装甲歩兵戦記

北米大陸脱出(ノースアメリカ・エクソダス)
高宮零司
高宮零司

第39話 弁護も無く慈悲も無く

公開日時: 2021年12月23日(木) 19:00
文字数:2,701

観測魔法士の懸命な魔法捜索により判明した仮称「長距離砲型BUGバリスタ」が展開している地点は、かつてミッスリー・バレーと呼ばれていた田舎町だった。

皮肉なことに、その位置が判明するきっかけはバリスタが放ったと思われる生体砲弾が、C空港に降り注いだ事だった。

流石にBUGといえども、砲弾は無尽蔵という訳ではないようだった。

バリスタの殲滅を命ぜられたヒルデリアは補給と最低限の休息を生体砲弾と攻撃魔法が飛び交う中で済ませた。

共同作戦を行うツルギとかいう帝國人の部隊はといえば、同じように補給と休息を済ませて時間通りに集合地に姿を現した。

ヒルデリアの目から見て、いかにも練度不足で無作法な部隊に見えた。

一応は彼らの「人形もどき」――彼らは装甲歩兵と呼称しているらしい――を駐機姿勢で整列させているが、駐機位置は不揃いで武装や塗装の統一感は乏しい。

その塗装も戦傷であちこちが剥げ落ち、戦塵に塗れてくすんだ色合いになっている。

指揮官機こそ特殊塗装が施されてはいるが、塗装は統一感がある蒼の戦翼隊と比較すると、いかにも無頼者の集団に見えてしまう。

――あの指揮官にして、この部隊あり、か。

ヒルデリアはそう内心思いながらも、姿を現した剣にたいして敬礼をして見せる。

「中隊、戦闘準備完了しました。なお、帝國陸軍の第二旅団司令部と連絡がつきました。我が大隊司令部は生体砲弾により壊滅。大隊長は負傷により後送、今は別の最上級者が指揮を執っております」

「それで、王国軍との共同作戦に支障は無いということなのだな?」

「は、我が軍としてもそのような『長距離砲型BUG』の殲滅は急務であり、可能な限りの支援は惜しまないとのことでした。もっとも直接動かせる部隊はない、と」

「分かった。仕方ないだろうな」

「ではヒルデリア掌翼長殿。ご命令を頂きたく」

「諒解した、ツルギ大尉。分かってはいるだろうが、我が国の人形師団と貴国の装甲歩兵部隊では兵器体系も違えば、部隊運用も大きく異なる。細かい連携は難しいものと思う。

おおまかな命令は出すが、あとは貴君の裁量でやってくれ」

「了解しました。ヒルデリア掌翼長殿。こちら側としても非常に助かります」

内心ではどう考えているかは分からないが、剣大尉は慇懃に敬礼をしてみせた。

「作戦の内容はごくシンプルだ。まず我々はこのディソート湖という湖に囲まれた地点へ移動し、そこから遠距離魔法攻撃によって陽動を行う。帝國軍は29号線沿いに北上、長距離砲型BUGを殲滅する」

「魔法攻撃というのは、それほど遠距離から攻撃可能なのですか」

「可能だ。視界拡張魔法と攻撃魔法の組み合わせなので、少々燃費は悪くなるがな」

ヒルデリアはそんなことも知らないのか、と言いたげな顔で剣を睨み付ける。

さほど意に介した様子もなく、剣は涼しい顔で続ける。

「その地点への移動は渡河が必要になりますが、その機材の手当てはあるということですかな」

「問題ない。幸い、師団の装備から融通してもらった」

「なるほど、要らぬ心配でした。寡兵にもかかわらず、部隊を分けたのは連携の困難さを考慮してのことですかな」

「そういうことだ。兵力を二分するのはあまり得策ではないが、事前の訓練も無しに連携など簡単にはいくまいよ。一応、私も知識として帝國軍のは把握してはいるが、座学の知識など戦場では役に立たぬ」

剣は内心でこの「お姫様」の評価を改めるべきかもしれない、と思っていた。

自らに足らないものを把握し最善を尽くすように努力する様は、陸大出のエリートどもよりよほど好ましいと思い始めている。

それ以上に、危ういものを感じるところは変わっていないけれども。

「了解しました。こちらとしても、連携に神経を割かれるよりはやりやすい」

「作戦の詳細は文書にまとめてある。目を通し、部隊で共有するように」

書類綴りを渡された剣は、それをうやうやしく受け取った。

最近の帝國軍人は情報端末でのやりとりを好むが、王国軍では紙文書が未だに主流なのだった。

「それでは、部隊でのブリーフィングに少しだけお時間を頂きたい」

「無論だ。だが、できる限り速やかに行うように。それでは解散」

ヒルデリアがルフト・バーン式の敬礼の姿勢を取ると、髪留めでまとめられた銀髪がふわりと風に煽られてたなびいた。

その光景がやけにまぶしく、剣の脳裏に焼き付いた。

「総員傾注。臨時部隊指揮官殿お姫様からの命令が下った。我々は王国軍による攻撃魔法支援の下、長距離砲型BUGを叩く。なお、有り難いことに我が帝國軍ではこちらに動かせる兵力は無い」

「いつものことですな、まだ王国軍の支援があるだけマシな方ではあるが」

坂本少尉は、くたびれた軍帽をくるくると回しながら、そんなことをぼやいた。

野戦用の折り畳み椅子に腰掛け、地図の広げられた合金製の折り畳み机に頬杖をついている。

「鳴神少尉の小隊は損害多数につき、坂本少尉の第二小隊に合流。以降、先任の鳴神が指揮を執れ」

「諒解です。鳴神少尉、よろしくお願いしますよ、と」

「気を使う必要は無い。基本的には坂本のやりたいようにすればいい」

これまでの戦闘で最大の損害を出したのは、鳴神少尉の小隊だった。

小隊四機中、大破2、中破1、小破1という有り様だった。

パイロットが五体満足で帰還出来たのはただ一人だけというから、過酷さが分かろうというものだ。結果から言えば、今回も「新兵殺し」の不名誉を返上とはいかなかった。

その反面、鳴神自身は圧倒的な技量の差を見せつけるかのように、ほぼ無傷で帰還している。

結局のところ、鳴神少尉自身の生存能力の高さと、彼女の投入される戦場の過酷さが乱したのが「新兵殺し」という虚像を生み出しているのだ、と剣は内心で思った。

―― 責められるとしたら、それは彼女をその戦場へ投入してきた上級指揮官が責めを負うべきなのだ。つまりは俺のような無能をだ。

無論、指揮官たるもの軍事法廷でもなければ自己弁護などすべきではないのだけれど。

「我々の役割は遊撃ですか。問題ありませんがね。好きにやらせてもらいますよ」

「そういうことだ。戦車隊は少しばかり損害が大きかったのでね。基本的には、支援砲撃を中心に動いてもらう」

「了解しました」

森里少尉はカマキリ顔に渋い表情を浮かべてでうなずいた。

先の戦闘で、部下を多く失ったことがそれなりに響いているかもしれない、と剣は思ったが、意図的に無視する。

「満足な休息が無いのは申し訳ないが、すぐにでも長距離砲型を叩く必要がある。各員、戦闘準備!」

剣の声に、中隊の指揮官たちは敬礼を返しすぐにそれぞれの部署へ散っていく。

作戦は続く。

部下の死を悼む自由は、彼らにはまだ無いのだった。

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