装甲歩兵戦記

北米大陸脱出(ノースアメリカ・エクソダス)
高宮零司
高宮零司

第36話 破局の足音

公開日時: 2021年12月9日(木) 12:00
文字数:2,569

「第一小隊、二号機通信途絶!」


 来栖軍曹の報告に、剣は後部座席に収まったままうなずいた。


「鳴神はよくやっているが、敵が多すぎるな」


 手元のスイッチを操作して通信回線をつなぐと、液晶画面に表示されている戦況図を見ながら指示を下す。


「第一小隊はいったん後退。第三小隊は側面から援護せよ」 


「よろしいのですか」


来栖軍曹は振り返るとシート越しに言外に非難めいたものをにおわせて言う。


「鳴神はよく目立ってくれるが、かわりに消耗が激しい。こまめに疲労を管理してやらねば、潰れる。敵の侵攻速度を考えると、危険はあるがな」


 剣は相変わらずの仏頂面だが、言葉そのものは丁寧だった。

 来栖にしか分からない僅かな眉の動きに、苛立ちが見て取れる。


「敵の数は相変わらず無尽蔵めいているな」


 戦況図のあちこちに視線をやりながら、剣は脳裏でいく通りもの戦術機動を思い描く。

 そのどれもが、現実的ではないとして切り捨てられる。


 BUGの進撃は衰えを知らず、こちらは徐々に損害が増えつつある。

 そこまで考えたところで、剣は思考の幅を狭めて今やれることに思考を限定する。


 そもそも、現状は守勢以外に取れる方策はなく、結局は手持ちの駒をやりくりする組み合わせが少し変わる程度に過ぎない。

 再び通信回線を設定する。

「|ハヤテ1《森里少尉》、D2地点の丘まで進出。第三小隊の側面を援護してくれ。むやみに近づかず、あくまでも間接支援を徹底せよ」


「了解、D2地点に移動を開始します」


 森里少尉率いる六○式装輪戦車は、これまで第二小隊が展開した応急陣地の背後で間接支援に徹していた。その彼らを支援に回さざるを得ない辺り、余裕が少しずつ失われている。


 D2地点には申し訳程度の樹木が生えた林と、それほど大きくない高低差の丘がある。戦車が陣取るにはいささか防御に不安のある地形だった。

 そもそも戦車は、機動力による突破力を活用するものであり、防御戦闘は不向きである。装輪戦車ともなればなおさらであった。

 それでも、使える戦力は惜しみなく投じなければ、この薄氷の防衛線は突破されかねない。


 六○式が移動を始めたのをディーゼル・エンジンの爆音で確認しながら、剣は次の用兵に思いを巡らせていた。

 あのいささか怪しいところのあった陣地構築魔法兵器が存外に役に立ったのは幸いだった。


 とりあえず、中型BUGはこのまま問題無く殲滅出来るだろう。

 面倒な大型が後ろから迫りつつある

 とはいえ、鈍重な大型BUGに対してどう対処するか、剣は明確な対処方針を持っていた。


 いかに強固な装甲を誇るアルマジロ型とはいえ、その移動速度は遅い。

 鈍足な輸送車両相手ですら追いつけないほどであり、中型BUGを殲滅してしまえば脅威ではない。


 陣地防衛戦では大型BUGは面倒な存在だが、今回の任務はあくまで友軍の救出であって、敵の殲滅ではない。

 ある程度の数を削る必要はあるが、最終的には後方に捨て置いて先へ進む方が合理的だ。

 だが、そのタイミングまで出来るだけ損害を抑えながら、しばらくは耐える必要がある。 


――もしかして、もしかしたならば……友軍の救出という美名を真実のものにすることが出来るかも……


 そこまで考えたところで、外部音声を拾うマイク越しに何かが大気を切り裂く音が思考を遮った。

 腹にこたえるような空気を切り裂く飛翔音に、嫌な予感を感じた剣は顔を上げる。

 それまで笑みすら浮かんでいた表情に、まったく余裕が失われていた。


 これまで表示していた戦況図をタッチして、外部カメラ映像へと切り替える。

 頭部搭載カメラの画角を切り替え、上空へと視点を移す。

 一瞬だが、明らかに高速で飛翔する物体が確認できたように思えた。

 すぐに指揮車両の八木中尉を通信で呼び出す。


「中尉、重砲による支援攻撃の予定などあったか?」


「いえ、少なくともこの方面に限ればあり得ません。少なくとも旅団砲兵の重砲は基本的に陣地前面に向けられているはずです。」


「ということは、2つに1つだ。我々に知らされていない支援砲撃が急遽決まったか、あるいは」


「そんな支援砲撃があれば、こちらにも連絡があるはずです。後者の可能性とはなんですか?」


「BUGが『重砲』を持ち出した、かだ」


「そんなバカな。BUGが重砲を運用するなど聞いたことがありません。BUGが持つ生体砲弾の射程はどんなに長くても十キロ以下です。そもそも、彼らの個体数による優位は重砲など必要としないでしょう」


「忘れたか、奴らは進化する『生き物』だ。この北米戦前は休眠期だったが、今は違う。妙な進化を遂げる種がいても不思議では無い」


 その言葉に、八木の反駁が勢いを失う。

 いささか思考に硬直したところのあるとはいえ、士官学校出のエリートであるから理解は速い。


「では、重砲型BUGとでも呼称するべき存在が戦場へ現れた、と?」


「こちらが敵の新型兵器を模倣して投入するように、奴らも人類の武装を模倣した。なにも不思議はあるまいよ。そもそも、アルマジロ型も先の大戦から姿を現したBUGだぞ。新型の出現は珍しいことではない」


「では我々は、どうするべきなのですか」


「何も変わらないさ。司令部からの命令変更があれば別だが、今のところそれはない」


「ですが、あの砲弾の数は脅威です。オマハ丸陣地は相当酷いことになっているはずです。我々を呼び戻すように、意見具申すべきでは」


「どちらにせよ、我々は今や接敵中だよ、八木候補生。転進もままならん。貴様はそこで、C空港に到達することだけを考えろ」


「…了解であります」


 八木との通信を切った剣は、自らの迂闊を呪う苦々しさで満ちていた。

 すぐに大隊司令部に通信回線をつなごうとするが、大隊司令部へつながる様子はない。酷い空電ノイズが耳障りに鳴るばかりで、いっこうに司令部へつながる様子はなかった。


「面倒なことになった。まったく、余計な希望など持つものではないな。来栖軍曹、

これから多少無茶をするぞ」


「了解です。結局はいつものやり方ですね」


 来栖軍曹は作者が娘のために書いたという児童文学に出てくる猫のような顔でうなずいた。

 楽しくてたまらないという口元を見た剣は、その笑みに負けぬ戦闘的な笑顔で答えた。


「楽しい楽しい魔女の大釜という奴だ。魔女のばあさんの呪いには気をつけろ」


 剣は笑いをかみ殺すようにそう言うと、この戦線を突破するための活路を考えはじめた。 

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