ヘヴンズデビル

ナカシマハルカ
ナカシマハルカ

第十四話

公開日時: 2020年9月4日(金) 21:00
文字数:2,541

 しばらくソファに座ってぐったりと項垂れていると、突然座面が沈み込む。


 隣を見ると、コーヒカップを両手に持った希羅が座っている。


さっきの出来事が恥ずかしかったのか、目を逸したままの彼女は僕の顔の前にずいっとカップを差し出して居た。


コーヒー豆の香ばしい香りが漂ってくる。


「ほ、ほら。これ、飲みなさいよ」


「あ、ありがとう」


僕はそれを受け取り、一口すすり飲み込む。スッキリとした苦味が鼻を抜けていく。


ちらりと、横目で希羅を見る。


髪を纏め上げ、前髪を分けている姿はどこからどう見ても会長そっくりだった。


その横顔をぼうっと見つめていると希羅がカップに口を付けながらこちらを見返してきた。


「何? なんか顔についてる?」


「いや違うけど……」


「じゃ何よ?」


「その……生徒会長と同じ顔だなって……」


「当たり前でしょ。双子なんだから」


 ふぅっとため息をつく。白い吐息が冷たい部屋に霧散した。


「……」


「何よ。何か言いたいことがあるんでしょ。言いなさいよ」


 イライラした表情でカップを離すと、僕に顔を近づけてくる。瞳の中に気まずそうな顔した僕が居た。


 生徒手帳の写真を勝手に見た、なんて言ったら本当に怒ってきそうな気迫があった。


「……ああ、うん……その、双子なのになんで仲違いしてるのかなって……普通は仲良いもんじゃないの?」


「昔はお姉…………世羅とは仲良かったわよ。でも、そうじゃなくなった理由があるわけ」


「それって聞いても良いこと?」


 僕が問いかけると、希羅は目を伏せ、逡巡する。


「……まあ色々あってね。沢山の人が関わってくる話なの。私個人の話だったら教えてあげられるけど、そう簡単には話せない」


「それって、まだ僕はクラブの新人だから話せないってこと?」


 歯切れの悪い言い方に少し口調が強くなってしまう。


すると希羅はばっと顔を上げる。その顔は今にも泣きそうだった。


「違う、そうじゃない! ……花凛も愛留も、他のメンバーもあんたを認めている。ただ、私の口から説明して偏った伝え方にならないか…………自分が一方的に被害者にならないか……それが怖いのよ」


 希羅は身を引いて、元の位置に戻る。僕の顔を見ないようにそっぽを向いていた。


「ごめん。無理に聞いて」


「……こっちこそごめん……」


 ガレージ内に気まずい空気が流れる。僕も希羅も、黙々とコーヒーを口に運ぶ。


 ふと、その時疑問が浮かんできた。


花凛と愛留は認めてくれている。そう希羅は言ってくれた。でも……。


「……希羅は……」


「え?」


「希羅は僕のことどう思っているの?」


 僕が尋ねた瞬間、盛大にコーヒーを吹き出す。茶色い霧が辺りに舞った。


「うわ、汚っ! 急に吹き出さないでよ!」


「げほっ、げほっ……あんたこそ急に変なこと聞かないでよ! 何? 熱でも出てきた?」


「ち、ちがうよ。そんなんじゃない。ただ、皆には認められてきているけど、希羅にはどう思われているのか聞きたくなっただけで……」


「……はぁ。別に、私は最初っからあんたのこと買ってるわよ。じゃなきゃクラブに入れたりしないわ。これで良い?」


「……うん、まあ……」


 今まで、こうやって大勢の仲間と過ごしてきたことはなかった。その中で認めてもらえて嬉しかったけれど、生徒会からのスパイでもあることに、少しだけ胸が痛む。


 僕は誤魔化すように言葉を濁して、コーヒーを啜った。


「何よ、せっかく教えてあげたのにはっきりしない返事ね……じゃあ、私も聞いていいかしら?」


「うん、何?」


「あんたは私のことどう思っているわけ?」


 希羅が頬杖を着きながら、聞いてくる。少しだけ恥ずかしそうな表情だった。


 瞬間、僕も希羅と同じ様にコーヒーを吹き出す。ぬるい液体が気管に入り、むせこんだ。


「げほっ……な、何だよ急に……!」


「別に私の質問は急じゃないでしょ? あんたが私に聞いてきた、それで答えた。だから今度は私が聞いて、あんたが答える番。ちがう?」


「いや、別に違わないけどさ……でも……」


 僕は目を逸して、天窓を見る。鈍色の雲は相変わらず泣きっぱなしだった。


「ほら、教えなさいよ。それとも答えられない様な評価ってわけ?」


「わかったよ答えるって! その…………誤解してた」


「誤解?」


「そう。初めは見た目すっごい怖かったし、うるさかったし、何するかわかんない雰囲気あったけど……でも、凄く気が良くて、仲間思いで、曲ったことを許さない、任侠みあふれるというか」


「もう、はっきりしないわね! ちゃんと答えなさいよ!」


「ええと、つまり……尊敬してるってこと」


「……まぁ、それはそれで聞けて良かったんだけど、そういうことじゃなくて……」


 歯切れ悪くごにょごにょ言葉を濁してくる。


 何を言おうとしているのかわからずに居ると、希羅は決心したように頷く。


そしてずいっと近づき、僕をソファの端へと追いやった。


「ちょ、ちょっと近いよ! 何?」


「……く、クラブで気になっているやつはいるの!?」


「はぁ? ど、どういうこと?」


「どういうことも何も、そういうことよ! わ、わかるでしょ!?」


「いや、ごめん……わからない……」


「だから……好きなやつ……いる?」


 必死な形相から、怒ったような悲しいような表情へと切り替わる。


 僕は言葉の意味を一生懸命考えて、戸惑いながら、口を開いた。


「み、みんな好きだけど……」


 なんとか肺から空気をひねり出して声にする。


 その時、乱暴に扉の開かれる音がガレージに響いた。


「ふー、ようやくたどり着いたな。やっぱりここが一番居心地良いぜ」


「……終の棲家。クラブハウスよ永遠なれ」


 見ると、腕を回しながら入ってくる花凛と、パソコンを抱きかかえてくるくる回る愛留、そして他のメンバー達がぞろぞろと入って来ていた。


 そして、皆は僕と希羅を見るた瞬間、ピタリと止まると水を打ったように静かになる。


 しばらく見合った後、花凛が震えながら僕らを指さしてきた。


「な、何やってんだ……お前ら……」


「な、何って別に何も?」


「いや、だってその格好は……どうみても……」


「……希羅が圭太郎押し倒してる……」


 愛留がそう呟くと、皆後ずさりをしてガレージから出ていく。


 希羅と僕は互いに顔を見合わせ、二人で勢い良くソファから飛び起きた。


いそいそと出ていってしまったメンバーを追って外に出る。雨はとっくに止んで、綺麗な夕焼けが広がっていた。

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