日が落ちて闇に包まれつつある北米の荒野に、来栖軍曹の操る武隆改が突撃砲で吊光弾を射出する。
突撃砲の砲口から射出された三十二式吊光弾は、マグネシウム粉や硝酸ナトリウムなどの化学反応で作られた七十万カンデラという昼間のような光を放ちつつ、落下傘でゆっくりと地上へ舞い降りてくる。
その光の中、一目で鳴神機と分かる勝色の武隆改、鳴神少尉機が紙一重にしか思えない回避機動でタランチュラ型の生体砲弾を回避しながら、その脚部を両断している。
対BUG戦において撃墜王という概念はないが、少なくとも部隊感状(これも半ば形骸化した習慣ではあった)を出してもいいと思われる働きと思われた。
すでにこの作戦だけでも、BUG撃破数は二十を越え、さらに上積みしつつある。
その一方で、坂本少尉とその部下たちは、適度な距離を取りながらあくまで突撃砲による射撃で細かく中型BUGを削りつつあった。
鳴神機がとうとう、タランチュラ型の包囲を突破して長距離砲型BUGの群れへと突入する。
瞬時に手近な一体の腹部の下へと入りこんだ鳴神機は単分子軍刀で腹部を両断する。
腹部にため込まれていた生体炸薬がいくぶん遅れて爆発し、強酸性の体液がまき散らされる。その体液を浴びたタランチュラ型が頭部を溶かされて悲鳴じみた咆哮を上げる。
その間に側面に回り込んだ六○式装輪戦闘車が、仰角をあげて百五粍滑空砲で釣瓶打ちを始める。
滑空砲から打ち出された装弾筒付翼安定徹甲弾は、安定翼によって軌道を安定させつつ装弾筒を切り離して細長い劣化ウラン製弾体のみになると、ナナフシの側面へと突き刺さる。
装甲貫徹力はやや劣る百五粍砲弾ではあるが、元々外殻装甲厚がさほどでもない長距離砲型BUGに対しては十分だった。
長距離砲型BUGは内部の生体炸薬を派手に爆発させながら四散していく。
武隆改の外部カメラに映ったその映像を見ながら、剣は顔に宗教画のサタンのような顔を浮かべていた。
「鳴神機、あまり突出し過ぎるな。あくまで長距離砲型BUGの殲滅が目的だ。タランチュラ型など、状況によっては無視してかまわない」
状況をカメラ映像と情報端末によって確認しながら、剣は指示を飛ばす。
損害を抑えながら、作戦目標である長距離砲型BUGを減らしてはいる。
無論、すべてがうまくいっている訳では無い。
現に最前線で戦闘を行う鳴神――坂本少尉の小隊は、細かい損害を出している。
すでに二機が歩行不可能な損害を受け、後方へ下げられている。
「了解。無理はしていません」
鳴神少尉からの返答は短かかったが、口調に不満めいたものが滲んでいた。
小隊長という兵を率いる立場としては問題があるな、と剣は思う。
ただの兵ならばともかく、突出しての単独戦闘など許されるものではない。
だが、剣は好きにさせておくことに決めていた。
現状、その役目は坂本少尉が十分に代行しているとの判断だった。
「相互支援の可能な距離を保て。あとは好きにやれ」
「了解」
鳴神機は行きがけの駄賃とばかりに後退しながら、手近なタランチュラ型の脚部を刈り取る。
行き足の止まったタランチュラ型はいい的だった。
弾倉交換を済ませたばかりの坂本少尉は、突撃砲を構える
と補助AIの力を借りて瞬時に照準を合わせて射撃する。
タランチュラ型は作戦目的ではないとはいえ、危険な要素を排除しておくに越したことは無い。
腹部に続けざまに二発の百五粍砲弾を受けたタランチュラ型は、体液をまき散らしながら擱座する。元々、タランチュラ型は機動性に優れる反面、装甲が犠牲になっているから撃破には十分だった。
「坂本少尉、あのナナフシで最後です。タランチュラ型は無視して構わないんですよね」
通信を入れてきたのは坂本少尉の部下だった。
作戦目的達成を目前にしているせいか、やや興奮気味だった。
経験の浅さを感じさせる反応だが、無理もないと思う。
この北米戦まで本格的な戦闘を経験していないものも、この中隊には多い。
「そうだ。これより射撃を最後のナナフシに集中。撃破する」
とはいえ、突撃砲の射程からすると「届かないことはないがやや遠い」位置にいるのが面倒だった。
しかし、空洞になっている円筒状の身体を上に持ち上げているのは、おそらく射撃姿勢なのだろう。一刻も早く排除する必要あがるのは確かだった。
これまでのナナフシが攻撃の回避に徹した姿勢をとっていたのに対して、対称的な動きであった。
「射撃を行う前に仕留めるぞ」
坂本少尉は「武隆改」」を駐機姿勢――片膝立ちの姿勢――に移行させると、左腕を膝部で支える膝打ちの態勢を取る。
立っていても射撃そのものは可能だが、より精度の高い射撃を行うための姿勢である。
もちろん射撃中に死角から襲撃を受ければ危険だが、今はナナフシの撃破が最優先だった。
百五粍砲弾の砲弾が次々とナナフシの周囲に着弾するなか、坂本少尉の放った砲弾
はナナフシが射撃姿勢を取っていた砲口部へと命中する。
いくらか内部に入り込んだところで爆発し、それに続いて砲弾が続けざまに命中する。
戦闘行動が不能になったと判断した坂本少尉は、口元を緩ませる。
「最終目標の撃破を確認した。これ以上の戦闘は無意味だ。タランチュラ型は撤退の邪魔にならないかぎり、捨て置け。坂本少尉、ご苦労だった」
剣が珍しく労いの言葉を発するのを聞いて、坂本はコクピットで目を白黒させる。
その命令が下ったのをきっかけとして、鳴神・坂本小隊が突撃砲でけん制の射撃を行いながら後退する。
タランチュラ型はそれを追いかける素振りは見せずに、無事な個体同士で連携しながら防御陣形らしきものを作り始める。
油断は禁物だが、無事に作戦目的を達したことで少しばかり弛緩した空気が漂い始めた。
しかし、さほど時を置かずに再びあの嫌な音が聞こえ始めた、
長距離砲型BUGが放った砲弾が、大気を切り裂くあの音だった。
すでに星が瞬き始めた夜空を見ても砲弾を視認することは難しかったが、以前と同じようにどこかの部隊でろくでもない損害が発生するに違いない。
「別の群体がいたか」
剣の声は珍しく苦渋に満ちていた。
「覚悟はしていたが、直面すると嫌なものだな」
「再度、攻撃しますか」
来栖の声はどこか挑戦的な声色だった。
この女にもこんなところがあったか、と思う。
「バカを言え。この勝利は事前の準備と、的確な魔法支援あってのものだ。そのどちらも敵の捜索や準備、調整に時間がかかりすぎる。おまけに敵の規模も不明。撤退するほかない」
「諒解です」
来栖は短くそう応えると、つまらなさそうに首をふる。
通信回線を指揮下の全部隊につなぐと、不機嫌さを隠さずに大声で命じる。
「撤退だ、繰り返す撤退だ。作戦は中止。すぐにC空港まで後退する。落伍者は出すなよ」
剣は通信回線を王国軍の専用チャンネルに合わせる。
なんとなく、面倒なことになりそうな予感があった。
あのお姫様は、この「いつも通りの、ろくでもない事態」を受け止めることが出来るだろうか。
まあいい、ろくでもない事を言い出そうものなら横っ面を張り飛ばしてやる。
外交問題など知ったことか、戦場の塵とは無縁の外務省連中がせいぜい苦労すれば良いのだ。
部下の命と比べるべくもないのだから。
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