「何というか……。レオンはすごいな」
俺は思わず言葉を漏らす。
「当たり前だろう。私は天才と呼ばれた英雄だ。しかし、急にどうした?」
「だって、俺みたいに神様のお告げがあったわけでもない。クロトのように英雄の血筋を持って生まれたわけでもない。それなのに、英雄と呼ばれるまでの功績を残したんだ。とんでもない努力の賜物だと思うよ。すごいとしか言えない」
俺はレオンに心からの称賛を送る。
「私は天才だ! 功績を残すのは必然! そのために、たゆまぬ努力を尽くしてきたことは事実だがな」
あいかわらず自信満々にレオンは言う。
だが、レオンにはそれだけのことをやってのけたという自負があるのだろう。自信満々なのも納得だ。
「もともとは普通の軍人だったんだろ? 何がきっかけで国家元首にまで上り詰めたんだ?」
俺は、レオンがどのようにして国家元首という地位まで上り詰めたのかに興味がわいた。
だから、早速聞いてみた。
「きっかけか……。きっかけは、クーデターを鎮圧したことだ」
「ん? クーデター? あの力ずくで権力をもぎ取ろうとするあれか?」
「そうだ。私が国家元首となる以前から、身分に縛られず、個人を尊重しようという動きが主流になってはいた。現に、国家の仕組みとして、この考えは取り入れられていたからな。しかし、これを快く思わない連中もいたのだ」
「快く……思わない……連中……?」
「ああ……。以前は、王族や貴族といった上流階級だった者たち。そして、その者たちに使えることで甘い汁を吸っていた連中だ」
王族や貴族だった者たちは納得できなかったのだろう。
これまでは、王族や貴族という立場にいるだけで保障されていた権力がはく奪されるのだ。心地よいものではない。そして、王族や貴族に懇意にしてもらっていた者たちも、同様の被害を被る。不満も募るだろう。
「つまり、そういうやつらがクーデターを起こしたわけか」
「ああ。武力で自分たちの権力を取り戻そうとしたのだ。しかし、私が指揮した鎮圧部隊の手によって、クーデターは失敗に終わったがな。鎮圧するのも楽ではなかった。だが、暴徒化したやつらに、大砲を撃ち込んで黙らせてやったわ」
「…………………………は?」
誇らしげにレオンは語る。
しかし、その口からは信じられない言葉が放たれたような気がする。俺の聞き間違いだろうか。
「大砲を……? 人に……撃ち込んだ……のか……?」
「ん? 当たり前だろう。何を言っている」
当然だと言わんばかりの表情でレオンは言う。
俺は、その発言に一瞬思考が停止したが、すぐに思考を取り戻す。
レオンは人々を救った英雄のはずだ。はずなのに、こいつは人に向かって躊躇なく大砲を撃ち込むのか。何の躊躇いもなく、人を殺すというのか。
英雄とは、人々を守る存在でなければならないはずだ。どんな理由であれ、守るべき存在である人を殺すことなどあってはならない。人を殺したものが、人々に称えられる英雄という称号を得ることなど、あってはならないんだ。
その証拠に、俺は誰も殺していない。
もちろん、襲いかかってきた野盗のような悪人と戦ったことはある。しかし、決して殺しはしない。
当然だ。人は守るべき存在であるのだから。
「おい……レオン……」
「何だ?」
俺は、震えるほどに拳を握りしめる。
「大砲を撃ち込んだってことは……、殺したのか……? 人を……?」
溢れ出しそうな怒りを抑えながら尋ねる。
殺してはいない、という一言が返ってくることを、微かに望みながら。
「殺すとは人聞きが悪い。だが、戦いとはそういうものだ。死者も出る。あのときに死んだものも少なくはないだろう」
しかし、俺の望みは打ち砕かれた。
レオンは人を殺したのだ。守るべき存在である人を。
それなのに、こいつは英雄だという。
人殺しの英雄などいて良いものか。
俺は、レオンが英雄であることを完全に否定し始めた。
「クーデターを止める方法は他にもあったはずだ! 人が死ぬとわかっていて、大砲を撃ち込む必要はない! 話し合うとか、殺さないように拘束するとか……!」
俺は声を張り上げる。
突然、大声を出した俺にクロトは驚いたようだ。ビクッと体を震わせる。しかし、レオンに動じた様子はない。
「私とて、殺したくて殺したわけではない。致し方なくだ。相手は武力で権力を奪いに来ていた。自分たちに対立するものを、殺すこともいとわないやつらだ。そんな敵を相手に、一人も殺さずに鎮圧しようなど甘すぎる。やらなければ、こちらがやられるぞ」
「だからって、英雄が人を殺すなんてどうなんだよ! 人は守るべき存在だろ!」
「守るべき存在だが、時と場合にもよるだろう。敵対したものが向けてくる刃に身を委ねては、殺されるだけだ」
英雄でありながら、人は殺すことも致し方なしとするレオンに憤りをぶつける。しかし、レオンは涼しい顔で受け答えを繰り返す。
「クロト! お前からも言ってやれよ! 英雄でありながら、人を殺すなんておかしいってな!」
俺はクロトに話を振る。
似たような経緯で英雄となったクロトだ。こいつもレオンの行為に対して、何かしら思うところがあるだろう。
「えっと…………」
飲んでいた紅茶をこぼしそうになりながらも、クロトは応える。いきなり話を振られ驚いたのだろう。申し訳ないことをした。
「ごめんね、ルーカス……。ボクも人を殺したことはあるから、それには答えられないかな」
「………………は?」
こいつも……、こいつも人を殺すのか……。守るべき存在である人を……。英雄であるにも関わらず……。
クロトの言葉に、俺は固まる。
「ちょっと、待てよ……。なあ、クロト……。お前は世界を救うために竜王と戦って……。その竜王を倒して、世界を救った英雄なんだろ? そんなお前が……、どうして……?」
自分でも、歯切れが悪いのを感じる。
「どうしてって、ボクの役目は竜王を倒すことだったからね。勇者として。それ以上でも、それ以下でもない。だから、僕にとっては、竜王を倒すことが全てなんだ。その行く手を阻む敵として現れれば、モンスターだろうと人だろうと容赦しないよ」
「ふ、ふざけるなよ! モンスターを殺すのは当然だ! でも、人は殺さなくてもいいだろ! 人を守るために戦っているのに、人を殺していたら本末転倒じゃないか!」
「人を守るためというか、ボクは世界を守るために戦っていたんだけど……」
「同じことだろ!」
竜王を倒すという目的の障害となるのなら、人であっても容赦なく殺すというクロトに、俺は怒鳴る。
自分の邪魔をするなら殺すなんて、英雄のするべきことじゃない。そんな自分勝手なことは、決して許されていいものではない。
やはり、この二人は英雄ではない。断じて違う。
一度疑いはした。だが、なぜ彼らが英雄と呼ばれるようになったのかを知り、この二人も人々を救った英雄なのだと思い直した。
でも、駄目だ。
レオンはクーデターを鎮圧するためとはいえ、致し方ないといって人を殺す。
クロトは自分の行く手を阻むならと人を殺す。
守るべき存在を、だ。
英雄とは神様の代行者であり、人格者でなければならない。
人は守り、決して殺さず。悪人であっても、改心する日が来るのを信じて、殺しはしない。そして、人を脅かす邪悪の化身、モンスターを倒すのだ。
英雄として、これが当然の姿。
この二人に、本当の英雄とはどういうものか教えてやろう。そう思った途端――。
「話を聞いていれば……。ルーカスといったな、貴様」
レオンが俺に話しかけてきた。
「なんだよ」
俺は答える。
レオンは、鋭い目つきで俺を真っ直ぐ睨んできた。
「人は殺すな、モンスターは殺して当然。そう言ったな? ならば聞くが、貴様はモンスターとやらの立場で考えてみたことはあるのか?」
「何を……」
レオンの思わぬ発言に、言葉に詰まる。
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