紅茶をすすりながら、俺たちは談笑に華を咲かせる。
「英雄と言ってもさ。当然人なわけで、まず生活ができなきゃ意味がないわけじゃないか」
俺の話に、クロトとレオンが耳を傾ける。
「生活をするのに最低限必要なもの……。例えば、食料とか、武具の手入れ道具とか。あと、俺は旅をしていたから宿代とかもかかってたんだよな」
かつての旅を思い出し、俺は言う。
「英雄だからといって、全てタダってわけにもいかないだろ? 食料とかは自分で採取すればタダだけど、いつもってわけにも行かないし、たまには贅沢もしたい。それ以外にも、お金がかかるところってのは色々とあるだろ?」
英雄だからといって、無料で食料を恵んでくれるわけでもないし、宿に泊めてくれるわけでもない。人々にだって生活があるわけだ。
それを救世主と呼ばれた俺が、ないがしろにするわけにはいかなかった。そもそも、魔王を倒すまでは、俺は英雄ではなかったのだから。
「だからさ。商人の護衛をしたり、凶暴なモンスターの討伐をしたりして、お金を稼がなくちゃならなかったってのは苦労したな。ときには、大工のお手伝いでお金稼いだりもしたしな」
商人を野盗から守るために戦った記憶や、畑を荒らす大猪の討伐を思い出す。
野盗は俺が救世主とわかるや否や、尻尾を巻いて逃げ出した。おかげで、俺は商人と一緒にいるだけで、依頼を達成できたわけだが。それは実に楽なお仕事だった。
大猪は、俺の能力で倒してやった。モンスターと戦うのと大差ないし。
となると、大工のお手伝いが一番辛かったかもしれない。朝から晩まで肉体労働。モンスターと戦うのとは違った疲労が襲ってきたのを覚えている。
「わざわざ働かなくても、モンスターを倒せばお金は手に入るよね?」
思い出に浸っていると、クロトが不思議そうに言ってきた。俺は何を言っているのかわからなかったので、クロトの方を見る。
「いや、何を言ってんだ? モンスターはお金を持っていないだろ? 倒したところでお金にはならないじゃないか。確かに、角とか皮とか剥ぎ取って売ればお金になるかもしれないけど、よっぽどめずらしいモンスターじゃないと大したお金にならないじゃないか」
モンスターの素材は売ればお金にはなる。だが、めずらしくもないモンスターの素材など、出回りすぎていて安値で取引されている。それこそ、宿に一泊するために百匹以上倒さなくてはならないほどにだ。
それならば、働いた方が稼ぎもいいし楽だ。一日働けば、数日間ぐらいは宿に泊まれる。
と、思ったのだが、クロトはなおも不思議そうな目で俺を見る。
「お金を持っていないというか……。モンスターを倒せばお金に変わるよね?」
「は?」
クロトの謎発言に、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。
「だから、モンスターを倒すと、モンスターがお金に変わるでしょ? だから、働かなくたって、モンスターを倒していればお金は貯まるよねって」
「何、その摩訶不思議な現象!」
思わず、声を張り上げる。
モンスターを倒すだけでお金になるなんて、すごい楽じゃないか! それなら、魔王討伐のためにモンスターと戦ってさえいれば生活もできるってことか?
「う、羨ましい……」
クロトを羨ましいと思うと同時に、自身の労働時間はなんだったのかと虚しく思えてくる。あの時間がなければ、もっと早く魔王を倒せたのに、と……。
「モンスターを倒してもお金にならないって方が、信じられないけど……」
クロトは納得いかないような表情を続けている。
それは、そうだ。俺だって、納得がいかない。
「話を聞いていれば、ルーカスもクロトも自ら労働して稼ぐなど、割に合わないことをする」
俺たちの話を聞いていたレオンが言い出した。
「割に合わない? 何がだ?」
俺は、レオンに聞く。
確かに、魔王討伐の過程で働いていた時間は割に合わないといえなくもないとは思う。だが、それも生きていく上では必要なことだったといえば、無駄ではないと思っている。
「いいか。自ら肉体労働をして稼ぐというのは理にかなっていないと言っているのだ」
レオンが自信ありげに俺たちを指さす。
「自ら労働をする必要などない。労働力を駆使すればよいだけのこと」
「労働力?」
俺やクロトとは随分と違う話を始めたレオンに、疑問を投げかける。
「そうだ。食料が必要ならば、土地を使って生産させればよい。鉱石が必要なら労働者を雇って採掘させる。もし、国内で手に入らないものが必要ならば、他の国と貿易して手に入れればいい。そうやって人々に金や物資を蓄えてもらい、税として少しずつ回収する。一人から回収できる税は少ないが、それが全員となればどうだ。とんでもなく巨大な富となる。私は一切の肉体労働をせずに、巨大な富を得ることができるというわけだ。どうだ? すばらしいだろう!」
「確かに、それならお金や食料に困ることはないだろうけど……」
俺はレオンの言うことを理解することはできた。だが、納得することはできない。まるで、人々を道具として使っているような気がしたからだ。
英雄ともあろう者が、だ。
英雄とは、人々を守り、称えられた存在であるはずだ。そんな存在が、人々からお金や食料を回収するのはいかがなものか、と思う。
「要するに、全てを一人でやろうとするよりも、上手く人を使うことが重要ということだな! 協力してもらうということも大切だ」
レオンが、腕組みしながら言った。
協力というと聞こえはいい。しかし、俺は胸に何かもやもやしたものがつっかかっていた。
「協力してもらうことは大切だよね」
クロトがレオンに賛同する。
「ボクも村とか町に行ったら民家にお邪魔して、タンスとかタルに入ってる使えそうなものは勝手に使わせてもらっていたし」
「いやちょっと待て!」
俺は、クロトの発言に耳を疑った。
「それはあれだよな? もちろん、持ち主の許可をもらって使ってるんだよな?」
勝手に使わせてもらってるという言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろう。気のせいだと信じて、俺はクロトに問いかける。
「許可なんかもらわないよ。いちいち許可もらうのも面倒でしょ?」
「それじゃあ、泥棒じゃねぇか⁉」
驚愕した。
勇者と呼ばれた英雄が、まさかの泥棒行為を働いていたという事実に。
「クロト……。私もさすがにそれはどうかと思うのだが……」
レオンも気難しい顔でクロトを見つめている。
俺からすれば、クロトほどではないにせよ、人々からお金と食料を巻き上げているレオンも大概なのだが……。
「普通の人がすると泥棒だけど、勇者はそれが許されていたんだよ。みんな勇者に協力してくれていたんだ。常識でしょ?」
「どんな常識だよ!」
盗みをしてもバレていないから捕まっていないのかと思った。しかし、そうではない。
「常識じゃないだろ⁉ 許されていても実際にやるか? 申し訳ないとか、英雄……、クロトのところでは勇者だったか? 勇者としてそんなことするわけにはいかないとか思わないのか?」
勇者という存在は、盗みが正当化されるという。『協力』という大義名分の下に。
しかもクロトは、これを常識といった。そんな常識あってたまるものか。
「当たり前のことすぎて、そんなこと考えたことなかったな……」
当たり前って……。
どんな育ち方したんだ? この英雄は?
クロトが本当に英雄なのか疑い始めていた。
「すばらしい……。すばらしいぞ、クロト!」
レオンが突然に声を張り上げる。
「許可なくものを持ち出しても許される。それは、貴様がそれだけの人望を集めている証拠だ。私とて、そこまでのことをしようとすれば人々の反感を買っただろう」
対照的に、レオンはクロトを称賛している。なんでだよ……。
先ほどの人々から税を巻き上げている話から、レオンも本当に英雄なのか怪しくなってきた。
「クロトが勇者だから許されるってのはわかったよ。納得はできないけどな」
渋々、この事実を受け入れる。クロトの様子から受け入れざる得なかった。
「ところで、レオンは人々から税を回収していたらしいな。なんでそんなことできたんだ? 英雄とはいえ、そんなことできる権力や地位はないだろ?」
レオンに疑問を投げかける。
英雄といえど、王ではない。税を集めることなどできるはずもない。
「権力も地位も私は持っていた。なぜなら私は、軍人から国家元首にまで上り詰めた男だからだ!」
「こっか……げんしゅ……? 国のトップってことか⁉」
「その通りだ!」
信じられない。
レオンは本当に王、またはそれと同等の地位にあったということだ。
この自信満々で偉そうな態度も、その影響なのかもしれない。
平然と盗みを働く英雄に、国のトップの地位にいた英雄。
この二人は本当に、俺と同じような英雄なのだろうか?
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