対BUG戦闘における反応兵器の効果は、一般人が思うほどに絶大なものではない。
たしかに、反応兵器がもたらす爆風および輻射熱による破壊は――それが大陸間弾道弾であれ、反応砲弾であれ――BUGを撃破するには十分なものだ。
実際、移動蟲塞を護衛するBUG群の多くは戦術反応兵器によって焼き払われていた。
本来は強固な防御力を誇っている大型BUGですらその例外ではない。
そのまま活動していればおおいに脅威となったであろう地表のBUG群は、軒並み灼き尽くされていた。
とはいえ、すべてのBUGが機能を停止した訳ではない。
爆風や輻射熱は遮蔽物があればその効果を大きく減じてしまう。
破壊を免れたBUGはそこかしこに存在していた。
一方で多くの生物種にとって致命的なものである放射線による細胞破壊は、BUGに対してさほどのダメージを与えてはいなかった。。
DNA切断を引き起こすような高線量を被曝したとしても、BUGは高い耐性を示すことが多かったからだ。
何故BUGが高い放射線耐性を持っているのかについてはまだ分かっていないことが多い。今のところ有力なものとしては、クマムシが持っている特殊なタンパク質に類似した成分を持っているからではないかという説が有力ではある。
しかし、そんな学術的な解説を蟲塞攻略戦に挑む兵士たちは必要としていなかった。
重要なのは「禁じ手」である戦術反応兵器といえど、万能ではないという冷徹な現実であった。
機体外部に設置されている空間線量計が示す放射線量が「武隆改」の搭乗席の液晶に赤い点滅で表示され、耳障りな警告音が発せられている。
その線量の数値は、機体外部では防護服を着けずに長時間活動することが難しいことを示していた。装甲歩兵は戦車と同じく気密性が保たれているが、装甲歩兵搭乗員は、ある程度の防護能力を持つ甲種搭乗服を装着している。機体の気密性が破れたとしてもすぐに問題が発生することはないはずだ。
もちろん、それで気分が良くなる訳でもないのだが。
「反応兵器というのは面倒なものだな。BUGの数が漸減されるのは有り難いが」
剣の珍しいぼやきを来栖は意図的に無視する。
元より、反応を期待してのものでないことは明白だったからだ。
通信が入っている事を示す液晶表示を見た剣は、無線機のスイッチを入れる。
「カタナ1より、ヘッドレス1へ。まもなく放射線量が落ち着き、突入口の確保が可能となる模様。なお、ネスト自体に移動する様子は無く、原位置に停止している。また、ネストの各砲塔は反応兵器の影響か沈黙しており、生体砲弾の射撃は認められない」
剣と同じく戦時昇進により第一中隊を任されている鳴神中尉が、いつも通りの抑揚の感じられない声で報告する。
第一中隊には先見偵察を命じていたが、いまのところ交戦もなく損害も発生していないようだった。おそらく、反応兵器を使用していなければ今頃生体砲弾の雨が降り注いでいただろうから、現状は反応兵器様々というほか無いのだろう、と剣は思った。
「了解した。そのまま突入口の啓開作業を続けよ。通信終わり」
「カタナ1、了解」
鳴神の淡々とした声に頷いた剣は、続けて他の部隊へのチャンネルをつなげる。
「聞いていた通りだ。現在行っているネスト内部への突入口が確保され次第、突入を開始する。なお、これよりネスト内部では通信状況が極端に悪化することが予想される。各隊は蟲塞戦マニュアルに従って行動せよ」
剣は複座型の後部座席で、自ら指揮する大隊に命じる。
蟲塞戦の困難さは、限られた空間内で戦闘を進めなければいけない点にあった。
蟲塞の基本構造は地下型のアリの巣、もしくは蟻塚に似た構造である。
アリの巣型――地下型になるか、それとも蟻塚型になるかは設置されるエリアによって異なるとされる。
地下型、あるいは地上型のどちらも、基本的には比較的狭い空間である「回廊」と、BUG「生産工場」などが存在する「部屋」とで構成される。
なお、「部屋」の中でも最深部に鎮座するのが、BUGの最上位存在とされるが「女王」が存在する「吹き抜け」である。
「吹き抜け」は地下型の場合その多くは地下千メートル近くに設置されることが多く、蟲塞攻略戦の最終目標はこの「吹き抜け」に鎮座する超巨大BUG「女王」の破壊にある。
「女王」の破壊によってネスト内のBUGは指揮命令系統を寸断され、容易に各個撃破することが可能になるからだ。
ちなみにこれだけ大規模な構造体であるネストの構築には通常最低でも一年、長くて十年単位の時間がかかる。
今回のように、戦場に突然大型ネストが出現するというのは、少なくともこれまでの人類とBUGの戦闘の歴史の中で存在しなかった事態であった。
であるからこそ、人類側も反応兵器という鬼札を切らざるを得なくなっているのだが。
「国際連盟軍対ネスト戦闘マニュアル曰く。ネスト攻略においては「回廊」における戦闘を最重要視せよ。また、潤沢な補給を期待すべきでは無く、適切な弾薬管理行うよう留意すべし、だ」
剣が無線で各隊に訓令する内容に、来栖軍曹は微苦笑を浮かべる。
作戦開始前に散々確認したことだからだ。
「基本の確認は必要ですがね、大隊長殿。今この場で必要ですかね」
「必要さ。なにしろ、この大隊――いや実質的に大隊ほどの戦闘力をもっているか怪しいものだが――には新兵同然の連中もいるからな。おそらくは損害もろくでもないことになるはずだ。それに、指揮官には浸透していても兵どもは怪しいからな」
マイクのスイッチを切りつつ、剣は来栖に向けて答える。
彼にしては珍しく意外なほどに真面目な顔をしている。
「次に一刻も早い『部屋』の確保に注力すべきである。何故なら回廊は最大でも20メートル、多くの場合10メートル前後の幅しかないからだ。補給、並びに応急修理、治療拠点となる『部屋』の確保は死活問題である。戦闘で損耗した場合、迅速に『部屋』へ後退させ、損耗度の低い部隊と交代させるべきである。逆に言えば『部屋』の確保までが一番危険な時間だ。第一中隊は多少の損害を顧みず、部屋の確保を優先せよ。以上だ」
剣の訓示がどれほどの効果をもたらしたのか、それは分からなかった。ただ一つ確かなことは、それから数分もたたずに突入口が確保されたということだ。
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