ヘヴンズデビル

ナカシマハルカ
ナカシマハルカ

第十五話

公開日時: 2020年9月4日(金) 22:00
文字数:8,432

 次の日の昼休み。


 昨日は希羅と二人でメンバーの誤解を必死に解いていたせいで、心身ともに疲れてしまった。家に帰り、ちょっとだけ横になるつもりが、気がついたら朝。


 お弁当の準備していなかったせいで、今日は食べるものがない。


当然、お腹は空いているけど、今は眠って体力を回復したかった。


 お弁当を食べながら黄色い声を上げているクラスメイト達のど真ん中で、机に伏せて目を瞑る。


 その瞬間、僕の名前が大声で呼ばれた。びくっと身体を起こし、声の方向を見る。


肩で息した副会長が取り巻きの役員を連れて、入り口のところに立っていた。


僕は席を立ち、副会長の元へと行く。


「あ、あの……何か?」


「はぁ、はぁ……世羅……じゃない、会長がここに来なかったですか?」


「い、いえ、来てませんけど……」


「ちっ! こっちに来るかと思ったけど違った……まったく時間が無いっていうのに……」


 親指の爪を噛みながら考えこむ副会長。取り巻きたちも携帯電話で終始連絡を取り合っていた。


「はい……あの、もしかして生徒会の仕事ですか? なら。僕も一緒に探したりとか……?」


 すると副会長は僕の襟首を掴み、引き寄せると耳に向かって小声で話し始めた。


「良い? 貴方は表向きはただの生徒です。一緒に探してるとこあの不良達に見られたら生徒会ってバレるかもしれない。なんでそんなことも考えつかないんですか?」


「はぁ……それはそうですね……すみません」


「とにかく、表立ったことは何もしなくていいです。会長を見つけたらすぐに連絡しなさい」


 襟首を掴んでいた手を突き飛ばすように離す。そのまま取り巻きと共に廊下を小走りでで去っていった。


 僕はその姿を見送り、襟首を直しながら席に着く。


 これでようやく眠りにつける。


 うつ伏せになり、喧騒が段々とフェードアウトしていこうとしたその時、今度はぽんぽんと肩を叩かれる。


 今は人と話すのも面倒だ。


僕は顔を上げぬまま知らんぷりする。


 けれどその人は諦める様子はなく、次に両肩を掴んでゆさゆさと揺らしてくる。


 僕は意地でも顔を上げずに居た。


 何度かゆすられた後。ついに諦めたのか、僕から手を離してくれる。


 心の中で勝利宣言をして、そのまま眠りに誘われていこうとした時、耳の近くに何かが寄ってくる。


 瞬間、ふぅっと息を吹きかけられる。


「うっひゃあ!」


 僕は思わず顔を上げ、耳を抑える。


「よーし、やっと起きてくれた! なんで必死に起こしてるのに寝たふりするの? 私って圭太郎くんに嫌われてたっけ?」


 そこには眉をハの字にした金髪を三つ編みにした美少女、世羅が悲しげな表情で立っている。


「か……会長……!?」


 僕は飛び起きると、彼女の前に立つ。頭一個分低くなった会長が、上目遣いで僕を見ていた。


 クラスメイト達は会長を見ると、まるで芸能人を街で見た時の様に沸き立っていた。


「い、いやそういうわけじゃなくてですね、その、あまりにも眠くてちょっと応対するのが辛かっただけで……別にそういうわけじゃ……」


「……そうだよね、無茶な生徒会の仕事押し付けて毎日疲れさせちゃってるってことだからね……嫌われて当然だよね……ごめん」


 そう言うと片手で目元を拭う。キラリと涙が光る。


 僕があたふたしていると、周りからサイテー、とか、会長が時間割いてきてくれるあいつなんなのうざい、とか、絶対彼女居ないとか、謂れのない非難が次々と聞こえてきた。


「ち、違うんです! 本当にそういうわけじゃなくて……どっちかっていうと会長のことはす……」


 そこまで言いかけた時、周囲の血走った目が僕を睨みつけ、殺意がのしかかって来る。


「す?」


 首をかしげて聞いてくる会長。その仕草に胸を撃ち抜かれる。


「…………すーぱー尊敬してますから。嫌うことなんてないです。絶対」


 僕の発言に納得したのか、辺りの過激な連中は頷きながら殺意を収めていく。


 セーフ。なんとか首の皮一枚で繋がった。グッジョブ僕。


 心の僕が自分にサムズアップしていると、会長はほっと息を吐きながら胸をなでおろした。


「そっかぁ、それなら良かった! もう、圭太郎くんに嫌われたらもう生きてけないよー。安心安心!」


 きらきらと満面の笑みを浮かべる世羅。


 太陽よりも眩しいその笑顔の反面、僕の視界外で蠢く死の恐怖におびえていた。


「そ、それで、わざわざ僕のところに来てくれたのは一体どうしてなんです?」


「ああ、それなんだけど……あの、もうご飯食べた?」


「いや、それが例の件で色々ありまして。ちょっと作れなくて……購買に行くのも面倒だったので今日は昼抜きにしようかと」


「そ、そうなんだ……じゃあどうしようかな……タイミング的には良いんだけど……」


「?」


 世羅は急に口元に手を当ててもじもじし始める。そして意を決したのか、後ろ手に持っていた物を差し出す。


 花柄の布で包まれた包、会長の手の上に乗っかっていた。


「お、お弁当作ってきたから、良かったらどうかな……? い、嫌だったら全然良いんだけど……」


 断る余地なんか、一ミリも無かった。

 

 

 世羅と共に教室を出て、着いた先は教室のある本館から離れた、別館の屋上。


 別館には図書室や化学実験室、視聴覚室、コンピュータ室があり、昼休みのここへ来る生徒はかなり少ない。ましてや、屋上は誰も居なかった。


 雲ひとつ無い青空の中、僕と世羅はフェンスの土台に座っていた。


「ごめんね、生徒会室じゃなくて。あそこだったら空調が効いてて居心地がいいんだけど、今はちょっとねー」


「いえ、僕も副会長が居ると緊張しちゃうんでここで大丈夫です」


「あはは。それわかるかも。零華は真面目なんだけど硬すぎるからねえ。まぁ、あの子のおかげで私がこんな不真面目でもやってけてるんだけど」


「っていうと、もしかして……?」


 ぺろっと舌を出して、困った表情をする。


「あそこに居ると色々仕事が舞い込んでくるしね。私もちょっと疲れちゃったから、抜け出して来ちゃった」


 だから副会長が血相変えて探していたのか。まあ、無理に連絡する必要もない。僕に無礼を働いた罰ってことで。


 僕が焦って走り回っている副会長を想像していると、ぽんと膝の上に包みをとったお弁当が乗せられる。


パステルピンクの、二段に重なったお弁当箱。


「は、初めて男の子に作ったから、量がわからなくて。一応、家の中で一番おっきなお弁当箱だったんだけど……少なくないかな」


「そんなこと無いですよ。これくらいで丁度良いです。でも、なんで作ってきてくれたんですか?」


「昨日、疲れた顔して歩いているところ見かけたから、精の付くものをって思って。それに、無茶なお願いも聞いてくれてるから、それのお礼もかねて、ね」


 恥ずかしそうな目を逸しながら、僕を横目で見てくる。


 あの会長が僕を思って食事を作ってくれた。その事実だけでもう、走り回れそうだった。


 僕は何でもない風を装って、思わずかっこつけてみる。


「そんな、これくらい何でもないですって。会長のためだったらなんでもやりますよ!」


「やだ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。それじゃ、時間無くなっちゃうから、食べちゃって。口に合うと良いんだけど……」


「会長の作るものがまずいわけないじゃないですか。それじゃいただきます」


 僕は意気揚々と蓋を開ける。


 すると、生き物と目があった。


「ど、どうしたの、蓋閉めちゃって。やっぱり不味そうだった?」


「あ……いえそういうわけじゃなくてですね……その、あまりの幸せが溢れ出てきてしまいそうだったんで一度閉めたというわけです。パンドラの箱の幸せ版ってやつですよ」


「? そうなんだ。そういうこともあるんだ」


「ええ……それじゃ改めて……」


 僕は深呼吸した後、意を決してもう一度、蓋を開ける。


 そこにはぶつ切りにされた亀の首部分と、手足や内蔵。そして何かドロっとした白くて粒状の何かが混ぜ合わされて入っていた。


「……えーっと……お、おいしそうなんですけど、なんですか、これ? ちょっと僕料理には疎くて……」


「これはすっぽん! それから、納豆とかとろろとか牡蠣とかを混ぜて作ったソース。精のつく料理ってネットで調べたら、いっぱい出てきたからそれを全部混ぜてみたの! どう? 元気出そうでしょ?」


 太陽のような眩しい笑顔が、目の前で炸裂する。核融合反応を間近で受けて目が眩んだ。


「そうですね……あの、とても、中々な感じです」


 僕は次に二段目に手をかける。頼む、せめて白米、ダメ元で野菜辺りが入っていてくれ。


 祈りながら震える手で開ける。


 中には、色とりどりの錠剤がみっちり詰め込まれていた。


「……ナンスカコレ」


「これは亜鉛のサプリメント! 一種類のサプリじゃ色合いが良くないと思って、他の会社のも入れてみたの! どうかな!」


「ソウデスネ……トテモ、ナイスデス」


「でしょ? いやーひょっとして私、食の天才……いや、魔法使いなんじゃないかな……?」


「……どちらかといえば黒魔術師だと思いますが……」


「え? なんか言った?」


「……何も言ってません」


 僕の膝の上にある悪魔への供物を薄目で見ていると、はいどうぞ、と箸を渡される。


 せめてスプーンの方が食べやすかったという思いはぐっと飲み込んで。箸ですっぽんのヒレを掴む。


「さ、どーぞ!」


「い、いただきます……」


 ため息を吐いてそれを口に運ぶ。味覚を精神的にシャットアウトし、口で息して鼻に匂いが伝わらないようにする。


 箸を止めそうになるのを堪えて、次々と放り込んでいく。ご飯の代わりのサプリが口直しになるのが唯一の救いだった。


 食事じゃなくてこれは競技だ。ガマン大会系の。


 そう言い聞かせて、なんとか全て平らげる。お弁当箱の底が見えることがこんなに嬉しかったことはない。


「ご、ごちそうさまでした……」


「すごーい、やっぱり男の子ね、あっという間に食べちゃった! どう、口に合ったかな?」


「え……ええ。合わせに行ったと言うかなんというか。とにかくありがとうございました……」


 こみ上げてくる吐き気をぐっと抑えて、そう伝える。すると、またニコリと微笑んだ。


「いえいえ、お粗末さまでした。家族はみんなお前の料理は最悪だ、なんて言ってくるけど、圭太郎くんはこんなに必死に食べてくれるなんて……感動した。また、作ってあげるね!」


「いや、それはいいです! か、会長もお忙しいですし! また今度でお願いします!」


「そ、そう? 簡単だからまた作って来れるけど……」


「そんな毎回作られたらしんどいですって! その……良心的な意味で。だ、だから今度は僕が作って上げますから、それで勘弁してくださいお願いします」


「ま、まあそう言うなら……楽しみにしてるね」


 少しだけ首を傾け、微笑んで見せてくる。


やっぱりこの人の笑顔は癒やされる。さっきの毒……じゃなくて食事が浄化……じゃなくて消化されていくようだ。


「何? そんなぼーっと見て。希羅で十分見飽きた顔でしょ? 何も目新しいものなんて無いじゃない」


 はにかんだ顔をして、手で視線を遮ってくる。


「確かにそっくりですけど、笑った顔がちょっと違うというか。会長の笑顔はキラキラって感じですけど、希羅はギラギラって感じですかね。性格も真逆だし」


「そう? 昔は体細胞分裂した姉妹、なんて言われてたんだけど……一緒に過ごさなくなって時間が経つから、ちょっとずつ変ってきちゃったのかな」


「一緒に過ごしてた?」


「そう。もうベッタリで、二人で一人って感じ。一緒に離れて過ごすなんて、考えもしないくらいにね」


 膝を台にして、頬杖を付く世羅。その横顔は遥か遠くを見ていた。


「……そんな二人が、どうして仲違いするようになってしまったんですか?」


 希羅の持っていた写真を思い出す。それには二人仲良く並んで映っていたはずだ。


「うーん、それって面白い話じゃないんだけどな。それに結構色んな人に迷惑かかってるから……絶対他言しないって約束してくれたいいよ」


「もちろん、絶対に。何が合っても守ります」


 それなら、と希羅は呟く。


「希羅は今じゃあんな格好して怖そうに振る舞ってるけど、私と同じ生徒会役員だったの」


「……そうだったんですか」


「あら、あんまり驚かないの? どこかで誰かに聞いてたとか?」


 実は、と希羅の生徒手帳の間に挟まっていた写真の話をする。世羅と同じ格好を指定立っていたこと、周りのメンバー達も元生徒会だったことに驚いたと伝える。


「そっか、その写真見てたんだ。あれね、私達が生徒会会長に立候補する時の決起集会に取った写真だったの」


「会長選、ですか?」


「そう。生徒会って別に一年生が立候補しても、会長になれる可能性があるわけ。それで、当時一年生だった私達で会長になってやろうってなったの。今思えば、代表として前に出るってことの意味を、ちゃんと理解出来てなかった」


「あの、生徒会会長って、一人しかなれないんですよね? 今、会長が会長をやっているってことは、希羅はどうしたんですか?」


「会長会長ってなんだかややこしいね。世羅でいいよ。それに敬語も要らない。タメ語で喋って」


「そんな、それはちょっと失礼じゃ……」


「あら、私がそうしてくれってお願いしてるのに、それを無碍に断るほうが失礼じゃない? それとも、生徒会会長として命令してあげたほうがいい?」


 人指し指で、僕の鼻を突いてくる。希羅がする不敵な笑みを浮かべていた。


「わかった……世羅……?」


「うん、それでおっけー。男の子に名前で呼ばれるのってなんだか恥ずかしいね……。ええと、それでどうして希羅が立候補したかっていうと、希羅が譲ってくれたの。私は妹だから、世羅の方が相応しいって。別にそんなの関係ないのにね、全く同じ二人なのに」


 自嘲気味に笑うと、空を見上げる。青い空に、名前も知らない白い鳥が一羽、飛んでいた。


「結局どっちかしか会長になれないし、希羅が譲ってくれたって言うなら別に断る理由もなかったから、私が会長に立候補したの。それで、私の補佐人として登録された人が、零華。あなたも知ってる現副会長ね」


「そこはなんで希羅じゃなかったの? 別に彼女がやったってよかったんじゃ」


「それが今起こっている生徒会とヘブンズデビルの仲違いの最たる原因。時を戻せるなら戻りたい一場面かな」


 世羅は見上げていた顔を下げる。笑い顔は消え、凍った表情で僕を見ていた。


「……あのね、補佐人になっちゃうと、ずっと私にくっついて居なきゃいけないから、広報活動とかが制限されちゃうの。選挙戦を勝つのに、双子って手を利用しないわけにはいかなかったってわけ」


 双子ならば、世羅が演説している間に、全く同じ顔の希羅が他の場所で生徒に挨拶してまわれる。認知度を上げるのに効率的なのは明白だった。ただ、少しだけ卑怯っぽいけれど。


「まあ、そんなこんなで活動してたらいい感じに生徒に広まって、新聞部が調べた下馬評で人気が一位になったの。あの時は皆で両手を上げて喜んだわ。何せかなり信頼の高いソースだったからね。ほぼ、選挙戦を勝ったも同然だったの」


「そりゃ二人共、美人だから人気になるのも頷けるけどね」


「ふふ、双子で物珍しかっただけだよ。それでね、選挙戦の最終演説が、文化祭の出し物の一つとして開催されるんだけど、ウチの学校って可愛い子多いじゃない? だから、一般開放されるその日を狙って、他校の男の子達だけじゃなくて、色んな雑誌社とか芸能業界の人達がこぞってスカウトに来るぐらい盛り上がっちゃうの」


「ああ、今での駅前でカメラ持ったり、業界人っぽい人がうろついているよね」


「そうそう。そんな人達が校庭で開かれる演説にこう、わーっと集まってね。ものすごい人で溢れかえっちゃったの。今思い出しても、あんなに大勢の人間が集まったところを見たことないわ」


「それじゃあ、人の誘導とかものすごく大変だったんじゃ……」


「そう。学校が用意した警備員だけじゃどうしようもなくて。だから、立候補しなかった希羅とか他の生徒会役員だけじゃなくて、風紀委員会との混成で演台へと押し寄せる人達をなんとか制してたの。でもね、マイクや機材の関係で一向に始まらない演説に、皆が段々と業を煮やしてきた頃、ようやく演説を始めることができた」


 世羅の表情はが、一言話すごとに暗くなっていく。僕はただ耳を傾けるだけだった。


「一人、二人と演説して、自分の番になった時に事件が起こった。最前列に居た一人が、撮影禁止なのにカメラを構えていたの。それに気がついた役員の子がそのカメラを取り上げようとした時、もみ合いになって、それを希羅が止めに入った……」


 そこまで話した時、顔をうつむかせる世羅。彼女の身体に何かがのしかかっているのが見えた。


「……それで、どうなったんですか?」


「……希羅の手がその人の顔に当たっちゃったみたいで、その勢いでカメラを落っことして壊れちゃったの。もの凄く高価なものだったらしくて、段々と騒ぎが大きくなって……最終演説、ううん、文化祭そのものが中止になっちゃったの」


「そんな……どうして。悪いのはルールを破ったそいつだったのに……」


「私は責任を取って会長に立候補するのを辞めようとしたんだけれど、零華は、この選挙に勝てるかもしれないのに、辞めるわけにはいかない。今回の事件については生徒たちからの理解もあるし、学校と関係の無い人のために辞める必要も無いって言ってくれた。でも。事が起きてしまった以上、誰かが責任を取らなければならなかった」


「……それで、希羅が辞めたんですか……?」


 力なく頷く世羅。何かに頭を垂れ、許しを請うかのように顔を伏せたまま。


「希羅が生徒会を辞めて、それに続いて花凛も、愛留も……関わってた役員達も次々と辞めていった。残ったのは私と零華、そして十数名の役員だけ」


 世羅は生徒手帳を取り出し、中から何かを取り出す。それは、希羅の持っていたものと同じ写真。時が止まった世界で笑顔で寄り添う皆が、無性に悲しく見えた。


「希羅とは何をするにも一緒だったけれど、この日を境に顔を隠すように髪を長くして、三つ編みも解いて、二つ結びにして……きっと同じ顔の私を恨んでるんだと思う。それに、誰も助けようとしなかった、この学校も……」


「……っ! それは違う、絶対に!」


 僕は思わず立ち上がって声を上げる。


驚いた世羅ははっと顔を上げた。大きな目が赤くなっている。


「希羅はそんなやつじゃない! きっと、世羅に迷惑がかかると思って変えただけだよ! それに、辞めてった役員たちは皆ヘブンズデビルになって、今も生徒の達のために戦っている! それは……きっと……きっと世羅を、この学校を好きだからじゃないのか!?」


「……そうなのかな……でも………………わからない」


 逃げるように顔をうつむかせる。手に持った写真がくしゃりと歪んだ。


「……その写真、希羅も持ってたよ。きっとまだ仲直りは出来るはず」


「もう、遅いよ。何もかも、時間が立ちすぎてしまった。副会長も、残ってくれた役員の子達も口では言わないけど、いつかメンバー達が仕返しにくるって怯えている。とても間を取り持つようなことも出来ない……」


「そんなこと……そんなこと、あいつらは思ってないよ。突然仲間になった僕のためにパーティーまで開いたくれたし、駅で警備をして……困っている生徒を助けて……そんな……そんな連中が仕返しなんてするわけない……」


「それは私も知ってる……けれど、どうしようもないの。どんなに権力を持って頂点に立とうとも、周りが付いてこなければ裸の王様、お山の大将と何ら違いはない」


 息を吐くようにそう呟いた瞬間、ばんと音を立てて校舎への扉が開く。


 そこには額から汗をダラダラ流して、荒く呼吸をする副会長。


ずれ落ちた腕章を直しながら、つかつかとこちらへと歩いてきていた。


「……あーあ。見つかっちゃった」


「会長、探しましたよ……! こんなところで油を売ってないで仕事してください。上がそんなことだから生徒会の支持率が低下するんだって、先生達に小言言われますよ」


「はいはい、すぐ戻るわ」


 お尻をパンパンと払いながら立ち上がる。彼女の顔は普段どおりのすまし顔に戻っていた。


「まったく、明後日の生徒総会で校則を承認させなければならないんですからね。会長としての自覚を持ってください」


「もう、わかってるわよ。真面目な副会長だこと。それじゃあね圭太郎君、楽しい時間をありがとう」


 そう言いながら僕から空のお弁当箱を持っていこうとする。それを手で遮った。


「これ、洗ってお弁当詰めてきますから。だから預かります」


「……そう、それなら、お願いしちゃおうかしら」


「会長!」


「あーもう。わかってるって。行きますよ、行きますって」


 会長がぶつぶつ言いながら歩き始めると、後を追うように副会長も続く。


 その二人を見送っていると、副会長が思い出したかのように振り返った。


「そうそう鳴河、明日の放課後には、この数日間のヘブンズデビルの実態を紙に纏めて報告に来なさい。良いわね」


 それだけ言うと小走り会長に近づき、扉から出ていく。


 風が吹く屋上で、一人残された。

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