その際、僕は雑誌を立ち読んでいる一人の女性に目を奪われた。
女性を後ろ斜めから見たが、ショートカットなので顔が良く見える。
何か気になる話題が載っているのだろう、女性は雑誌に釘つげだ。
兄さんは気づいていない。
女性の後ろを横切るとき、女性は台車が通ると思ったのだろう、雑誌に向けていた視線を少しだけこっちに向けた。
僕と目が合った。
「健兄」
立ち読みをしていた女性、明日香は、視線を斜め上に変え、僕にではなく兄さんに声をかける。
「おっ、明日香。万引きか」
「するわけないじゃん。ただの立ち読み」
明日香は、はじけるように笑った。
客観的に見ると、とても可愛らしいのだろうが、僕から言わせると怖いの一言だ。
常にこの表情なら…いや、ここまでなくてもいい、柔らかい表情をしていればいい。
僕といるときは、この表情からでは想像できない、険しい表情を常にしている。
虫の居所が悪いとき、その険しい表情が一層強まり、もはや人間とは呼べない表情になる。
「健兄、偉いね。休みなのに」
何がどうとは明確に言わないが、明日香は遠回しに僕の心を傷つける。
明日香の本音はこうだ。
健兄は、せっかくの休みなのに、手のかかる弟を散歩に連れ出してあげるなんて、偉いねと。
「散歩は、俺の趣味なんだよ。晴れた日は特に気持ちがいいぞ」
兄さんは、明日香の皮肉に気がついたのだろうか? それはどうか分からないが、どちらも傷つけない返事をする。
それから二、三軽口を交わし、僕達は明日香と離れた。
明日香は、先程まで立ち読んでいた雑誌に視線を戻す。
コンビニで買うのは、もっぱら文房具とオーディオ商品だ。近くに文房具屋がないので、妥協する形である。
シャーペンの芯とDVD―Rをかごに入れる。
その間に兄さんは適当にお菓子を選んでいた。
まるで自分が食べるかのようにお菓子を選び、食べきれないからと半分以上を僕にくれるのだ。
自分が食べるのが目的ではなく、僕にあげるのが目的なのだろう。
必要なものをかごに入れ会計を済ませる。
僕達が買い物を終えても、明日香は同じ雑誌を読み耽っていた。
家に帰るまでの道のり、一度は明日香の話題が上がると思ったが、そうはならなかった。
上がった話題は、近くの商店街が寂れてきて、物悲しいという世間話。
僕等の住む街は田舎ではないけれど、都会とも言えない。近所に大きな店は少なく、少し遠出をすれば割合賑わう場所に出られる。
住むには打って付けの場所だ。
ただし、兄さんにすれば職場までの通勤時間が多少かかってしまうので不便だろう。
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