ヘヴンズデビル

ナカシマハルカ
ナカシマハルカ

第四話

公開日時: 2020年9月1日(火) 10:00
文字数:3,547

 僕は彼女達に追い立てられるように駐輪場に向かう。すると僕の原付の周りにはすでに、何台もの大きなアメリカンバイクが並び、怖そうな女の子達がすでにエンジンを轟かせて待っていた。


 僕は愛想笑いを浮かべながら、彼女たちの先導に従って山を降りていく。


 乙女坂を下り、高級住宅街を右手にして、十分ちょっと走った先へ。


周囲の住宅が少なくなり手入れのされていない山が見え始めた頃、ガソリンスタンドが見えてきた。


といっても、営業している雰囲気は無く、看板は取り外され、塗装は剥げてサビだらけ。


 敷地内には産業廃棄物や廃車、古タイヤが山の様に積まれていて、営業していないことは明らかだった。


 彼女たちは敷地内にそれぞれバイクを停めると、近くにあった煉瓦造りのガレージに近づいていく。


 ガレージのシャッターには彼女たちが腕や背中に縫い付けているロゴがスプレーやペンキで大きく描かれていた。


 希羅が鍵を開け、金属音を立てながらシャッターを開く。


 中にはシャッターと同じデザインの大きな旗が飾られており、汚れた机やソファーが乱雑に並べられ、床には工具類が散らばっていた。


「おい、なにぼーっと突っ立ってんだ。入れよ」


「あ、は、はい……」


 花凛が睨みつけながら急かしてくる。


 僕は恐る恐る、まるで山賊のアジトの様な場所へと足を踏み入れる。


 背後で大きな音を立ててシャッターが閉まった。後ろを見ると、愛留がつまらなそうに壁に設置されたボタンを弄っていた。


「じゃ、とりあえずそこに座って」


 希羅がガレージの中央に置かれた椅子に座るように促してくる。僕はおとなしくそこに座った。


 眼の前には大きな旗の下で、ソファーに足を組んで座る希羅。その左右の椅子には、指の骨を鳴らす花凛と膝の上でパソコンを開いてそっぽを向いている愛留が座った。


周囲のメンバー達はそれぞれ好きな場所へ、箱やらタイヤやらを持ってきて座ってくる。


 完全にアウトローな方々に囲まれてしまって、逃げる隙がない。


「さぁて、と。まずは何か質問はあるかしら?」


 僕はおずおずと口を開いた。


「あ、あのー……皆さんはいったいどういう集まりで……?」


「なんだ、てめえわかってねえで俺らのクラブに入りたいとか抜かしやがったのか?」


「い、いえ、正確に把握しておきたいので是非もう一度教えていただけたら幸いなだけです! 間違って覚えたりしたら後々大変かと思いましてっ!」


 すごんでくる花凛に言い訳のマシンガンを食らわせる。すると、彼女は片眉を上げた。


「なるほどな。そういうことならまあ、教えてやらんでもないが……なあ、希羅」


 花凜から視線を受けて頷く希羅。


「ここは、私が作ったバイカークラブ。名前はヘヴンズデビルっていうの。まあ基本的にはバイクに乗って楽しくやるっていうのが方針。メンバーは基本的に三年生で構成されているわ」


「……その、楽しくやるって言うのに、バックにバットとか木刀を入れているのはなんなんですか?」


「それは、俺らが何をしなくとも喧嘩を売ってくる馬鹿どもがいるからな。言葉じゃ理解できない家畜共に、誰に喧嘩を売ったかわからせんだよ」


 汚い笑顔を見せてくる花凛。周りのメンバー達も同じ様に笑っていた。


「まあ、基本的には自衛のためね。積極的に使うわけじゃない。そこは誤解しないでもらえるかしら」


 希羅はニコリと笑いかけてくる。前髪の奥に見える目は、少しも笑っていなかった。


「はぁ……わ、わかりました……」


「ありがとう。貴方みたいな聞き分けのいい人は嫌いじゃないわ……それで、他に質問は?」


 希思い切って、僕の中での最大の疑問を聞いてみることにした。


「あの……生徒会の会長と似て……」


 僕がその言葉を口にした瞬間、ガレージ内の空気が一気に凍りつく。


 皆息を飲み、僕が次に何を言うのか見つめる……いや、睨みつけていた。


「……誰が、なんだって?」


 殺意を隠そうともしない花凜が、近寄ってくる。


 思ったよりも小柄な彼女が、倍以上の体躯に見えるかのようなオーラが漏れ出ていた。


 僕は殺意で震えそうになるのを抑え、声を絞り出す。


「いえあの……なんでもないです忘れてください……二度と聞きません」


「……だよなぁ、それならなんの問題もない。聞かなかったことにしてやる」


 僕はほっと胸を撫で下ろす。どうやらこの話は禁句らしい。


きっと会長とは何かしら関係があるんだろうけど……。


 ちらりと希羅を見ると、何も言わず右のツインテールを指で弄っていた。


「……さて、と。彼の正式にメンバーになるに当たっての課題をどうするかだけど……何か意見のある人は居る?」


 足を組み替えた希羅が、周りを見ながら声を掛ける。


 課題だなんていったい僕は何をさせられるんだ。


まさか盗みとか殺しとか金もってこいとかそういう話だろうか。


 しかし、メンバー達はお互いを見合わせ、首を傾げ合って特に意見は出てこなかった。


 知らないうちに見習いにさせられてこんなところに連れて来られたけれど、何も意見が出てこないならそれに越したことはない。


適当に付き合って、このクラブからフェードアウトしていけばそれでいい。よし、そうしよう。


 希望を見つけ、ホッとしたのもつかの間、誰よりも鋭い眼つきで僕を睨んでいた花凛がすっと手を上げていた。


「何、花凛。どういう意見があるのかしら」


「……俺はそもそも、見習いだとしてもこいつがメンバーに加わるのは反対だ」


「それはどうして?」


「なんというか……覇気がねえ。こんなんじゃメンバーに何か合った時、自分を前に出して戦えるとは思えねえ」


「見た目で判断しているということかしら。それは会則違反じゃない?」


「違う。総合的な判断だ。それにこいつは神代山高校では一握りの男子生徒だぞ。入学してきた男連中を見ればわかるだろ。圧倒的マイノリティになった瞬間、何も言わず目を伏せ、口を閉ざす腑抜けばっかりだろうが」


「まあ言いたいこともわかるけれど、彼がそうとは限らないんじゃないの?」


「どうだか。とにかくメンバーに入りたければ、見習いだろうともそれなりの覚悟があるやつじゃないと俺らに付いてくるのは難しいんじゃないか? 入ったとしても辛い目にあうだけだ」


「ふーん、花凛が心配するなんて珍しいわね。彼のこと気になるの?」


「はぁ!? ち、ちげえし! そんなんじゃねえよ! 誰があいつのこと好きだなんて言ったかよ馬鹿か!?」


「好きだなんて言ってないのに。あんたって意外と一目惚れしちゃうタイプ?」


「違う違う! そういうことじゃなくて! と、とにかく、俺はなんの実績もないぽっと出のやつなんか認められねえって言ってんだよ! わかったか!」


 顔を真っ赤にしながら大声を上げる、立ち上がる花凛。周りのメンバー達は苦笑していた。


「わかったわかった、落ち着いてよ花凛。それなら、あんたが言う通り、何か実績があれば文句は無いってことね」


「……まあ、そういうことだ。何かをやり遂げるってことは重要だからな」


 ふんっと鼻を鳴らして、どかりと椅子に座る。腕を組んでそっぽを向いていたけど、相変わらず顔は赤いままだった。


「さーて、それじゃあどうしよっかなー。なんかいい案ある、愛留?」


 愛留はモニターの青白い光りを顔に当て、一瞬希羅を見るとまたモニターに目を落とす。


「……例のロゴバッジの件」


「ああ、そういえばあれ、預けっぱなしだったわね。なんとなくそのままになっちゃってたけど」


「……それ、取り返してもらう。一件落着。心配事一つ減る」


 希羅がそれを聞いて顎に手を当てる。


「なるほどそうね、それは良いかもしれない。どう、花凛。それで構わない?」


「べ、別に構わねえけど、あいつがそうやすやすと返すか? それも知らないやつによ。俺だって出来なかったわけだしな」


「それも含めて取り返してくればあんたの言う実績になるでしょ? 違う?」


「ちっ……わかったよ。それで良い。取り返してくるんならメンバーとして正式に認めてやるよ。それで異論はない」


 やれやれと腕を広げる花凛。それを見て希羅がくすくすと笑う。


「まったく、意地っ張りなんだから、素直に認めて入れてあげればいいのに。そういうのツンデレって言うのよ」


「うるせえ、誰がツンデレだよ! ちげえっつってんだろ! ……ていうか、てめえもぼーっとこっち見てんじゃねえ! お前のせいなんだよさっさと行けっ!」


 花凛はそう言うと、近くに合った鉄パイプを持つとこっちに向かってきた。


 僕は逃げるように立ち上がり距離を取る。


「す、すいません! 行ってきます!」


「なんの報告もなく逃げやがったら地の果てまで追いかけるからなっ! 覚悟しろよっ!」


 花凛の怒声を浴びながら、僕は慌ててシャッター横にあるドアを開け、外に出る。


直ぐに原付きにまたがり、エンジンをかけようとした瞬間、ふと、思い出した。


「……で、僕はどこへ行けば良いんだ?」

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