国際連盟軍における戦術反応兵器の運用は、すでに第一次対蟲大戦の頃から研究が為されていた。しかし、実戦での使用は可能な限り抑制的にすべきであるとされ、三次大戦でも使用が真剣に検討されたが、使用の機会は訪れなかった。
結局のところ、BUGを撃退できたところで放射能汚染された土地が残されては元も子もないというのがその理由であった。
そのうえBUGに侵略されたいわゆる「前線国家」にとってみれば、比較的安全な「後方国家」が反応兵器の使用を主導するなど冗談では無いというのが本音のところであった。
そのような国家間の感情的対立を引き起こしかねない反応兵器は、いわば切り札として温存されてきた。今回の北米戦においても、ハワイに居を移した合衆国政府は強硬に反応兵器の使用を思いとどまるように各国へ働きかけていた。
それでも帝國をはじめとした国家は、国家防衛――無論、表向きは対BUG用とされる――に用いる戦略反応兵器と、実戦使用を想定した戦術反応兵器の両方の開発に邁進してきた。とくに帝國は対BUG戦闘における限定使用を目的に小型反応兵器の開発に膨大な国費を投入してきた。
それでも、使用は国際連盟の議決が前提であるとされてきた(少なくとも表向きには)。
移動蟲塞の存在はそのような政治情勢を一変させた。
帝國をはじめとした有力な国際連盟加盟国は、緊急人類保全委員会を開催。
メルボルンに集まった首脳たちは、異例なスピードで反応兵器使用許可を決議し、国際連盟軍に発令した。
しかし、同時に戦後を睨んで使用はあくまで戦術反応兵器に限るという但し書きが付加されていたが。
とはいえ、何をするにも書類による事務作業と、物理的な補給や兵站がなければ動かないのが軍隊という官僚組織である。
決議が為されてもそれだけではどんなに早くても数週間、下手をすれば1カ月以上の時間を空費しかねない。その程度のことは国際連盟軍が戦闘加入する以前に想定されていた。
いくつかの国はコードNに備えて秘密裏に戦術反応兵器を北米に持ち込んでいた。
もちろん、帝國軍もその中に含まれている。
戦術反応兵器を運用する兵器群の中でも、ひときわ異彩を放っていたのが十五式改二六〇粍加農砲である。軍が制式化採用したのは皇紀2615年というから、その設計自体はかなり古い。一応は後年に砲身などの部分が新規に設計されてはいるものの、基本的な設計はそのままだ。
外見は戦艦の主砲を地上に降ろして転用した陸上砲台、といった趣きであった。
重さは百トン近い重量であり自走機構を持たず、移動には専用の牽引車両を用いるほかない。そのうえ、長大な砲身は旋回するだけでも数分から数十分といった長い時間を要する。
運用するのは十八型反応砲弾であり、運用に多少の難があろうが反応兵器の運用法が限られていた当時としては致し方ないところであった。
とはいえ、皇紀二六六五年の現在において、航空機や誘導弾の発展によりこの兵器はすでに骨董品の類いになっていた。いくら予算獲得において常に大蔵省の顔色を伺わねばならない帝國陸軍とはいえ、何度かこの巨砲の用途廃止が提案されたことはある。
しかし、結局部隊が維持され続けたのは、一度予算を獲得したものであれば耐用期限まで使わねばならないという「貧乏性」なのかもしれない。この年代までこの巨砲が維持されてきたのは、そうでなければ説明がつかないところがあった。
帝國陸軍がこの超重砲を北米に持ち込んだ理由は第一に一般人にとってわかりやすい兵器であるという広報上の理由が大きいが、それ以上に上記のような「貧乏性」の産物とも言える。
後年北米戦の研究を行った歴史家たちは、設計が五十年以上前の兵器を運用したことについては、ため息のような記述を多く残している。
多分に滑稽な政治的風景ではあった。
「まさか、この骨董品を使うことになるとはな」
陸軍第二十六砲兵連隊所属の成宮大尉は、命令書を矯めつ眇めつしながら複雑な表情をした。北米に上陸してから、成宮はこの骨董品兵器のお守りをして過ごしてきたが、実戦の機会が来るとは思っていなかった。
この兵器の出番が来る時は、よほど人類側が追い詰められた時か、あるいは人類側が積極攻勢に出る時だ。なにしろ、放射線をまき散らすはた迷惑な兵器なのだから、その損害を織り込んでなお帳尻が合う時――つまるところは、ろくでもない状況だ。
「まあ、まだ攻勢であるだけまだマシなのだろうな」
自分自身に言い聞かせるような口調で、成宮は老け顔とよく言われる年齢以上に老成した顔に皮肉な笑みを浮かべる。
すでに彼らがこの射撃地点に展開してから十分が経過していたが、まだ射撃が可能な状態に入ることはできない。
砲撃態勢に入るためには大口径砲射撃の反動に耐えうるアンカーボルトを地面に固定しなければならなかったし、他にもあれやこれや面倒な手順が存在した。
そもそもが急展開に使うような兵器ではなく、即応能力は皆無に等しいからだ。
製造当初からその辺はさほど変わっていない。
「連隊各員に告げる。NBC防護を再度確認せよ。これよりNBC戦態勢に入る。繰り返す……」
成宮大尉は指示を終えると、自ら装着する防毒面をチェックする。
彼が搭乗している専用運搬車両兼電波探信儀車の操縦席は気密性が確保されてはいるが、NBC戦規程は防護服の着用を厳密に守るように規程されている。
「各員、NBC防護態勢を確認しました。問題ありません」
通信端末に表示された情報を報告する連隊幕僚に、成宮は頷きをかえす。
「各砲、砲弾装填。弾種、反応弾頭誘導弾。目標、戦術呼称『ゴリアテ』、および護衛BUG群」
「第一野戦砲大隊、射撃準備よろし」
部下たちから次々と射撃準備の完了を知らせる報告が入る。
「発射用意、撃て!」
成宮の指示とともに、史上初めて(そしておそらくは最後の)反応砲弾が空中へと放り投げられる。
膨大な運動エネルギーの代償に大地に深くボルトを潜らせるほどの反動が砲座を襲い、駐退機が深く後ろへ後退する。
「次弾装填急げ。続けて各自、射撃を継続せよ」
成宮は分厚い耐圧ガラスの向こう側に見える射撃を見届けながら、指示を下す。
――さて、BUGはこの反応砲弾で焼き尽くされてくれるだろうか。いやまあ、過去の事例から見ておそらくは全滅なんてことはないだろう。
そもそも、こちら側も投げられる反応砲弾は限られている。戦後や地球環境のことを思えば、あまり無理は出来ないものな。
まあいいか、泥臭い地上戦闘なんて専門家に任せておけばいいのだ。
ある意味においてセクショナリズムそのものの態度で精神を防衛しつつ、成宮は冷めた目で外部カメラの映像を見ている。
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