幼女が段に立つ。
「愛する信徒の皆様。このバカチン市国において、今、この場所で神は皆様の行動をご覧になられております」
赤みがかった祭服を身にまとい穏やかな顔で市民に語りかける。
「蛮行を改め、皆様が神にお祈りと供物を捧げ、贖宥を賜るのであれば救われましょう」
あれが妖精教皇。幼年9歳にして教皇になった少女。
ボクよりも若いのに威風堂々としている。
「社会と繁栄の礎とならんことを」
ファァァッーーーーーーーー
手を前に組み、目を閉じた瞬間に、教皇の手から光が溢れ出した。
「まずい!!あの光はっ!!」
ドッカーニさんが怯む。
「何をしているヨーク!!あの光は浴びちゃだめだ!!」
ドッカーニさんがボクの手を引っ張る。
「ちっ!!ずらかるぞ!!」
「…あの、光は…」
エンジゾル盗賊団の面々は、妖精教皇の放つ光に包まれた。
崇拝の洗脳を呼び起こす光だ。
その悪魔の光を浴びたエンジゾル盗賊団は、人が変わったかのように落ち着いた。
広場から離れたボクたちは話をした。
「え?なんで?あの光を浴びたらだめなの?」
「あの光は通称”悪魔の光”。浴びたやつは崇拝を強要される。あの光には気をつけろ」
「うん。わかった」
市民広場での演説は終了した。
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一方、ここは、教皇、つまり私の住居。部屋に移動する。
「教皇様。公務ご苦労さまでした。ンッフッフッフ。ごゆるりとお休みください。神の御加護があらんことを」
…よく言うよ。ただの金儲けの道具にしか見てないくせに。
サンドイッチを片手に持つ黒スーツの枢機卿『リシュリュー・W・マーネィ』は、私をここまでの立場に推薦した。
黒い祭服。必ずワンポイントでその時持っている一番高い装飾品を左胸に常に身につけている。イヤミやヤツだ。
恩義がある、と言いたいがあくまでもコレはビジネスの関係。
持てるカードを互いに有用活用しているまで。
『金を利する』とはよく言ったものだ。
手に持ってるサンドイッチも特注で、
「サンドイッチのピクルスは4方向ひし形にしてください」と厨房に怒鳴り込んで困らせているのだとか。
この世界の住人の感性はよく分からない。
「教皇様。お体を洗うお時間です」
ナイフを太ももに携帯しているメイド長のメアリーは、公務以外はいつも付き添ってくれる。
蒼色の髪、その目の奥に光るキリリとした視線。そしてたまに見せる笑顔。心が洗われるようだ。
名前は『メアリー・ショージ・セバス』。私は心のなかで「セバスちゃん」と読んでいる。昔良く見た創作の執事の名前「セバスチャン」から引用している。
メイドというよりもほぼ執事だ。『障子に目あり』とでも言わんばかりに気遣ってくれる。その有能っぷりはある女性を思い起こさせる。時として私でもはっとする意見を言ってくれる。正にメイドの鑑中の鑑。
「あ、あぁ。後にしてもらえないかな。少し横になりたい」
すこしぶっきらぼうに私は答えた。
「かしこまりました。起こすのはいつ頃がよろしいでしょうか?」
「夕食までに起こしてほしい。食事後に入るから」
「かしこまりました。おやすみなさいませ。教皇様」
…メアリー、か…この名前にはあまりいい思い出はないな。
ガチャッ
扉の鍵を閉じた。
「……………………はぁぁぁぁぁぁ」
バフッ。フカフカのベッドに横たわった。
『神に祈れ』、か。自分でも何を言ってるんだかな。
目覚めると、幼女の姿になっていた。前は神様なんて信じなかった。無論今でも信じていない。これは単なる事象だ。事象Xだ。
…前?9歳が何を言っているのか?と思うかもしれないが転生はこれで2度目だ。
神様の話を耳にしたのはフィクションの世界か、前前世の家の近くの教会の周りでしか聞いたことがなかった。
そこに出入りしていた人は鼻につく気狂い水やニコチンの匂いがキツかったな。
飲みニケーション依存に悩む子羊を導くためのボランティアという名の勧誘というやつだ。
ここは、そんなかつての近場の教会とは比べ物にならないほど大きい。装飾品も豪華だ。バカチン市国のトップたる教皇の住まいなのだから当然だ。
ただ、この装飾品の数々もお金あっての物種。寄付の賜物というわけだ。
その恩恵に預かっている私が言えた義理じゃないが、一体、創造主とやらが何をしてくれたというのか。
妖精教皇と呼ばれる私の前世の名前は『ソニア・スー・トレンチ』…だったかな?
名前だけはどうしても思い出せずにおぼろげだ。
確か、トレンチガンで殺された、スーの称号を持つソニアというアニメキャラが居たはず。そこからの命名だったはずだ。
前世は魔法のある大戦世界でエースとして前線で軍(士官学校での長、大隊から戦闘部隊まで)を率いていた。今考えると周りからは鬼軍曹にでも見えたかもしれんな。
そして、現世での名前は『バンシー・N・アティスール』。命名は創造主からの教皇に対する凶行。
日本語で「万死に値する」。どうあっても死ねという殺意を感じるのだが。
今は幼女であるというのは一緒だが前世とは以下の相違がある。
・喘息持ちで虚弱体質(『体は資本』を身を持って思い知らされている。走るだけで息切れする)
・職務上毎日祈らなければならない。職務放棄は文字通り”死”を意味する(前世は「必要が必要であるがゆえ」の時しか祈らなくとも良かった)
・祈りで他人を洗脳する(これではまるで全体主義だ)
…前世の戦場以上の地獄だ。地獄そのものだ。
屍の山の前世のほうがマシというのは感覚が狂っているのだろうか?
とはいえ悪いことばかりではない。
・祈りと演説を除けば夢にまで見た後方勤務。ついに手に入れた平穏な日々。
・ハリボテとはいえバカチン市国のトップ、教皇。
・枢機卿やメイド長メアリー以外の人と関わらずに済むため軋轢を生まずに済む。
・前世の知識があるため兵站を知らなくても良く暇を持て余しているため110万冊を超える蔵書数の図書館を独り占め。
とはいえ、新自由主義者の私にこんな理不尽な地獄を押し付ける事象を創造主とは信じない。
「創造主なんていない。事象Xだ」
力を使った代償からか、数刻もしないうちに羽毛に包まれ眠りへといざなわれた…。
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