ヘヴンズデビル

ナカシマハルカ
ナカシマハルカ

第十三話

公開日時: 2020年9月4日(金) 20:00
文字数:3,329

 案の定、乙女坂を下り終えた頃には雨が降り始め、無防備な僕の身体を水滴が打ち付けてきた。


 もはやバイクを止めて、雨具を着たところで意味はない。


 さっさとガソリンスタンドに着いて身体を乾かしたほうがよっぽど良い。


 寒さと痛さが全身を打ち付けてくる中、ようやくヘブンズデビルのロゴマークが見えてきた。


 既に到着している希羅のバイクの横に止め、ガレージの中へ入っていく。


 すると中には僕と同じ様にずぶ濡れになった希羅。


水の滴るブレザーを椅子に掛け、タオルで身体を拭いている。


 透けたワイシャツから黒いブラが見えたけれど、僕は直ぐに顔を上げて、雨の打ち付ける天窓を見た。


「……ま、私がこんな格好になってんだから、あんたも当然そうなってるわよね。ほら、使って」


 近くの棚から新しいバスタオルを投げてくる。空中で受け止めると、洗剤の香りが漂った。


「あ、ありがと。でもこれだけじゃ、愛留見たく風邪引いちゃうよ。何か暖房とか無いの?」


「暖房じゃなくてシャワー浴びたほうがてっとり早いわ。先、入っていいわよ」


 金色の髪を拭きながら、希羅が部屋の奥を指差す。そこにはシャワールームがあった。


「ありがたいけど、流石に女の子を差し置いて自分だけ入れないって。先に入りなよ」


「あら、意外と紳士なのね。それなら先に入らせてもらうわ」


 そういうと着替えを持ってシャワールームに向かう。入ろうとした瞬間、身体を半身だけのぞかせて、僕を見た。


「……覗かないでよ」


「覗かないよ! 紳士だと思ってくれたんじゃなかったの?」


「いや、なんか色んな出来事が重なって覗いてきそうだったから一応ね」


 昨日の愛留とのやり取りを思い出してどきりとする。僕はなんとか平静を装った。


「し、しませんそういうこと。ここから一歩も動かないようにします」


「……へぇ、そう……ま、良いわ。それじゃお先」


 何故か残念そうな顔をしてシャワールームに消えていく。ドアの閉まる音と同時に、僕はため息を付いた。


「まったく女の子って生き物はよくわからないよ……ん?」


 愚痴りながら近くの椅子に座ると、希羅の脱いだブレザーが目に入る。水が滴り、その水たまりの中、何かが落ちている。


 目を凝らしてみてみると、それは神代山高校の生徒手帳だった。


 濡れたままにしてしまうのもどうかと思い、近づいてそれを拾い上げてみる。すると、一枚の折れ目の付いた紙がするりと抜け落ちてきた。


 それはひらひらと舞いながら、白い面を上にして床に落ちる。


 僕は慌ててそれを拾った。触れると硬質な感触が伝わってくる。


何の気なしに裏側を見てみる。


それは一枚の集合写真だった。


中央には金色の髪の毛を纏めて三つ編みにした女性が二人。その二人を囲むように、何人もの生徒が笑顔を振りまき、思い思いのポーズをして映っている。


その中央の女性二人に目を奪われる。


「……会長……? それも二人……?」


 今よりも少し若い雰囲気の二人が、お互いに寄り添って立っている。そして、その背後には生徒会室で渡されたピンバッジのロゴが掲げられた大きな旗。ベールを被った女性が手を組んで祈りを捧げているポーズをとっていた。


 それを見て、即座に理解する。


「これ、会長と……希羅?」


さらにその隣には副会長。相変わらずの冷たい目線を向けて、びしっと直立不動の姿勢を取っている。


「この人も変わらないね……ん?」


 さらに映っている女の子の顔を見ていくと、旗を持った女の子に目が行く。黒い髪をポニーテルに纏めた、小柄な女の子。さらにその隣で無表情のまま明後日の方向を見ているパソコンを持った黒髪長髪の子。


 他の女の子も、よくよく見ると髪色が奇抜じゃないだけで、ヘヴンズデビルのメンバーばかり。皆制服を改造したり、着崩すようなこと無く、折り目正しく着こなしていた。


「まさか、花凛と愛留か……? それに他の子も……」


 そして、あることに気がついてしまう。


 写真に映っている子達全員の腕に、赤い腕章が付けられていた。


「待って……これはヘブンズデビルの集合写真じゃなくて、生徒会の……?」


「ふう、お待たせー」


 希羅が湯気を上げ、髪を結びながら出てくる。僕は即座に写真と手帳をブレザーに戻した。


「……今、私の制服に触ってなかった?」


「さ、触ってなんか無いよ、うん。ていうか触る理由なんか無いし?」


「じゃあ、なんでそんな近くに居るの? 超怪しいんだけど」


「あーごめんごめん、誤解するような位置にいて。それより僕も身体冷えちゃった。これじゃあ風邪引くかもなー。じゃ、入らせてもらうからー」


 希羅の横を即座に通り抜け、片手を上げて入れ違いで入っていく。彼女の疑う目を遮るように、ドアを閉めた。


 洗面台の前で服を脱ぎ、さっさと浴室に入る。


 蛇口をひねると、温かいお湯が降り注ぎ、冷えた身体を一気に温めていく。


 ほっと息を吐くと、脳裏に浮かんでくるのはさっきの写真。


 メンバーの皆は今じゃ格好はアウトローそのもの。しかし昔は真面目な生徒会役員。


 そして、何らかの理由で会長と副会長を残して生徒会を抜け、ヘブンズデビルへとなった。


 でも、なんでそうなった?


 希羅は生徒会が生徒を守るような活動をしていないと言って、代わりに警備活動を行っている。


 それが問題となって生徒会を抜けるくらいだったら、会長と違う髪型にして、不良な格好して、ロゴマークまで変える、なんて徹底したことはやらないだろう。


 根本を変えるに至った何か重要な出来事があったはず。


 でもそれがなんだか検討もつかない。


 あれやこれやと考えて熱いシャワーを浴びていると、段々頭がぼうっとしてくる。


 駄目だ、のぼせて来たせいで余計考えがまとまらない。


 とりあえず考えるのは止めにして、浴室から出る。


 すると、近くの籠の中に、いつの間にか綺麗に畳まれたツナギとバスタオル。


 希羅が置いておいてくれたみたいだった。


 けれど、代わりにの僕の制服が見当たらない。


 僕は濡れた身体を拭き、そのままツナギを着て外に出る。


「ありがとう希羅、助かったけど、僕の制服は……」


「……ふぇ?」


 希羅と眼があって、お互いに固まる。


 彼女は髪をまとめ上げ、普段は見え隠れする両目がしっかりと見え、驚きでまんまるに見開いていた。


生徒会長に瓜二つの女の子が、僕の濡れたブレザーを両手で持って顔に当てていた。


「……な、何してんの……?」


 すると希羅は思い出したかのように慌てて動くと、ブレザーを後ろ手に隠した。


「べべっ……べつになにもしてませんよ!?」


「ウソつけえ! その手に持ってるものは僕の制服だろ!?」


「あんたがこれを制服というけれど、私はこれを制服と思わない。だからこれは制服じゃないわ」


「じゃ、じゃあ何だって言うんだよ。言ってみてよ」


「……布が合わさった学校で着用が指定されている衣類……?」


「つまり制服じゃん……もういたずらするの止めてよ。そんなに僕のことからかって楽しい?」


「別にからかってなんか無いわよ! て、ていうか、あんただって私の制服の匂い嗅いでたんだからこれでおあいこでしょ!?」


「何? 匂いを嗅いでた……? ……なんで?」


 僕が訝しんだ顔をすると、あ、と声を出して口を開ける。そのまま沸騰するような勢いで顔が真っ赤に染まっていった。


「ちちちちち、違う! 別にそんなんじゃなくて、ただ濡れてて……そう! 濡れてたから乾かそうと思ってどれだけ、布地が水分を帯びて乾かすまでに時間が掛かりそうか確認してただけ。その過程であんたの体臭が私の鼻孔に入ってきたとしてそれは不可抗力、どうしようもないことでしょ? それをいちいち揚げ足とるように攻め立ててくるなんて意地悪すぎない? いちバイカーとして抗議を表明するわ! ほら、あ、や、ま、っ、て!」


 つかつかと捲し立てながら寄り、最後は一言ごとに人差し指でリズムを取って、びしっと鼻先に突きつけてくる。


 完全に一歩も譲る気はない表情と、これ以上色々突っ込んでくるんじゃないっていう焦りが透けて見える。


 僕はその指を取って、降ろしため息を吐いた後、頭を下げた。


「……本当に申し訳ありません……でした」


「……わ、わかればいいのよ。わかれば……じゃこれ、乾かすから持ってくわよ」


「ど、どうぞ……」


 希羅はギクシャクした動きで僕の制服と彼女の制服を持ち、ガレージの奥へと消えていった。


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