つい先程まで僅かな点にしか見えていなかったそれは、いつのまにか視界からはみだす程になっていた。
男性的勇壮さと呼ぶ他ない艦影を見せつけているのは、帝国海軍最期の戦艦と呼ばれる「天照」と、同型艦の「月読」だった。
本来の名称で言えば紀伊級戦艦と呼称されるはずだったその戦艦は、第一次蟲戦末期から建造が始められた艦だった。
建造計画自体は戦前から存在してはいた。
しかし、巨額過ぎる予算と航空機の急速な発展により、建造中止されるはずというのが大方の見方であった。
それを変えたのは第一次樺太会戦と呼ばれる一次蟲戦末期の戦闘であった。樺太に流氷に乗って殺到する蟲の群れを軒並み撃破して見せたのは大和級戦艦をはじめとする帝國海軍の戦艦部隊だったからだ。
その戦果に幻惑された帝國臣民は、計画中止目前の紀伊級戦艦に熱い期待を寄せた。 第一次蟲戦後の高度経済成長によって発言力を強めつつあった中産階級の人々は、人類の脅威を打ち払う新型戦艦の建造を熱望した。
かくして、対蟲戦闘を前提とした戦艦は進水の日を迎える事となった。
海軍の航空屋たちは、51サンチ主砲三連装九門、総排水量七万トンという妄想じみた巨艦に予算を使うなど世も末だと嘆いた。
その巨艦には初めての国民公募による艦名募集がなされた。戦争直後の蟲への恐怖の裏返しとも言える熱狂が『天照』という日本神話主神の名前である神がかり的な艦名を生んだ。旧国名という面白みのない命名基準による名前を、国民は拒否したのだった。 余談ではあるが、この熱狂は他国に伝播し、女神級の通称で呼ばれる戦艦群が海上に登場する事になった。彼女たちはかつてのビッグセブンと呼ばれた超弩級戦艦に倣い、七女神と呼ばれることになる。
ともあれ、そんな政治的喜劇の末とはいえ、血税で進水してしまったとなれば使い倒すのが帝國海軍であった。今や艦齢は五十年以上経過しているが、未だに現役の海軍艦艇として対蟲戦へと駆り出されている。
主砲は改良型砲身へと換装され、誘導弾垂直発射装置や近接防空機関砲が新たな装備として加わっている。二度の近代化改装によって装備が更新されているのだった。
帝国陸軍中尉の八木頼彦は、二隻の戦艦の勇姿にちょっとした感動を覚えていた。
子供の頃に見た古い『海軍かるた』でも、「国の守りは『天照』、仇なす蟲を打ち払う『月読』」と謳われていたのを思い出していた。
回転翼機の小さな窓から見えていた天照級戦艦二隻の姿は、それでもあっという間に小さくなっていく。
続いて見えてきたのは、新型巡洋艦「高千穂」級が数隻停泊していた。同型艦が量産されているから、八木には艦名までは分からない。
その奥には熱核動力航空母艦の「赤城」級二隻まで見える。「赤城」級は一番艦の「赤城」と「加賀」だろう。無論、彼女たちは昭和の御代に通常動力空母として建造された二隻の名前を受け継いでいるのだった。
最新式の電磁射出装置を装備した新型航空母艦は、艦隊の矛として運用されるに相応しい攻撃力を持っている。
まさに、世界最大の軍港の名に恥じぬ艦艇の群れだった。
目立つ戦艦や空母以上に、高速輸送艦の数は数え切れないほどだった。
―今回の作戦、大きな物だとは聞いていたが。
「中尉、そろそろ降ります。少し揺れるかもしれませんぜ?」
機長の声がヘッドホン越しに聞えてくる。
八木が乗っているのは海軍が昨年度採用したばかりの回転翼機、「海鳥」だった。
可変翼を備え、ぱっと見は固定翼機に見えるのが特徴だ。
「了解した」
生真面目な顔で八木が答えるが、機長はそれきり黙りこむ。
そのやりとりはあくまで、儀礼的な意味合いに過ぎないのだろう。
回転翼機は機長の言葉とは裏腹に、実に僅かな衝撃だけでそのフネの飛行甲板に降り立った。
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