ヘヴンズデビル

ナカシマハルカ
ナカシマハルカ

第二十二話

公開日時: 2020年9月5日(土) 18:00
文字数:3,678

「会長、遅れてごめんなさい! 今助けますから!」


 僕はポケットからニッパーを取り出し、世羅を縛る太いロープに刃を当てる。しかし、登山用なのか思うように刃が通らない。


 手間取っていると、世羅が叫んだ。


「圭太郎君、後ろ!」


 振り返ると、榊が黒煙の隙間から現れ、レンチを振り下ろしてきていた。


 僕は咄嗟に左腕で受け止める。ゴクっと嫌な感触が体内に響き、冷や汗が全身から飛び出てきた。


 僕が態勢を崩すと、そのままレンチで好き放題に殴打してくる。


 頭、背中、腹、腰、足。次々と鈍痛が全身を襲ってくる。僕は為す術もなく身体を丸めるだけで精一杯だった。


 榊はひとしきり殴り終えると、レンチを放り投げ、腰にポケットから手錠を取り出す。


 抵抗しようとするが、レンチで頭を殴られた。額からドロリと血が流れ出てくる。


がちゃりと音が響いて、僕の手首と壁の梁を繋がれてしまった。


「はぁ、はぁ……煙幕を使ってくるとはな。小賢しい真似してくれるじゃねえか……ええ?」


「……こ、小賢しい真似をしてるのはどっちだ。関係ない人間を人質にとりやがって」


「ああ? 綺麗事言うなよ。これは別にスポーツじゃねえ。どんな手を使っても勝ちゃいいんだよ。それに、仮に卑怯だったとしても、それを証言するやつが居なけりゃ、なんの問題もない」


 そう言うと、仲間たちが使っていたジェリカンを拾い、ガソリンを辺り一帯に撒き散らし始める。


 そして、口に咥えたタバコをそこへ放り投げた。


 瞬間、ぼんと爆発音がすると、瞬くまに炎が燃え上がり、ガレージ中が真っ赤に染まる。


 希羅や花凜、愛留、メンバー達がそれぞれ使っている椅子や、壁にかけられたロゴ入りの旗までもが次々と炎が蝕まれていく。


「じゃあな、正義気取りのバカども。もう二度と会うことはあるめえ」


 我先にと逃げ出すスケアクロウズ達に混じって、榊も姿を消していく。


 僕と会長は、炎巻き上がる空間に取り残されてしまう。


 僕はふらつく頭を持ち上げて、這いずりながら横たわった会長に近づく。


「会長……! 会長! 大丈夫ですか!?」


 返答はなく、息をする度に笛のような音が聞こえ、浅い呼吸を繰り返していた。


 僕は周りと見渡してニッパーを探すが、どこにもない。きっと、榊が拾ってどこかへ投げてしまったんだろう。


 辺りに何か道具はないか探すが、何も見当たらなかった。


 炎は段々と周りを囲み、じりじりと近づき肌を焼いてくる。


 僕は会長を引っ張り、炎から遠ざけようとする。しかし背後には壁。もう為す術も逃げる場も無かった。


 諦めかけたその時、どこからともなく声が聞こえてくる。


 はっと顔をあげると、炎を割って希羅が飛び込んで来た。


「待たせたわね! さっさと逃げるわよ!」


 希羅は足にくくりつけていたナイフで会長の手足を開放する。僕に取り掛かろうとして、それに気がつくと声を上げた。


「……あんのクソ野郎! 手錠なんか使いやがって!」


 ナイフで鎖の隙間に刃を入れるがびくともしない。なんども試すが、遂にはナイフの刃先が欠けてしまう。鎖には傷一つ付いていなかった。


「ま、待ってて圭太郎、何か、他の道具を探してくるから」


 しかし、炎の勢いは更に増し、何かを探せるような状況ではなくなっていた。


 僕らの居場所が、炎に焼かれていく。


 地獄のような光景。


 慌てふためく希羅と、息も絶え絶えの世羅。


 もう、どうしようも無かった。


 僕は覚悟を決め、慌てる希羅の肩を取る。声が震えそうになるのをぐっと堪えた。


「……希羅、もういい。もう……いいから、逃げてよ」


「な……何バカなこと言ってんのよ! そんなこと出来るわけないじゃない!」


「もう、無理だよ。三人で死ぬ必要はないんだ。早く世羅を担いで逃げて。君なら出来る」


「ヘブンズデビルは仲間を見捨てたりしない! あたしは逃げないからっ!」


 泣きながら手錠の鎖を手で引っ張る。どうにもならないってわかりきっているのに、手を真っ赤にして。


 次の瞬間、僕は気がつくと希羅の襟首を掴んでいた。


 驚いた顔で僕を見る彼女に、力の限り怒鳴りつける。


「……いいから逃げてくれよ! もうこれ以上頑張らなくていい! 仲間だとかなんだとか、そんな口先だけの言葉じゃどうにもならないってわかんないのかよ! いいから……いいから行ってくれよ……君も僕にとっての仲間なんだ。目の前で仲間が死んでいくのを見るのは辛い……それに、君の意地で関係のない世羅まで巻き込んじゃ駄目だ……」


「できない……私は世羅も圭太郎もどっちも大事……どっちかなんて選べないよぉ……」


僕が手を離すと、希羅はその場に泣き崩れる。


すでに辺りは背の丈まである炎で包まれ、かろうじて見えていた逃げ道もすっかり見えなくなっていた。


次第に天井は崩れ始め、青い空に向かって赤い炎が立ち上がっていく。


もう今度こそ、お終いだ。


何も出来ることはない。


最後にこの二人だけでも助けたかったけれど、無力な僕はそれもできなかった。


僕は諦めて背中を壁に預ける。すると段々と背中の壁が揺れ始めた。


ついに焼き尽くすものが無くなり、支柱を溶かし始めたようだ。


このままだと壁が崩れて、僕たちは押しつぶされるだろう。生きたまま焼かれるよりかはいくらかマシか。


目を瞑ってその衝撃を身体に感じる。


けれど、いくら待てども壁は崩れてこない。それどころか、衝撃はだんだんと力強く、そして、壁のすぐそこまで迫っていた。


僕が少し壁から離れた瞬間、ビシっと大きなヒビが入り、金属の塊が飛び出てくる。


金属の塊は、何度も何度も壁にぶち当たり、コンクリート壁を崩していく。鉄筋が入っていてもお構いなしに穴を広げていった。


僕が怪訝な表情でその穴を覗き込んでいると、赤い髪の女の子がひょこりと顔を覗かせる。


続けて、銀髪の女の子が寝っ転がって顔を突っ込んで来た。


「よお圭太郎! 調子はどうだ? 楽しんでるかい?」


「……フロアは熱気どころか、炎で包まれている……」


「……花凛! 愛留! 来てくれたのか!」


「お、何だおめえ、泣いてんのか? そんだけ怖かったのか?」


 僕は咄嗟に目元を拭う。それでも二人が滲んで見えた。


「ち、違うよ。また二人に会えたのが嬉しいんだよ」


「そうかいそうかい、まあ仲間だからな。助けに来るのは当たり前だ。早くこっちに出てこい」


「で、でも、これがついててそっちに行けない。それに、希羅と世羅が動けないんだ。僕一人じゃどうにもできそうに無い」


「なるほどな。おい、愛留、ワイヤーカッター持ってきて手錠を切れ! あと、麻衣と絵里! 希羅と世羅を引っ張り出してくれ!」


 花凛が指示すると、愛留はワイヤーカッターを使って鎖を切り、僕を引っ張り出してくれる。他のメンバー二人も穴からガレージに入ると、世羅と希羅を連れ出してきた。


 安堵で地面に倒れ込むと、サイレンの音が響いてくる。


 続々とパトカーや消防車、救急車が、ガソリンスタンドに集まってくる。


警察は逃げ出そうとするスケアクロウズの連中を捕まえ、泣きじゃくっている生徒会役員たちは全員保護されているようだった。


 とりあえずは一件落着か。胸を撫で下ろしたその時、希羅の悲壮な声が聞こえてきた。


「世羅……世羅! ねえ起きて!」


「希……羅? ここは、どこ? 光が眩しい……私、死んだの?」


「違うよ! あたし達助かったんだよ!」


「そっか……助けに着てくれてありがとう。それと、ごめんね……今まで何も出来なくて」


「ううん……こっちこそ、ごめん……会長大変なのにそばに居れなくて……こんなことになって」


 倒れている世羅に抱きつく希羅。世羅は両手を広げ、彼女を抱きしめていた。


「そういえば、生徒会の皆は?」


「大丈夫……全員無事みたい……」


「そっか……それなら速く生徒総会に行かなきゃ。零華を……副会長を止めなきゃ」


 咳き込みながら、身体を起こす世羅。けれど、震える腕を着いた瞬間、すぐに力が抜け、再び地面に倒れ込む。


「せ、世羅!? 大丈夫、しっかりしてよ! 死なないでっ!」


「……やべえな、気道がやられてる。呼吸不全になる前に病院連れてかねえと。おいみんな、手伝ってくれ!」


 花凜が声を掛けると、既に集まっていたメンバー達が担架を持って近づいてくる。世羅乗せて担ぎ上げると、救急車へと向かっていった。


その姿を見送っていると、膝立ちの希羅がポツリと呟いた。


「……あたし、本当に馬鹿だった。意地張ったりしてなければ、こんなことにはならなかったのに」


「それは仕方ないよ。それぞれに出来ることがあるんだ。希羅には希羅の、世羅には世羅の……」


「……それなら、まだあたしにも出来ること、ある」


 希羅は僕の顔を生気の戻った目で見ると、手を取ってくる。


「お願い、一緒についてきて。これは圭太郎にしか出来ないことだから」


 僕が頷くと、手を掴んだまま、自分のバイクへと走っていく。


 希羅が跨がり、キーを差し込んだその時、背後から別のエンジン音が響く。


 振り返ると、花凜が後ろに愛留を乗せ、吹かしながら横付けしてきた。


「二人だけで楽しい思いはさせないぜ、なあ愛留」


「……もちろん、私達も仲間だから……!」


 僕は希羅の後ろに跨り、皆に目で合図する。


 二台のバイクが重低音を響かせ、決戦の場へと走り出した。


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