生徒で満員の講堂。何百人もの女生徒達が騒がしく話している。
その中を、背筋をピンと伸ばした副会長が、さっそうと壇上を横切り、中央に置かれたマイクの前に立つ。
すると、水を打ったように、生徒たちは一斉に口を閉じた。
「これより生徒総会を始めますが、生徒会会長の飛針世羅さんは本日、病気療養のためお休みとなります」
それを聞いた途端、生徒たちはざわめき始める。しかし副会長の咳払いがスピーカーから聞こえてくると、再び静まり返った。
「そのため、副会長の私、宮島零華が司会進行兼生徒会会長代理として、総会を進めて生きたいと思います。異議のある方は挙手をお願いします」
生徒たちは困惑した表情でお互いに顔を見合わせるが、手を挙げる者はいなかった。
「……それでは生徒の過半数以上の賛成を得たと判断して、会長代理として進行を務めさせていただきます。それではまずはじめに、今回、施行予定の校則案についてですが……」
副会長がカンペを読みながら、三つの校則について話す。
生徒たちは何も言わず、彼女の口から出てくる呪文をただ黙って聞いてた。
副会長は全て読み上げると、視線を正面に戻して、マイクに近づく。
「以上で、今回の校則案についての説明を終わらせていただきます。この校則が施行されるに当たって、異議のある方は挙手をお願いします」
マイクから離れ、生徒たちを見回す副会長。生徒達は誰一人として手をあげようとする者はいなかった。
副会長は僅かに相好を崩すと、再びマイクに近づいた。
「それではこの三つの校則は、可け……」
「異議あり!」
バタンと講堂の扉が勢い良くひらかれ、凛とした声が響き渡る。
突然の来訪者にざわめく生徒たち。
皆、振り返り、その人物に目が釘付けになっていた。
副会長は逆光で見えないその姿を睨みつける。
階段状になった講堂を一段ずつ降りる度に、容姿がはっきりとしてきた。
光を受けて美しく輝く金色の髪。それを束ねて大きな三つ編みにし、女性特有の曲線を描いた背中に美しく垂れ下がっている。
その顔は彫りが深く、目鼻立ちがしっかりと整っており、ここに居る生徒たちよりもずば抜けて可愛い、いや、美しい、飛針世羅が真っ直ぐに副会長を見据え、覇気を伴って近づいて来ていた。
「な、なんで貴方がここに……?」
「なんで、ですって? それは病気が治ったからここにいるんですよ。何か問題でも?」
「そんな……スケアクロウズは一体何を……!?」
「あら、副会長。どうしてスケアクロウズの名前が出てくるのでしょうか? まったくおかしな人ですこと」
おほほと笑いながら、手を口に当てる。たおやかな動きで手を下ろすと、口元に煤が着いていた。
世羅は壇上に近づくと、階段も使わず手をかけてよじ登り始める。普段の会長なら絶対しない動きに、目を奪われる生徒たち。
よっこいしょの掛け声とともに壇上へ立つと、つかつかと副会長に歩み寄る。
そして、びしっと彼女の鼻先に指を突きつけた。
「待たせたわね零華……もう、これ以上好きにさせないわよ……覚悟しなさい」
「ま、まさか、希羅……!?」
ニヤリと微笑む希羅に、副会長は後退りした。
○
僕達は、壇上に上がった希羅を、入り口の影から覗き込む。
堂々と振る舞う彼女に副会長が気圧される様子がものすごく滑稽に見えた。
「あーあー、ものすげー邪悪な顔してるぜ。世羅はあんな顔しねーのに」
「……鬱憤が爆発してる。今にでもプロレス技かけそう」
「流石にしない……と思いたいけどね。予定通りやってくれよ、希羅……」
希羅は垂れ下がってくる前髪を耳に掛け、マイクに手をかけた。
「生徒の皆様。本日は生徒総会を執り行う予定ではございましたが、ここに重大な出来事を告発したいと思います」
そう言って手を挙げると、舞台上からスクリーンが降りてくる。
副会長は慌てながら下座の生徒会役員達を見た。
「ちょ、ちょっと! 何やってんの! 早くスクリーン止めなさい!」
「で、出来ません! こっちの操作を全く受け付けないんです!」
「な、なんですってぇ……!?」
愛留はその様子を見ながらパソコンを片手に、口だけニヤニヤさせていた。
「……さあ、奇跡のカーニバル、開幕だ……!」
「楽しんでないで真面目にやってよ……」
「真面目に楽しんでやってるよなぁ。なあ、愛留」
「……いえーあ」
肩を組んでケタケタ笑い合う二人。まるで小学生がいたずらをしている様だった。
僕が頭を抱えていると、希羅の毅然とした声が響いてきた。
「……それでは皆様、こちらを御覧ください」
彼女の合図と共に、スクリーンに映像が映る。
そこには副会長がスケアクロウズと密会している写真や、メールデータの記録が次々と映し出される。
さらに、スケアクロウズとの電話音声が大音量で講堂中に流れ出した。
どれもこれも、愛留がハッキングして見つけてきたデータだ。少しの改ざんも無い、純粋な悪事の記録。
生徒たちのざわめきが非難の声になり、壇上へ次々とゴミが投げつけられる。
副会長は魂が抜けた顔のまま膝から崩れ落ち、悪事が映し出されたスクリーンをぽかんと見上げていた。
「彼女は今回の校則を承認させるため、反社会的勢力と手を組み、世……この私を幽閉してクーデターを引き起こしました。そして僭越ではありますが、今、この場で、副会長の解任を請求したいと思います。異議、いや、賛成の方は、挙手をお願いします」
希羅がマイクを置いて、堂々と腕を組む。
するとゆっくりと生徒達から手が上がり始めた。
僕はそれを見ると、目を離して空を見上げる。
どうなるか、なんて、あの雲の行き先を考えることのほうが難しかった。
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