陽はすでに沈み、地平線の向こうに薄ぼんやりとした茜色が残っている。
僕は原付きのヘッドライトで夜道を照らしながら、昼間の様にガソリンスタンドの廃墟へと入っていく。
何台も並べられているアメリカンバイクの一番端に原付を停める。
僕のバイクが、より小さく見えた。
僕はため息を吐いて、シャッター横のドアをノックする。すると小さな小窓が開き、花凜の鋭い目が現れた
「てめえ、やることやって戻ってきたんだろうな? あ?」
「ちゃんとやってきましたよ……ほら」
ピンバッジを胸元から取り出し、見せる。
「嘘だろ、マジか……? それ偽モンじゃねえだろうな?」
「本物かどうかなんてわかんないです……とりあえず中に入れてください、やることちゃんとやったんですから」
花凛はなぜだか悔しそうに僕を見ると、音を立てて小窓を閉じる。
鍵の開く音が聞こえ、ゆっくりと扉が開いた。
そして、ソファの背に両手を広げ、まるで帝王のように座っている希羅に近づいていく。
「あら、おかえり。ちゃんとお使いできたかしら?」
「……ほら、これでしょ?」
僕は握りこぶしを作り、親指の上にバッジを乗せて弾き飛ばす。それを希羅は片手でキャッチした。
「ふーん……ちゃんと本物ね。シリアルナンバーも入っている。これで晴れてクラブメンバーね。おめでとう」
希羅がパチパチと手を叩く。それに合わせて他のメンバーも次々と拍手や口笛を吹き、ガレージの中は祝福に満たされていった。
なんだか、こそばゆい気持ちになる。けれど、花凛だけは相変わらずぶすったれた表情のままだった。
「……あら、花凛。何か不満があるわけ? これはあんたも同意したことでしょ」
「そうだけどよ……それは認めるけどよ……」
「あら、あんた、ひょっとしてバッジを取り返してくる話は私の役目だったはずなのに、とか嫉妬してないでしょうね」
「はあ!? し、してねえし! ちっとも悔しくねえし! なんでこいつにできて私にできねえんだなんて思ってねえし!」
「本当にわかりやすいわねー。まぁ、あんたが行けば喧嘩になるだけだけど、こうやって物事を穏便に済ませられるやつが今のクラブには必要なのよ。わかってくれたかしら?」
「ちっ! まあ、とりあえず今日のところは認めてやるよ……だがな、こいつのこと完全に認めたわけじゃねえからな! いつだってお前なんか追い出せるんだから覚悟しとけよ!」
涙目になりながら、僕にびしっと人差し指を突きつけてくる。できれば追い出してほしかったけど、会長との約束上、そうも願ってられない。
「……それで、圭太郎、あんた、これを受け取る時何か言われなかったかしら?」
どきりと心臓が飛び跳ねる。思わず胸ポケットにしまった腕章に手が伸びそうになるのをなんとか堪えた。
希羅の眼に、僕は釘付けになる。まるで神話のメデューサに睨まれた様に固まってしまった。
「……な、なんかってなんですか……? 別に何もないですよ……」
「いや、ね。これはあいつにとっても大切なものだったんじゃないかなとは思ったんだけど……すんなり渡してくれるとは思ってなかったから、何か交換条件でも出されたのかと」
背中を一筋の汗が流れていく。気がつけば喉が乾いていた。
「……別にそんなことはなかったですよ。それが必要だって話をちゃんとしたら渡してくれましたよ」
「……ふーん、ま、良いけど……それと、副会長はどうだった?」
「どうだったって……まあ、厳しそうな人というか」
「あんたが建前を使える人間だってのはわかってるから、率直に感想を教えてくれないかしら?」
にやりと笑う希羅。
ぼくは少し考えて、口を開いた。
「その…………彼氏とか、絶対いないだろうなって」
僕がそう言うと、一瞬空気が止まる。まずいことを言ったかと思いきや、突然笑い声が湧き上がった。
希羅も周りのメンバー達も笑っている。唯一愛留だけは眠そうにパソコンを眺めていた。
希羅はひとしきり笑い終えると、笑いを堪えながら僕に近寄ってくる。そして、僕の肩をバンバンと叩き初めた。
「いやー、面白いね圭太郎。最高だね、あんたこそヘヴンズデビルに相応しいわ」
「……そ、それはどうもありがとうございます……」
何が彼女達の琴線に触れたかはわからないが、とりあえず笑ってくれているなら良しとしよう。
すると希羅は叩くのを辞め、僕の肩に腕を乗せてくる。ふわりと花の香りが漂ってきた。
「よし、それじゃあ、新たなメンバーの参加を祝してパーティー行くわよ! 皆、準備は良い?」
彼女の問い掛けにメンバー達は腕を振り上げて答えると、一斉に外へ飛び出していく。
希羅に連れられ、外に出ると、メンバー達は自らの愛車にまたがりエンジンをかけた。
爆音が辺り一帯に響く。
辺りの山々から、鳥が一斉に夜闇へと飛び立っていった。
「あ、あの……これから何をされ……いや、してくださるんでしょうか?」
「ねえ、あんた、敬語はもう良いわ。私達は仲間なんだから。そうでしょ?」
ぐいっと顎を捕まれる。彼女の前髪がはらりと分かれ、世羅と同じ瞳に僕がめいいっぱい映っていた。
「でも……」
「あのね、これは会則だから。どんなメンバーも性別や年齢、人種を超えて平等であるって。だから守らなきゃ駄目よ」
ウィンクして見せてくる。胸が一瞬高鳴った。
「……僕はこれからどうなるの?」
すると希羅は僕の耳元で囁いた。
「そうね、簡単に言えば…………気持ちいいことするの」
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