悪に染まろうとも生徒を守ろうとするその姿に、僕は心を打たれたんだ。本当の正義はここにあるって」


 そこまで言って言葉に詰まってしまう。これまでのクラブでの思いが一気に湧き上がり、溢れ、言葉に出来ない。


「……それで?」


 希羅は穏やかな顔で促してくる。僕は深呼吸をして、口を開く。


「だから、だから僕をもう一度仲間に入れてほしい。僕が裏切り者なのは……確かだ。けれど、許されるなら、もう一度だけ……!」


 僕は思わず立ち上がり、皆を見回す。軽蔑や困惑、怒りに満ちた目線が突き刺さる。


けれど、僕は逃げず、その全てを受け止めた。


しんと静まり返ったガレージ。


希羅の穏やかな声が、静寂を破った。


「……花凛、このクラブの最初に決めた理念ってなんだったっけ」


「生徒会に成せない正義を、だ」


「そうね。それじゃ、愛留、裏切ったメンバーにはどうするんだっけ?」


「……それは、決まってない」


「そう、決まってない。だから、あたしは、圭太郎がこのままこのクラブに所属してもいいいと思っている。彼はそれだけの働きをした。それに私は零華とのやりとりを世羅から聞いて、裏切ったとも思っていない……誰か、私に異論のある人は居る?」


 希羅の問いかけにメンバー同士が顔を見合わせる。けれど、誰も手を挙げなかった。


「それじゃあ、このまま圭太郎が参加してても良いと思う人は?」


 すると皆一斉に手を上げ始める。


 愛留はぴんと腕を張って手を上げ、花凜は組んだ腕の隙間から手を上げていた。


「……うん、じゃあ、これでこの話は終わり! はい、解散!」


 号令とともに、メンバー達は散らばっていく。


何事も無かったかのようにガレージの中は喧騒に包まれる。


「あんた、いつまで立ってんの? いい加減座ったら?」


「だけど……」


「良いじゃない、みんな許してくれたんだから。もし、まだ罪悪感が残っているって言うなら……それは今後の圭太郎君に期待ってとこかな」


 愛留がとことこ寄ってくると、僕の頭をなで始めた。


「……みんな間違う。私も、希羅も、花凜も。けれど、許し合う。それが仲間」


頷きながら花凛もやって来る。


「ま、こんなことスクエア共にはできねえよな。俺らのほうが数百倍も大人ってことだ」


「僕、本当にヘヴンズデビルに……仲間になれてよかったと思う」


 涙を拭う。滲む視界で、三人とも笑ってくれていた。


 すると、希羅が思い出したように口を開いた。


「……そういえばメールの最後に、お弁当楽しみにしてるねってあったけど、あれどういう事?」


「ああ、それは世羅が昨日僕にお弁当作ってくれたから、それのお返しにって話をしたんんだけど……」


 ふと三人を見ると、皆顔が青ざめていた。


「せ、世羅が作った料理食べたの……?」


「……う、うん。なんとか。凄くキツかったけど」


「あの子、勉強も性格も完璧だけど、料理だけはからっきし駄目というか……知識も無いのに創作料理にばっか手を出して、美味しいもの全部混ぜたらより美味しくなるって考えの持ち主だから……」


「お、お前、体丈夫なんだな……すげえ」


「……黄泉戸喫……尊敬する」


 三人共驚いた表情で頷きあう。なんだか嬉しくない。


「と、とにかく、生き……じゃなくて無事だったんだから喜ばしいことよね、うん」


「ちょっとまて、そんな人が死ぬような代物つくる人だったのか、あの人」


「さ、最悪、食中毒で死ぬかもってだけだから! 気にしない気にしない!」


「そういやあいつが作ってきたクッキー、焦げてるわけじゃないのに真っ黒でなんかの足が出てたなあ……食べたら丸一日眠っちまったけど」


「……私は名状しがたいカレーの様なもの。ルーが青い色してた。それで凄く甘い。食べたら一日中身体が熱かった……」


 二人は明後日の方向を見ながら呟く。目は死んだ魚の様だった。


「ま、まあ、生きててラッキーだったってことで。今度お詫びに何か作ってあげるから」


「え!? ……いや、いいよ、別に」


「な、なんで拒否するのよ! 私のは全然まともなんだから! むしろ死にたくないから料理頑張ったくらいで……とにかく全然食べられる、まともな料理だから」


「……食用油の代わりに廃油入れたりとか歯ごたえ良いからって代わりにボルトとかナット混ぜるとかしないよね」


「そ、そんなの入れるわけないじゃない! 馬鹿にし過ぎでしょ? そんなことするのは世羅だけよ!」


「いや、正直世羅より料理から縁遠い印象あるんだけど……」


「はぁ!? あ、あんたの好物作るくらいわけないわよ! ほら、言ってみなさいよなんでも!」


「えーと……ギャロリーメイトと、ウェダーインゼリー」


「それコンビニで売ってるやつ! 作れないから! 真面目に答えてよ!」


「ええー? じゃあ……コーンフレーク」


「手のかかる余地がない! ていうかあんたわざと言ってるわね!? ほんとに廃油とボルト食わせるわよ!?」


 近くの工具箱からレンチを取り出して僕に詰め寄ってくる。それを花凛と愛留が笑いながら抑える。


 その光景を見ながら、笑って謝った。

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