装甲歩兵戦記

北米大陸脱出(ノースアメリカ・エクソダス)
高宮零司
高宮零司

第35話 ガーナー墓地の戦い

公開日時: 2021年12月7日(火) 12:00
文字数:3,495

 鳴神少尉は105粍《ミリ》突撃砲の砲弾を打ち尽くすと、地面に突撃砲を置いた。

 そのかわりに腰の固定位置に装着されていた四八式|単分子軍刀《サーベル》を引き抜く。

彼女の乗機である武隆改二一型は、規定の青灰色ではなく目立ち安い|勝色《かちいろ》に塗装されている。

 少しでも移動速度を上げるべく肩や脚部の装甲が軽量化改修が施されている方が問題視されるかもしれない。

 だが、この北米戦時にいちいち現地改修の細部まで点検が入ることはない。そんなことまで構っていられないという事でもあるし、戦闘に支障が無い程度の個別改修は黙認すべしとする暗黙の了解もあった。  

 六十二式|自律貨車《カーゴボット》がゆっくりとした速度で近づき、彼女が置いた突撃砲を|腕《マニピュレーター》で拾い上げて自分の格納庫に格納する。

 突撃砲の弾倉交換をするには敵が近すぎる故の判断だった。

 彼女の期待の正面に迫ってきているのは、タランチュラ型であった。

 警戒色のような紫色の体表が特徴的なこの中型BUGは、BUGの中でももっとも数が多いとされる。

 背中に搭載している角は生体砲弾となっているが、この砲弾の射程は数百メートルであり初速も遅いことからさほどの脅威はない。

 むしろ、脅威となるのは八本の足が生み出す機動力と、前脚や鋭い牙を用いた格闘戦能力であろう。

 大型BUGと違い装甲歩兵単機でも対処は可能だが、脅威であることには変わりない。

「突入する。援護せよ」

 短くそう言うと、彼女は機体の走行スピードを上げて、タランチュラ型の側面へ回り込む。


 彼女の部下たちはその間に自律貨車から新しい弾倉を受け取り交換、すぐに援護射撃を開始する。


 突撃砲の弾幕によってタランチュラ型の何体かが脚部を吹き飛ばされて擱座する。

 タランチュラ型の有名な弱点は十本ある脚部である。比較的装甲が薄く、損害を受ければ移動速度が落ちるか移動不能になるので効果的だ。


 ただ、タランチュラ型は移動速度が50~60キロと比較的速く、狙って着弾させるのは難しいのだが。

 側面へ回り込んだ鳴神機は、抜き放った単分子軍刀を前面に比べれば装甲が薄い頭部側面に突き刺す。

 

 頭部はタランチュラ型のもう一つの急所である。

 体液が噴出する傷口から単分子軍刀が引き抜かれた時にはすでに、タランチュラ型は活動を停止している。

 

 それを確認することもなく、鳴神機はすぐに次の個体へと向かう。

 そんな彼女の機体を追いかけて生体砲弾が着弾、爆発する。

 

 爆発に巻き込まれた墓石がはじけ飛び、破片が鳴神機の装甲を叩く。

 しかし、彼女の機体はすでに着弾位置から遠く離れた、別の個体の眼前へと移動していた。

 

 装甲すら切り裂く硬度の爪のついた前脚を突き出してきたその個体に対して、鳴神は単分子軍刀を迷い無く薙ぎ払う。

 

 人工物としては並外れた高度と切れ味を誇る単分子軍刀は、数本の前脚を巻き藁のように切り落とす。

急速にバランスを崩し、移動不可能になった個体を無視して次の機体に向かう。

そのとき、鳴神の耳に断末魔の声が通信機越しに響く。


「くそっ、この青木から離れろっ!このクソ虫がぁ!」


 彼女はいったんタランチュラ型から距離を取り、状況を確認する。

 部下である青木一等兵の機体がタランチュラ型の脚爪に突き刺され、強力な前顎に生えている牙を突き立てられている。あの様子では強酸性の体液を流し込まれている可能性が高い。コクピットの青木の生存は絶望的だろうと思われた。

 その後ろから、藤本兵長機が突撃砲の砲弾をたたき込んでいるが、タランチュラ型の前面装甲は厚い。

 さしたる損傷も与えることが出来ないように見えた。


「藤本、それくらいにしておけ。貴様も死ぬぞ」


「ですが!」


「くどい、それ以上は抗命と見なす」


「諒解!…くそ、死に神め!」


「後半は聞かなかったことにしてやる。距離を取り、わたしの援護を続けろ。このままでは高木一等兵も殺すことになるぞ」


 鳴神少尉の表情に変化は生まれ無かった。

 残りのタランチュラ型の数を確認し、すぐに機体を動かす。

 彼女の機体が跳ねるように動くたびに、BUGが解体されていく。


 

 坂本少尉は簡易陣地内から、五二式装甲歩兵狙撃銃を突き出し、戦術用人工知能が処理した拡大映像で戦場を俯瞰した。 


 この応急の簡易陣地を作ったのは、装甲歩兵用武装や資材を運搬する六十二式|自律貨車《カーゴボット》が搭載していたル式三号応急陣地構築材だった。見た目は単なる土嚢にしか見えないが、土嚢袋に書かれた魔法陣と袋内に封入されている劣化理力石を|発動呪文《キーワード》によって発動させると、|土壁《エアル》|作成《ウーリエ》魔法が発動する。


 ある程度の数を敷く必要こそあるが、ごく短時間で応急陣地らしきものを構築出来る優れものだった。


 特に魔力の無い日本人でも使用可能、というところが素晴らしかった。


 王国と帝國の協力で近年実用化された、地味ながら強力な兵器の一つだった。


 なにより、構築に要する時間がほぼ瞬時であるという点が坂本少尉の気に入ったところだ。


 もっとも、廃物利用兵器であるために生産性が低く、保有数が限られているのが玉に瑕であった。


 鳴神少尉率いる第一小隊が前方で突撃を行い、第三小隊がそれに続く。

 坂本の第二小隊はこの応急陣地から、支援攻撃を行うのが役割分担だった。


 装甲歩兵の利点は武装の換装によって、攻勢にも防御にも使える汎用性にある――帝國陸軍戦術教範にある言葉通りの運用であった。


 このガーナー墓地は多少樹木があって起伏もない訳ではないが、基本的にはなだらかな地形である。


 本来なら一刻も早くこの墓地を突破したいところではあるが、相手に大型BUGが多いことが剣中隊に防御戦闘を余儀なくさせていた。


 任務の達成を最優先とすれば多少の犠牲が出ても、強引に突破すべきではないか。

 坂本はそうも思ったが、部隊規模にしてほぼ互角――大型BUGの戦闘力を考えれば向こうの方が上――という現実も理解は出来る。


 指揮官である剣大尉が強引な突破を選択せず受け身とも取れる作戦を取ったのは、彼の日頃の悪評を考えれば意外ではあった。


「我が中隊の任務はたしかに救出任務ではあるが、C空港方面のBUGをこちらに拘束出来れば王国軍が退避出来る可能性は高まる。必要以上の犠牲は必要ない」


 剣の指示は合理的ではあるが、積極性に欠けるとも評価出来る。

 だが、一度指揮官から命令が出た以上、少尉でしかない彼は従うほかない。


 意識の外に些末な情報を追いだし、戦術用人工知能が選び出した標的へ、|電子補正照準《レティクル》を合わせる。

 最初に照準したのは、戦術用人工知能の評価で脅威度甲と評価されている、小隊規模の|ハリネズミ《ヘッジホッグ》型だ。


 地球の動物、ハリネズミに似ている事からその名前を使われているハリネズミ型BUGの特徴はその背中に針のように林立させている生体砲弾だった。

 人類側の陣地に|吶喊《とっかん》し、背中の生体砲弾内蔵の「針」を周囲に射出する能力を持っている。

 精密な狙撃能力などというものはなく、時に同じBUGすら巻き込んでしまうこともある。


 しかしながら火力が高く、陣地の区画が全滅することすら珍しくない。

 優先的に撃破する必要があるとされているBUGの一つだった。

 部下の狙撃銃もそれぞれのハリネズミ型へ照準を合わせていることが、網膜投影されている外部映像に透過表示される。


「小隊、射撃開始。砲撃を許すな」


 坂本の指示を待っていたかのように、部下の武隆改が狙撃を開始する。

 敵への距離はまだ三千メートルはあるが、ハリネズミ型の最高時速は50キロ程度とされている。

 戦術用人工知能によるサポートと照準器の電子補正があるとはいえ、移動目標であるBUGに攻撃が当たるかどうかは結局、操縦者の腕次第だ。

 五十二式狙撃銃の照準を合わせた坂本は、仮想再現された|引き金《トリガー》を引き絞る。


 貫通力に優れた四十五式八十八粍徹甲弾は、ハリネズミ型の弱点として知られている額へと吸い込まれる。


 その額には人類側で言う三次元|電波探信儀《レーダー》のような器官が内蔵されているため装甲が薄いのだ、というのは人工知能が示したデータだった。


 とはいえ、この距離では空中の蚊を狙うように小さな目標だったが。


 目に当たる器官を潰されたハリネズミ型BUGは、その場で横倒しに倒れながら苦痛のあまり生体砲弾内蔵の針を周囲に射出する。地表や他のBUGに生体砲弾が降り注ぎ、派手に爆破する。


 脅威度が高い目標を無事排除した坂本は、次の目標を人工知能に催促する。


 数に劣る以上、少しでも敵の数を減らすしかない。


 まだ、敵との数的不利が劇的に改善した訳ではないのだ。


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