・プロローグ
ここに、一枚の写真がある。
写真には穏やかな笑顔を浮かべる三十歳ぐらいの夫婦と、元気よくピースしている二人の男の子が写っている。
子供は計三人。ピースをしている二人以外に、父親に抱きかかえられている幼い子が一人。
写真に収められた五人は、この世に溢れている幸せな空気を全て吸い寄せているのではないかと思えるほど、自然な笑顔を浮かべている。
私の写っていない過去の写真。この写真を見ると胸が締め付けられる。
この幸せな場に私がいない虚無感と、この幸せな家族は二度と元に戻らない現実。
過去は変えられない。写真はその事実を痛いほど語りかけてくる。どんなに写真を細工しても、過去は変わらないのだ。
・7月20日
とても、天気のいい朝だった。
前日の天気予報では雨は降らないが、一日中曇りがちと言っていた。そんな予報が嘘のように晴れ渡っている。
天気予報士が嘘をついたのではなく、ただ、予報が外れただけ。それでも、晴れ間を望んでいない私は、目を覚ましたとき「嘘つき」と呟いてしまった。
日差しが強い。
今日も暑くなりそうだ。
冷房の利いた部屋の中でも、直接日差しが当たっている箇所は暖かい。朝でこの暖かさだ、昼は相当暑くなるだろう。
テレビをつけず、音楽もかけずに転がっていると、リビングから妹のユウとママの会話が途切れ途切れ聞こえる。
主に聞こえるのは、ユウの声。ママとユウの位置関係も影響しているのだろうけど、ユウは元気よく、はきはきと喋るので声がよく通る。
父は仕事で家を出たので、家にいるのは私を含め三人。私がいなければ幸せを絵に描いたような朝だ。
部屋から出て、笑顔で「おはよう」と挨拶をすれば、私を含めても幸せな空間になるだろう。
それは分かっている。
分かっているけれど、出来ない。
ママは優しく、ユウは私を慕ってくれる。悪いのは全て自分なのだ。
仰向けに転がったまま、一つため息を吐く。そうすると幾分、心が落ち着いた。
ため息が深呼吸の役割を果たしてくれたのだろう。
玄関のほうから物音が聞こえる。ユウが家を出るらしい。
私は起き上がり、部屋の窓を開けた。
昨晩雨が降ったようで、外は澄んだ匂いがした。地面を見てみると所々黒い染みを作っている。
あの後、雨が降ったんだ。降ったとしても、一時間ぐらいだろう。
ぼんやりと考えていると、玄関からユウが出てきた。
ユウは太陽が眩しいらしく、右手で光を遮りながら私のほう…つまり、部屋の窓を見た。
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