「モンスターの立場で考える、だと……?」
レオンを睨むようにして俺は言う。
「そうだ。私はそのモンスターとやらについては知らんが、貴様の敵であったということはわかる。人と敵対していたということもな」
レオンは腕を組み、真っ直ぐに俺を見る。その目には、確固たる意志が感じられた。
「その敵である、モンスターの立場に立って考えてみろと言っている」
レオンに言われたとおり、モンスターについて考える。自分の記憶を手繰り寄せ、頭の中で整理する。
「モンスターは人の敵だ。あいつらは、人と見るや襲いかかってくる。人を殺すことを何とも思っちゃいないし、人を滅ぼうとすらしている。世界を蝕む存在だ。世界に蔓延る邪悪な存在なんだ」
モンスターたちのしてきたことを思い返しながら言った。
徒党を組み人里を襲うモンスターの群れ。行商人を襲うモンスター。そして、そんなモンスターたちを率いる魔王。魔王軍により滅ぼされた国をいくつも見てきた。
それはまさに、悪を具現化した存在。
邪悪以外の何者でもない。
だが――。
「それは貴様の立場から見たモンスターだ。モンスターの立場に立っていない。ならば、聞き方を変えよう。モンスターから見て、人はどんな存在だ?」
「モンスターから見た……。人……? それは、殺すべき対象だ」
「ならば、答えろ。なぜモンスターは、人を殺すべき対象と見ている?」
「――――ッ!」
考えたこともなかった。
なぜ、モンスターが人を殺そうとするのかなんて……。
「それは……、モンスターは邪悪な存在だからだ……」
俺は答えをしぼり出す。
「それは貴様の立場での考えだと言ったはずだ。自分自身は邪悪な存在だ。だから、殺そうと思うやつがどこにいる。そんなやつは、ごくわずかしかいない狂った奴らだ。皆が皆、そうであることはない」
「くっ…………」
俺は言葉を失う。
如何せん、なぜモンスターが人を殺すべき対象と見ているかなど考えたこともない。モンスターはそういうものだ、としか思っていなかった。
「く、クロト! モンスターは、人を襲う倒すべき邪悪な存在だよな?」
レオンの質問攻めに苦しくなった俺は、クロトに同意を求める。助けを乞うように。
「うーん……。邪悪な存在とは言えないかな? 中には友好的なモンスターもいて、一緒に戦ってくれたり、人と共存していたりもするからね」
「う、嘘だろ……」
モンスターが人と一緒に戦うだと……。それに、共存していることもあるなんて、信じられない。
「もう一度聞くが、貴様はなぜモンスターを殺す?」
「決まっているだろ! モンスターは人を襲って殺す! だからだ!」
「自分たちに害をなす存在だから殺すのだな?」
「その通りだ!」
「それがわかっているのならわかるはずだ。なぜモンスターが、人を襲うのか」
「あっ…………」
レオンと話している中で、俺は気がつく。いや、気付かされたのだろう。
「モンスターも……、人がモンスターを殺すから、殺すのか……?」
「だろうな。自分の仲間が人に殺される。モンスターとやらも、それを黙ってみていることはしないのではないか?」
人には人同士の仲間意識があるように、モンスターにはモンスター同士の仲間意識がある。だからこそ、魔王というリーダーの下、協力しあっている。
「話し合いでもして、殺し殺されの連鎖を止めるという手もあったわけだが……」
「そんなの無理に決まってるだろ。やつらは、人を殺すことに躊躇いなんてない。そんなやつらを相手に話し合いなんて無理だ。やらなきゃやられる……。――――ッ!?」
「気がついたか?」
自分たちを殺すこともいとわない相手を前にして、やらなければやられる。俺が今言ったことは、先ほどレオンが言ったことと同じだ。
「貴様から見たモンスターは、モンスターから見た貴様だ。人がモンスターを殺すことを良しとされているように、モンスターが人を殺すことも良しとされているのだ。お互い、自分と仲間を守るためにやっているのだからな」
「でも……」
「貴様はマオウとやらを倒して英雄と呼ばれたようだが、誰にそう呼ばれている?」
「俺が救った、人たちにだ」
「ならば逆もあり得るのだ。仮に、貴様を殺したモンスターがいたとすれば、そのモンスターは、モンスターたちに英雄と呼ばれるだろう」
「………………」
レオンの言う通りだろう。
間違いなく、俺を殺したモンスターがいれば、そのモンスターは英雄と呼ばれるだろう。モンスターたちに――。
これまで考えたこともなかった。それをレオンに突きつけられて、俺は戸惑いを隠せないでいる。
「つまり、何が言いたいんだ? モンスターが人を襲うのは、人が悪いって言いたいのか?」
レオンの話からすればそうなる。
人がモンスターを殺そうとするから、モンスターも人を殺そうとするということだ。
「そうではない……」
レオンは静かに言う。
「個人の抱く正義など、立場によって変わると言いたいのだ。貴様からすれば善行でも、別の立場からすれば悪行となる。ある場所で英雄と呼ばれようと、別の場所では悪魔と呼ばれることもある。戦いに、絶対の正義はない。なぜなら戦いとは、正義と正義のぶつかり合いなのだからな」
「じゃあ、どうすればよかったんだ?」
「貴様は何も間違ってはいない。自身の正義を貫き通したのだからな。私が気に食わなかったのは、その正義を他人に押し付けようとしたことだ。私や、クロトにな」
「………………」
立場が変われば正義も変わる。
求められる行動も変わってくる。
レオンは、自身の国にとって正義となる行動をしたのだろう。だからこそ、クーデターを起こした人々に大砲を撃ち込んだ。
クロトも、自分の使命である竜王撃破のためにするべきことをしてきたのだろう。
俺にとってはおかしいと思うことでも、それが彼らにとっての正義の行動だったということだ。彼らの守るべきものたちから求められていた行動だったのだ。
英雄と呼ばれていることが、その何よりの証拠だ。
「そう気を落とすな。貴様が英雄であることに変わりはない。英雄と呼ばれる以上、多くのものを救ったのは事実だからな!」
レオンが俺の肩を叩く。
「ああ、そうだな」
俺が、多くの人を救ったことは事実だ。それは、誇っていいことなのだろう。
守るべき人々が求める行動を、俺は取ってきたのだ。俺も英雄と呼ばれていたことが、それを物語っている。
俺の守るべき存在を守ることができた。
自分が正しいと思えることを貫き通すことができたんだ。
しかし、俺自身を見つめ直す必要はあるのかもしれない。
自分の考えは正しい。
間違っているわけがない。
みんな同じ思いのはずに違いない。
そのような思い込みに縛られ、クロトやレオンのことを受け入れずにいた俺がいた。
「ありがとな。レオン、クロト」
二人にお礼を言う。
「ボク、何もしてないけど……」
「私は少々、厳しいことを言ってしまったな。ハハハ」
「いや、そうじゃなくてさ……」
俺は気恥ずかしそうに頬をかく。
「俺はさ。英雄はこうじゃなくちゃならないんだって、思い込んでたんだ。俺の思い描いた英雄像から外れちゃいけないんだって思いに囚われてた。だから、レオンやクロトに怒鳴っちゃったんだけど……。でも、こうやって話して、そうじゃないんだって教えられてさ。立場が変われば正義も変わる、って考えたこともなかったから。俺の考えとか見えてる世界って、まだまだ狭いんだなって思い知ったよ。英雄になって有頂天になっていた部分も、あったのかもしれない」
二人を見ながら、俺は続ける。
「だから、色々と俺に気づかせてくれてありがとう!」
レオンは笑う。クロトも微笑んでいるように見えた。
「ボクは、気にしてなかったけどね」
「ハハハ! ルーカスよ。私から学びを得ることができるとは恵まれているぞ」
「確かにそうだな。天才レオン」
俺は、あいかわらず自信満々のレオンに笑って答える。
「もっと、クロトやレオンの話を聞きたいんだ。聞かせてくれないか? 二人のことを」
二人について、さらに興味が湧いた俺は言うのだった。
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