俺たちの座談会は続く。
ティーポットの紅茶も二杯目に入っていた。
「英雄になったはいいけど、それまでの道は楽なものじゃなかったよな。死ぬかと思ったこともあったし……。あのときは、もう終わりかと思ったよ」
俺は当時の戦いを思い出す。
手に汗握る戦いだった。一つの判断ミスが致命傷につながってもおかしくない激闘。あれほど緊張したことは、前にも後にも、あのときだけだ。
「ほう……。貴様も順風満帆とはいかなかったようだな?」
レオンが、その気持ちよくわかるぞ、とでも言わんばかりにうんうんと頷く。
レオンも俺と同じような修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
「そうそう。最後の戦い……。これまでとは比べ物にならないほど強い敵でさ。神様から与えられた力があった俺でも、あのときは死ぬかもしれないと思うほどの激闘だったよ。フラフラになりながらも、勝利したときの達成感は忘れられないな」
魔王との戦い。
あれは、文字通りの死闘だった。負った傷の痛みで気を失いそうになりながらも、気力で打ち倒したことは、今となってはいい思い出だ。
「神様から、与えられた力……?」
クロトが不思議そうに尋ねてきた。
そうか、この二人には話していなかったな。
「『選ばれしもの』っていう力を神様から与えられてたんだよ。剣技や魔法が人の十倍早く成長して、全ての魔法が使えるっていう力だ」
「なにそれ? そんなの反則みたいなものじゃない?」
「まあ、他人からすれば反則だよな。でも、そのくらいの力がないと人々を守れなかったのは事実だし……。神様も、それをわかった上で与えてくれたんだと思ってるよ」
「そうなんだ。なんか……、楽そうだね。そんな力あったら……」
「まあ……その……。楽ではあったよ……。最後の戦い以外は、割と余裕あったし……」
俺は少しバツが悪そうに答える。
事実、神様から与えられた力のおかげで魔王との戦い以外は楽勝だった。町を守りながら戦ったり、人質を取られたりして、若干苦戦したことはあったが、それでも難なく切り抜けてきた。
「そう……だろうね……」
クロトが羨ましそうな表情で俺を見る。嫉妬……でもしているのだろうか。
もしかしたら、クロトは厳しい戦いを何度も切り抜けてきたのかもしれない。俺とは比べ物にならないくらいに。
そんな戦いに身を投じていたからこそ、盗みも許されていた……のか……?
と一瞬思ったが、すぐにその考えを払拭する。どんな理由であれ、英雄と呼ばれし存在が盗みなど言語道断だと自身に言い聞かせる。
「貴様ら。聞いていれば勝手に話を進めているが……。質問してもよいか?」
レオンが腕を組みながら俺たちの方を見る。
「魔法とはなんだ? まさか、何もないところから炎を出したり、人を呪い殺したりするような、願望という名の空想が生み出した夢物語のことではないのだろう?」
気難しそうな顔でレオン言った。
しかし、こいつは何を言っているのだろうか。魔法をこんなにも小難しい表現するやつは初めて見た。
「いや、まさにその通りだけど? 炎出したり、傷を治したり……。呪い殺すっていうのは禁止されてる魔法だけど、あるにはあるらしい……」
「な、なな、なんだと!?」
俺の回答にレオンは明らかな動揺を表す。
もしかして、魔法を知らなかったのだろうか。
いや、そんなはずはない。魔法は日常生活にも溶け込んでいる。ごくありふれたものだ。火をつけたり、薪を切ったり。そんなときにも、使われているもののはずだ。
「魔法は実在したというのか……。ならば、私たちはなぜ使えなかった? 使えると名乗った魔術師も所詮はインチキ。科学がそれを証明してきた。ならばなぜ? 私たちの英知が行きついていない、何かがあるというのか……?」
レオンが独りでぶつぶつと何かを呟いている。
カガクという聞いたこともない言葉が聞こえた気がするが……。まあ、気にしなくていいだろう。
「と、ところで、レオンはどうなんだ? 『貴様も』ってことは、レオンも死ぬかもしれないって戦いがあったんじゃないのか?」
独り言に夢中になっているレオンに問いかける。
先ほどの口ぶりから察するに、レオンも死にそうな目にあっているのだろうと思ったからだ。
「私か? もちろん、死ぬかもしれないと思ったことは何度もある。むしろ、戦いはいつでも命懸けだ。その覚悟をもって臨んでいた。だが、そうだな……」
レオンが言いよどむ。
「一番死ぬかもしれないと思ったのは、戦いではないのだ……」
「え? そうなのか?」
俺は思わず声を上げる。
戦いではないところで死にそうな目にあうとはどういうことだろうか。
「そ、そのだな……。国家元首として、少々失態を冒してしまって……。その結果……、島流しになってしまったのだ……」
目をそらしながらレオンが言う。おそらく、負い目に感じている部分なのだろう。
「し、島流し……。さ、災難だったな……」
想像すらできなかった言葉に、俺はそう返すことしかできなかった。しかし、すごい目にあってるなこいつ……。
「この身一つで流れ着いた無人島から脱出するのは、本当に死ぬかと思った。だが、この私だ。転んでもただでは起き上がらん。命からがら無人島から脱出して、再度国家元首に返り咲いてやったわ!」
「マジかよ! タフすぎだろ!?」
「当然だ。天才と呼ばれた私だぞ!」
レオンのあまりの逞しさに脱帽する。
肉体的にも、精神的にも強すぎる。
「死んでしまっては全てが終わる。しかし、生きてさえいれば何とかなるものだ。大切なのは生き延びることだと、私は思い知ったよ」
自信満々にレオンが言う。自らの経験から語られるその言葉には、説得力があった。
「それには同感だな。死んだら全て終わりだ。まずは生き延びないと」
まあ、俺たち死んじゃったんだけどな、と俺とレオンは笑いあう。
そんな俺たちをクロトが、不思議そうに見つめる。
「どうした? 貴様」
そんなクロトにレオンが尋ねる。
「別に死んだって問題ないんじゃないかなって……。すぐに生き返らせてもらえるでしょ?」
「………………」
「………………」
クロトの衝撃発言に、俺とレオンは言葉を失う。
この子は、何を言っているのだろうか。
「死んだって、教会に行けば生き返らせてもらえるし。そもそも、僧侶の蘇生魔法があれば、どこでも生き返らせてもらえるでしょ? ボクだって、これまでの戦いで数え切れないくらい死んできたし……」
本当に、この子は何を言っているのだろうか。
死者を生き返らせるなど、人には許されない行為だろう。大体、全ての魔法が使える俺でも、蘇生魔法というものは使えなかった。それに、聞いたこともない。
「ならば聞くが、貴様はなぜ死んでいる? 生き返れるのなら、ここに来ることもないだろう?」
「死ぬべきときに死んだ人は生き返らないらしい。教会いわく、神の意志とかなんとかで」
なんだそれは……?
神様はそんなこと、俺に言っていなかった。そもそも、死者を生き返らせる魔法の研究は禁忌じゃなかったのか。その研究に手を染めて、天罰が降った魔術師は、歴史に少なくないはずだ。
「ならば、死ぬべきときとやらでければ、生き返らせることのできる魔法があるのだな。それは誰でも会得できるものなのか?」
「教会に仕える僧侶として経験を積めば、誰にでも会得できたはずだけど……」
しかも、訓練次第で誰でも会得できるなんて。
そんな優しい世界があっていいものなのか。それができるなら、魔王軍に親を殺された子供の涙を見ることもなかったのに。
「死者を生き返らせる魔法も存在する……。その技術があれば、私が今ここにいることもなかったのではないか? クソッ! 私たちは世界と比べても進んでいる国だと思っていたが、まだまだ先があったというのか! いや、魔法を夢物語と決めつけ、科学の発展を優先させた私の方針の間違い……。私も視野が狭かった、ということか……」
レオンも俺と同様にショックを受けたようで、再び独り言に没頭している。
そして、クロトは俺たちに対し疑問の目を向けている。
しかし、なぜだろうか?
同じように英雄で。
同じように死んで。
同じようにここに来た。
それだとというのに、まるで話が合わない。
それぞれのが持つ常識や、世界のルールもまるで違う。
俺は不思議でたまらなかった。
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