「砲撃支援魔法陣展開。支援用理力石魔力収束値、規定値に到達。いつでも行けます」
大規模魔法に使われる支援魔法陣が青白く明滅し、六芒星を描いた。
この魔法陣の展開は各自の魔力同調を一段と楽にする効果があり、今回のような部隊単位での長距離魔法戦には欠かせない。
「視覚拡張魔法展開……敵影視認。各自の視界へ転送します」
「位置観測魔法展開、空間座標を固定。遠距離攻撃魔法、展開よろし」
さらに魔法攻撃に不可欠な視覚を拡張する魔法を行使する。
攻撃魔法の展開には視覚で攻撃目標を「捉える」必要があるからだった。
さらに、その視覚情報に加えて敵の位置を測定する魔法を行使し、攻撃の精度を高めて「当たりやすく」させる必要がある。
いつもの「個人芸」とは違い統制遠距離魔法攻撃とは、このような準備時間が必要となるのが面倒であった。戦場では時間こそがもっとも重要な資源であるから、指揮官によっては気嫌いする者も少なくない。
ヒルデリアもどちらかと言えばそのグループに属する指揮官ではあるのだが、寡兵で未知の敵を叩くという困難な任務が個人的な好き嫌いを許さなかった。
「魔力同調開始。魔法種別、焔杖魔法、近接爆裂式」
「魔法種別、焔杖魔法、近接爆裂式」
復唱とともに各自が意識を同調させ、魔法呪文を人形に詠唱させる。
空中にいくつもの焔の杖が出現し、さながら太陽の紅蓮の焔のように輪を描く。
最初は鋭い鏃状だった焔杖は、魔力が注ぎ込まれるとともに丸太のように太くなり輝きを増す。
夕闇が迫る荒涼とした荒れ地を魔法の焔が照らし出す。
「焔杖魔法、射出開始!」
ヒルデリアが通信回線を通じて指令を下すとともに、焔杖は流星のように夕闇が迫りつつある空を灼きながら駆け上がっていく。
「次弾魔法発動用意。魔法種別焔杖魔法、近接爆裂式」
すぐに次の魔法の発動を準備しながらも、ヒルデリアは同時に視覚拡張魔法を用いて戦果確認を急いだ。
拡張された視界は急速に北米の大地の上空を鳥のように飛び、ついに「長距離砲型BUG」の群れを捉えた。
仮称長距離砲型BUGは、例えるなら地球の昆虫であるナナフシの姿に似ていた。
王国に昆虫はほぼ生息していない(地球各地から荷物に紛れて流入してはいるが)ことから、ヒルデリアは図鑑でしかその姿を知らないのだが。
身体の中央部は野戦砲の砲身を思わせる円柱形状をしており、その円柱の正面にはぽっかりと穴が開いている。おそらくは、この器官から高速で生体砲弾を撃ち出すのではないかというのが観測魔法士の推測だった。
高速で接近する焔杖に対し、「ナナフシ」の動きは鈍かった。
動きの鈍い大型BUGの中でも、とりわけ機動力に劣る種であることが見て取れる。
周囲を「護衛」するかのように囲んでいるタランチュラ型は、空中に向けて生体砲弾による「対空砲火」を放ちはじめる。
しかし、帝國軍の実体砲弾ならともかく、焔杖魔法に対してはほとんど効果はない。
瞬く間に距離を詰めた焔杖は上空から放たれた矢のように、「ナナフシ」へと次から次に突き刺さる。
次の瞬間、高温で爆ぜる竹のようにナナフシの身体は内側から避け、バラバラになった。
高い威力の生体炸薬を体内に抱えているが故に、弾薬庫が誘爆した水上艦艇のようになったのだろうとあたりをつける。
続いて周囲を固めるタランチュラ型へ自動追尾ミサイルよろしく、焔杖が突き刺さる。
「ナナフシ」と違い回避しようとする機動は素早いが、術者による遠隔操作が可能な焔杖の方が機動性においては勝っている。
攻撃目標は全体的に、タランチュラ型の方に多く割り振られていた。
当初の予想通り、「長距離砲型BUG」は機動性に劣ることから、周囲を固めるタランチュラ型の撃破に重きが置かれている。
次から次へと命中する焔杖魔法に、ヒルデリアは幾分か気をよくする。
だが、このままで済む訳がないような気もしていた。
何かを見落としているのではないか、そんな感覚が拭えない。
そう思いながらも、今は魔法火力支援を続ける他は無いと考えていた。
まだ、撃破しなければならない標的はいくらでもあるからだ。
――こういう戦いはつまらない。早く敵に肉薄して戦いたい」
声だけで分かる不機嫌さを「念話」で送ってきたのは、もちろんパルーカだった。
彼女は魔力温存のための待機が命じられている。
つまるところ、暇なのだった。
通信回線があるにも関わらず、あえて「念話」を使ってきたのは、さすがに他の魔法士に聞かれたくないからだろう。
軍人に似合わぬ自由人の彼女だが、一応そこは気を使っているらしいと見える。
ヒルデリアは苦笑いしながら返答を返す。
――他の連中には聞かれないようにしておけよ。なに、すぐにその機会はやってくる。今は休んでおけ。
――それは推測?それとも直感?
――両方だ。なにしろ奴らは数が多いからな。その時に魔力を消耗していては困る。素直に休め。
――ん、了解。じゃあ休む。ゲームでもしたいけれど、さすがにがまんする。
「まったく、仕方のないやつだ。まるで猫だな」
彼女と会話していると、実家で飼われていた猫――日本から友好のために送られてきた――を思い出す。
自由気ままに実家を跳ね回る姿に、どうにもあの気まぐれな掌翼長が重なるのだった。
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