静かな空間だが、周りは全て家。窓に明かりが灯り、時々話し声も聞こえる。
こんな状態で叫ばれたら厄介だ。間違いなく周りの住人は家から出てくるか、警察に通報するだろう。
しかし、どうして立ち止まっているのだろう? 僕を恐れているのなら走って逃げるのが普通なのに、立ち止まっている。これでは襲ってくださいと言ってるようなものだ。
もしかしたら、僕を恐れていないのでは? 理由は分からないが、彼女なりに立ち止まる理由があるだけで、現在立ち止まっている理由と僕は無関係かもしれない。
夜な夜な絵を描く僕のように、この女性にも不審に見られるけれど、女性自身には重要な意味を持つものがあるのかも。
仕方ない、進むか。
なるべく女性と離れるように、女性と反対側を進みスピードを速めようとする。
斜めに進み、女性と反対側に移動している最中、状況に変化が表れる。
女性が振り向いたのだ。
それも、こっちが驚いてしまうほど勢いよく。
一瞬、手が止まり、動きが止まりそうになるが、ここで止まってしまったら却って怪しまれそうなので、車椅子を動かすのに集中する。
女性は、一息ついてから歩き出し、僕の横を通り抜ける。
いったい、なんだったんだ? 女性と僕は進行方向が同じだったのに、突然怯えるかのように立ち止まったと思うと、Uターンして恐れていた可能性がある僕の横を平然と通り抜ける。
理解不能だ。
さっきの女性が何を考えていたのか、いくら考えても分からないだろう。
考えに考え抜き至った結論が正解だったとしても、その結論が正解だと正解音が鳴るわけでもない。
要するに、考えるだけ無駄である。
僕は一度振り返って見たけれど、すぐに角を曲がったらしく、女性の姿は見えなくなっていた。
[Night- walker]
7月27日
僕は、まだまだ子供だ。
情けないと分かっていながらも、嫉妬してしまう。
羨ましいと。
紗緒里は、そんな僕の胸中を察していないらしく、明るく話を続ける。
夜の散歩は、慣れると楽しいと。
ダイエットするなら歩くのが良いと提案したのは僕で、紗緒里はその提案を聞き入れただけ。紗緒里は何一つ悪くない。
けど羨ましいのだ。自由に外へ出られる紗緒里が。
紗緒里が散歩をすると言い出した日の夜中。僕にとっては一度寝てからになるので早朝になるが、三時頃からずっと外を見ていた。
本当に散歩に出かけるのかを確かめるため。
僕が見ている限り紗緒里は外へ出てこなかったので、てっきり散歩を中止したのだと思っていた。
そのとき僕はホッとしたのだ。紗緒里が少し遠い存在にならず、僕と同じように、このマンションに閉じ込められた存在なのだと。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!