「うまくはいってないけど、深刻に悩むほど気まずい関係でもないから大丈夫」
「俺にとっては、その状態は大丈夫な状態ではないんだけど」
「兄さんのせいじゃないんだから、心配しないでよ。ただ、相性が悪いだけだから」
僕は、嘘を吐いている。
大好きで、尊敬している兄さんに嘘を吐いている。
それが心苦しい。
「明日香も反抗期だから、情緒が不安定なんじゃない」
「なら、いいけど。俺に対しては、いつも機嫌がいいぞ」
「兄さんは仕事であまり明日香に会ってないじゃん。きっと、明日香は社会人である兄さんに、大人の魅力を感じてるんだよ。
それに引き換え、僕とは年中顔を合わせてるから、うざいと思ってるだけ。
典型的な女子中学生なんだよ」
僕が十七で、明日香が十五。なおかつ下半身不随の頼りにならない兄貴。毛嫌いするのも無理はない。
対照的に兄さんは、二十四歳の社会人であり、僕たちの頼れる親代わりだ。
兄さんと比べられると、勝てる部分が一つも見つからない。
だからと言って、兄さんを妬む心はない。純粋に尊敬しているから。
気を遣ってくれたのだろう、それからは明日香の話題が出なかった。
兄さんは、僕と明日香が不仲だと知っている。
不仲なのを知った上で、明日香との関係を聞いてきた。
このパターンと逆パターンはあるのだろうか?
明日香に対し、僕とうまくいっているかを聞いたことがあるのだろうか?
気になるけれど、聞けなかった。結果を知るのが怖いのではなく、話をぶり返したくないから。
「それより、兄さんこそ恋人さんとはどうなの? うまくいってる?」
「問題なし」
兄さんは照れくさそうに断言した。
「せっかく休日に晴れたんだから、デートでもしたら? 僕だって、一日中家に引きこもってるわけじゃないんだから、休日のこの時間に散歩に出なくたって平気だよ」
「この散歩が終わったら、会う約束になってるんだ。だから、気ままに散歩を続けよう」
「早めに切り上げて、会いに行ってあげれば?」
「早めに行っても、向こうは仕事中だよ」
今日は平日だ。兄さんが休みでも相手が仕事なのは仕方がない。
「休みが合わないんだ」
「向こうの休み次第だな。俺は固定されてるけど、向こうは週によって違うから」
シフトというやつだろう。
僕は、兄さんがどんな会社に勤めているのか知らなかった。
アルバイトとかではなく、正社員として会社に勤めているのは知っている。
その会社がどんな会社か詳しくは聞かされていないし、聞いていない。
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