ヘヴンズデビル

ナカシマハルカ
ナカシマハルカ

第二十四話

公開日時: 2020年9月5日(土) 20:00
文字数:5,095

 生徒総会が終わった後、僕たちは警察から連絡を受けた先生たちに見つかり、急いで病院に搬送された。


 入院中、身体中を色々検査されて、結局異常は無し。折れたと思った左腕も、レントゲン上は異常なかった。


 その間クラブの仲間たちとは会えず、面会に来たのは両親と事件の聞き取りに来た警察くらい。


 警察からは特に会長が誘拐された話しは出てこず、火事になったガソリンスタンドについてばかり聞かれた。


気になっていた会長の容態を聞くと、命に別状はないとだけ聞かされていた。


それっきり警察は来なくなった。


 そして、入院してから六日後、ようやく退院許可と、登校許可が降りた。


 まだ身体は本調子じゃなく、節々が痛む中、バイクには乗ってられない。


 僕は朝早く家を出て麓のバス停を降りると、リハビリも兼ねてこの乙女坂を徒歩で登っていた。


 動く度に身体が軋む感じがするが、鞭打って足を動かす。


 ふと、一陣の風が通り過ぎていく。


見ると、バイクに乗って通り過ぎていく生徒達。ブレザーやスカートをバタつかせながら、気持ちよさそうに春の山を登っていく。

「早く良くならないとな……」


 額の汗を拭い、歩みを進めていく。


 けれど、この長ったらしい坂を歩いて進むのは容易じゃない。ましてや怪我をした後だと。


 周りを見ても運動部どころか、人っ子一人見当たらない。


何百回目のかの後悔が頭を過った時、誰かが僕を呼んでいる声が聞こえた。


 榊に殴られたせいで、頭がおかしくなったんじゃないかと思ったけど、間違いなく僕の名前を何度も呼んでいた。


 声の方向へと振り返ると、世羅が手を振りながら走ってきていた。


「けいたろーくーん! 待ってよー!」


「か、会長……」


「はぁ、はぁ……歩くの早いねえ。走らないと追いつかなかった……今日はバイクじゃないの?」


「リハビリがで登ってる感じです。身体もまだうまく動かないんで、バイクは危ないですし。せっかく調子良くなってきたのに事故ったら大変ですからね」


「そっか……でも、良かった。あの時私は気失っちゃってたから、皆がどうなったのかわからなかったし」


「まあ、この通りですよ。会長も走れるくらいには良くなったんですね」


「そうなの! 少しだけ喉がいがらっぽいだけで、後は全然だいじょうぶ!」


 すると、その場で走って見せてくる世羅。僕は慌てて彼女を抑えた。


「ちょ、ちょっと病み上がりなんですから、止めてくださいよ。まったく……」


「それはお互いに、でしょ? 本調子じゃないならバスで登れば良かったのに」


「それ言ったら、会長もですよ。それより、なんでわざわざ徒歩で?」


「いやいや、私はいつも歩いて登ってるんだよ。この坂道が好きだからね」


「こんな長い坂道が? 変ってますね」


「か、変ってなんか無いよ。山の香りとか、木々から差し込む光とか、ここから見える美乃黒市の景色とか……そういうのが全部好きだから」


「……まぁ、確かに言いたいことはわかりますけど……毎日だとちょっと辛くないですか?」


「あはは。確かに登ってる以上、辛いこともあるよ。雨の日、風の日、雪の日……でも、そればっかりじゃないんだなー、これが」


「え……どういうことですか?」


 僕は横を歩く世羅を見る。すると、彼女の細い指が僕の鼻先をつんと押した。


「今日は圭太郎君がいてくれたでしょ? それだけで超ラッキー! 後ろ姿見えた時、凄い嬉しかったんだから!」


 満面の笑みで僕を見上げてくる世羅。嘘やお世辞なんかじゃないのは、言わなくても伝わってきた。


 僕は頬が熱くなるのを感じて、直ぐに前を向いた。


「あれ、どうしたの? 急に顔赤くなったけど……もしかして風邪?」


「ち、違いますよ。赤くなってません。光の加減でそう見えただけですよ」


 手を伸ばして僕の額に触れようとしてくる世羅。顔を背け、なんとか迎撃した。


 すると頬を膨らました世羅が、僕の前に立ちはだかる。


目が合うと、腰に手を当て、人差し指で僕の眉間を指してきた。


「こら、お姉さんは生徒会会長ですよ? ちゃんと言うこと聞きなさい。じゃないと、めっ。ですよ?」


「は……はい……」


 僕は観念して、手が届くよう膝を軽く折ると、世羅の手……は、近づいてこなかった。


 代わりに世羅の額が近づき、僕の額と重なり合う。


 視界の全部が飛針世羅で埋め尽くされる。


目を瞑り、温度を確かめている彼女に、このままキス出来てしまいそうだった。


思いもしなかった出来事に、身体が硬直する。


額が触れている部分から、一気に顔全体が熱くなっていく。


「んー? なんだか一気に熱くなっていってるねえ。やっぱりこれは風邪……?」


 理性のタガが外れそうになり、僕は身体を引いた。世羅は驚いた顔で僕を見る。


「ど、どうしたの急に……びっくりしたー」


「……えーあー、そ、そういえば今回の事件ってどうなったか知ってます? 僕、殆ど何もわからなくて。警察も途中でこなくなっちゃったし……」


「ああ、それなんだけど……」


 すると会長は、今回の誘拐事件や街中での喧嘩、違法無線の使用、そしてガソリンスタンドでの火事は全てスケアクロウズによるものとして処理され、そして、神代山高校の生徒は、あくまで一方的に巻き込まれてしまった被害者というスタンスで幕引きになったと話してきた。


「まあ、具体的なそのへんのアレは花凛が南側に行って根回して、私がちょっと演技して、愛留がカチャカチャっとやった的な感じだから……もうアンタッチャブルな感じで……」


 目を逸しながら人指し指を突き合わせ、額に汗をかく世羅。


 この人達には絶対嫌われないようにしないと心に誓った。


 そしてふと、ある一人の女の子の顔が浮かんできた。


「……そういえば、副会長……いや、元副会長はどうなったんですか?」


「ああ、零華なら……」


 その時、坂の下から重低音が幾重にも重なって響いて、近づいてくる。


 振り返ると希羅や花凛、愛留、他のメンバー達が、隊列を組んで坂を上ってきていた。


 初めて会ったときと変わらず、同じ様にバイクに乗る皆。違うのは、包帯を巻いたりしているところくらいだった。


 タンデムシートにメンバーを乗せた希羅が、サイドカー付きバイクを歩道に近づけて、停車する。


 目元まで垂れ下がっていた前髪を僅かに分けて、片目だけ見えるようになっていた。


「あら、元気そうで何よりね。バイクにはまだ乗れなさそうだけど。世羅とよろしくやるくらいには回復したってわけね」


「朝からそんな下品なこと言わないでよ。たまたま会っただけだから……」


「まあ、あんなことでくたばるようなやつじゃ、ウチじゃやってけねーからよ。丁度良い、ど、童、どどどどうてそそそ……」


 真っ赤になってモゴモゴ言い出す花凛。顔から湯気が立ち上っていた。


すると、希羅のバイクに付けられたピカピカのサイドカーから、愛留がひょこりと顔を出した。


「……恥ずかしいなら童貞卒業なんて比喩、言わなきゃ良い……見てて恥ずかしい」


「るせーな! 別に俺は恥ずかしくねーし! ど、どどど童貞卒業くらいちゃんと言えらあ!」


「……ムキになるところが童貞……もとい、処女っぽい……」


 なんだと、と食ってかかろうとする花凛を愛留は全く意に介さずパソコンを眺めていた。


 それを見て苦笑する希羅と世羅。同じ仕草、同じ顔で笑い合っていた。


 メンバー達も呆れたり、囃し立てるもの、それぞれだった。


 その時、ふと、一人輪に入れていないメンバーを見つける。


 その子は希羅のタンデムシートに跨がり、フルフェイスヘルメットを被って、対向車線の方へと顔をやっていた。


「あれ、希羅。その子は……新入り?」


 僕が指を指して問いかけると、メンバー全員が吹き出し、一斉に笑い始める。


突然の出来事に、世羅も僕もキョトンとしてしまった。


「ああ、まあ、新入りっちゃあ新入りね。ほら、顔見せて上げなさいよ」


希羅が肩を震わせながら、後ろに乗った女の子の肩を叩く。


すると渋々といった様子でヘルメットに手をかけて、一気に脱ぐ。


ピンク色のおかっぱ頭と、どこかでみたことのある眼鏡。


そして悔しそうに尖る眼から、今にも涙が溢れて来そうになっていた。


「ま、さか……」


「れ、零華なの……?」


 その瞬間、メンバー達が更に笑い始める。


 世羅もしっかり口を結んでいたが、次第に肩を震わせ、限界が来たのか、お腹を抱えて笑っていた。


「ど、どういうことなの、これ? なんで彼女がここに?」


 希羅は零華の肩に手を置くと、やれやれと首を振る。


「結局、零華は生徒総会で副会長を免職になったの。でも、その後から全然学校に来ない。それで心配して家行ったら、部屋に引きこもって退学届け書いてたって訳……だから、メンバーに引き入れた」


「む、無理やりですから! 私はまっっっっっっっったく入りたくも無かったのに、毎晩毎晩毎晩毎晩引き連れて走って回って、こんな髪型にして……ほんとに今すぐ死にたい……」


「あら。世羅を誘拐するわ、私達のガソリンスタンド使えなくするわ色々やっといて、死んで逃げられると思ったら大間違いよ……例え天国へ行ったって、私達が引きずり戻してやるんだから」


 悲壮な鳴き声を上げて、泣きじゃくり始める零華。


 いじめているのか、救済してあげているのか微妙なラインだったけど、とりあえず良い方向に転がってると思いたい。


「それで、空位になった副会長職は希羅がやることになるの?」


「いや、私は警備もあるし、何よりガソリンスタンドを直さなきゃいけないから……ほら、世羅、あれ、渡して」


「あれ?」


 希羅に促され、世羅が鞄を開けると、何かを取り出す。


 それは生徒会役員が身につける赤い腕章。しかも、ただ赤いだけじゃない。


金糸で副会長と刺繍されていた。


世羅はおずおずと、まるでラブレターを渡すように、両手でそれを差し出してくる。


「よ、よかったら零華の後任やってくれないかな……そうしたら凄く嬉しいんだけど……」


「いや、そんな急に言われても……僕なんかじゃ力不足だと思いますし」


 思わずたじろぎながら周りを見る。


皆が期待した目で僕を見つめていた。零華を除いて。


弱気な自分を押し込め、深呼吸する。


きっとこれは、僕にしか出来ないことなんだ。


「……わかりました。僕、がんばります」


 僕が腕章を受け取ると、すかさず割れんばかりの拍手が沸き起こる。


 おめでとう、おめでとうと皆が笑顔で祝福の声をかけてくれていた。


 一頻り拍手が続いた後、希羅が僕の胸、ヘブンズデビルのピンバッジをゆびさした。


「そっちの仕事も忘れないでよね? ちゃんと待ってるから」


「も、もちろん。ちゃんと会いに行くよ、必ず」


 僕はうなずいて答えると、なぜか希羅が顔を赤くした。それと同時に、世羅が僕の左腕に抱きついてくる。


「でも、昼間は生徒会役員ですから。一緒に頑張って活動しようね、圭太郎君」


 そのまま自分の腕を絡めさせ、身体を寄せると、そのままぐいぐいと引っ張って坂を登り始める。


「ちょ、ちょっと距離が近いわよ世羅! 抜け駆けはしない約束じゃなかったの!?」


「んー、何のことだったかなー? 全然わからないやー。それより圭太郎君、結婚って何歳ごろにしたいとかって希望ある?」


「ええ!? いや、特に……」


「私はもう、卒業したら直ぐにしたいって思ってるんだ! もちろんお互いにちゃんと働いて、結婚式代貯めて、子供二人作って、家を買って……ああ、バラ色の世界が私達を待ってるよ!」


「ええ!? ぼ、僕も関係あるんですか!?」


 僕が叫ぶと、今度は右腕に体重がかかってくる。


 まさかと思って顔を向けると、今度は眉間にシワを寄せた希羅が僕の右腕を絡め取り、バイクの方へと引っ張っていこうとしていた。

「け、圭太郎は私が先に唾付けたんだから、どう考えたって私に所有権あるでしょ? 自重しなさいよ、この性悪女!」


「あらー? 私と同じ性格だと思ってたんだけど、違ってたかしらー? それに圭太郎君はがさつな女の子よりも、こういうお淑やかなお姉さんの方が好きだよねー?」


「違うわよ! 圭太郎は優柔不断なところあるから、しっかりした私みたいなお姉さんの方が絶対うまく行くんだから!」


「ああ? 何よ!」


「ええ? 何なの?」


 全く同じ顔が僕の両側で火花をちらし合っている。どちらも一向に譲る気配がない。


 多分、というか確実に今まで見てきたどの喧嘩よりも一番怖かった。


「ま、まあまあ。二人共双子なんだからさ。仲がいいのはわかったけどもう少し穏便に……」


「全然良くないわよ!」


「全然良くないです!」


「ひっ! ご、ごめんなさい……」


 メンチ切り合っていた表情のまま二人は僕を睨みつける。


僕は二人の視線を避けるよう、天を仰ぐ。


木々の向こうに見えるどこまでも続く青空を、二羽の白い鳥が飛んでいく。


互いを支え合いながら、どこまでも、遠くへ。

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