装甲歩兵戦記

北米大陸脱出(ノースアメリカ・エクソダス)
高宮零司
高宮零司

第37話 陣地崩壊

公開日時: 2021年12月11日(土) 12:00
文字数:2,455

 大隊司令部は、一言で言えば酷いことになっていた。


 対重砲防御を十分に考慮して構築されたとは言い難い半地下式の司令部壕は、天蓋部分があらかたが吹き飛んでいる。 


 情報端末の類だった残骸は、剥き出しになった回路から火花が散っていた。

 前線であろうとしぶとく生き残っている紙書類が、血に染まりながらゆっくりと燃えていた。


右手にぐにゃりとした感触を感じ、まじまじとそれを見つめる。

 目の前に閃光が生じた瞬間、後ろから突き飛ばすように伏せさせたはずの古橋大尉が、腕だけになり果てていた。


 その腕を面倒そうに投げ捨てた樫村少佐は、自らの状態を確認する。


風景に現実感がなく太陽光線がやけにギラついているのは、身体から血を失い過ぎたことの影響だろう。視界そのものもずいぶんと狭くなっていることから察するに、おそらく左目をやられているらしい。


 視線を下半身に移すと、左脚は第二関節から先がすっぱりと吹き飛んでいた。

道理で立ち上がろうと力をこめても応えないはずだと思う。


 瞬時におそらくは後方へ移送されるであろう負傷を負った、そういうことになる。


――やはり野戦築城が不充分過ぎたな。よほど近くまでBUGの侵入を許したと見える。警戒線のどこかに穴があったに違いない。


このとき、樫村少佐は当然のことながら重砲型BUGの存在になど気付いてはいなかった。


 大隊司令部がこの有り様では、前線はずいぶんと酷いことになっているに違いない。


「誰か、誰か生存者はおられませんか!」


 軍帽すらどこかに吹き飛ばされたらしい若い一等兵が、半壊した司令部の中に入ってくる。


「オウ、こちらにおるぞ。大隊長の樫村少佐だ。済まないが、止血を頼む。そこに止血帯が転がっとるだろう」


「は、樫村少佐。了解であります」


「訓練通りやればいい。空気圧式止血帯の操作くらいは習っとるだろうな」


 気絶しそうな痛みに耐えながらも余裕の笑みを浮かべ、樫村は若い兵士を鼓舞してやる。


もちろん将校としての見栄と必要に駆られての演技だった。


 若い兵士は緊張した面持ちで、吹き飛ばされた左脚の傷口と左目の傷を止血する。


「大隊司令部は見ての通りの有り様だ。俺もろくに指揮が執れる状態ではない。貴様、名前は?日高一等兵か。それでは日高一等兵、無事な通信機のある部署へ伝令。最上級者が大隊の指揮を代行するように伝えろ。復唱しろ」


「は、大隊長殿。日高一等兵、通信機のある部署へ伝令、最上級者へ大隊指揮の代行要請を伝えます!」


 日高一等兵が勢いよく飛び出していったのを確認して、ようやく樫村少佐は演技から解放された。


 多大な出血のせいですでに視界はかすんでおり、意識を保つのがやっとという状態になっている。


「この陣地が抜かれると…少々マズいな。旅団が分断されかねん」


うわごとのようにそう呟くと、樫村少佐は意識を失った。



「タランチュラ型、生体砲弾発射多数!」


「D1エリア、渡河されました。すでに、十数体が陣地外縁に取り付いています」


陣地内に立てこもる装甲歩兵部隊は、すでに追い詰められていた。

 先ほどの長射程生体砲弾の着弾で、撃破された「武隆改」も少なくない。


 同じ人類同士の戦争をしている余裕が無くなって久しく、重砲というものの恐ろしさを肌感覚として知っている兵士は少数派であった。


 だからこそ、その心理的衝撃は大きい。


「D3エリア、陣地内部にBUGが侵入!タランチュラ型です!」


 その報告を指揮車両のなかで聞いた第一中隊長は、衝撃を隠せなかった。


 完全にはほど遠い陣地とはいえ、一応は相互に支援できるよう考慮された複殻陣地として設計されている。事実、これまでは何度か渡河したBUGを外縁部で撃退している。


 無論、一度内部へ雪崩れ込まれたところでそれは陣地がすぐに崩壊することを意味する訳では無い。


「大隊司令部に支援要請!旅団砲兵の支援を求むと伝えろ!」


「司令部に連絡がつきません!先ほどの砲撃以降、ずっと呼びかけていますが」


「なんだと?まさか…」


「分かりません。ですが、事実です」


「…仕方ない、それでは旅団司令部だ。さすがにあちらはまだ…」


中隊長がそこまで言いかけたところで、運転兵から声ををかけられる。


「中隊長、大隊司令部からの伝令兵だとか。入れてやってもいいですか」


「司令部からの伝令だと?通信ではないのか。まあいい、入れてやれ」


 運転兵はうなずくと、ハッチを開けてやる。


「日高一等兵であります!大隊司令部は壊滅、大隊長は重傷で後送されました!最上級者が代わって陣地防衛の指揮を執れ、と」


「大隊司令が壊滅…だと?最上級者は、先任の俺…か」


しかめっ面をした中隊長は、表情を努めて消す。


「日高一等兵、よく伝えてくれた。休んで良い。手すきの奴は、一等兵に水を飲ませてやれ」


 その言葉に応じた兵が、日高一等兵に水筒を渡すのを見ながら、中隊長は内心うめきを漏らした。


――戦場の常とはいえ、大隊の指揮を丸抱えだと。冗談じゃない。樫村少佐、あんたはツいてるな。ここで地獄からいち抜けか。


「生体砲弾多数、来ます!」


 部下の叫ぶような声に、中隊長、いや大隊長代行は思わず叫ぶ。


「くそっ、また砲撃か…衝撃に備えろ!中隊各員、遮蔽物に退避せよ!」


その命令が届くか届かないかのうちに、陣地へと生体砲弾が降り注ぐ。


 空中で炸裂した生体砲弾は、高い運動エネルギーを与えられた破片と化して陣地内に敵味方お構いなく跳ね回る。


突撃砲で砲撃を行っていた『武隆改』が、破片を下半身の装甲の薄くなっている箇所に受けて擱座する。


 輸送トラックが破片を燃料タンクに受けて燃え上がり、搭載していた弾薬が誘爆して周辺に破壊を振りまく。


BUGを破壊するはずだった弾薬によって灼かれた兵士が、恨み言を言いながら息絶える。


 中隊長は、そんな地獄絵図の中で大隊長に心中で恨み言を喚き立てながらも、崩壊しつつある陣地をなんとか立て直す術をかんがえていた。


 悲しいことに彼は軍人であり、祖国に忠誠を誓った身であった。


 それが名誉の戦死を招くとしても、最後の瞬間まで指揮官たるの務めを果たさなければならないのだ。 

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