Night walker【ナイトウォーカー】

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#22

公開日時: 2022年2月1日(火) 18:44
文字数:1,028

 風景はこの一週間変わっていないので、僕はなるべく同じ位置、同じ角度のポジションを探した。車椅子を停めた場所にマークをしているわけではないので、これは記憶と感覚の問題だ。

 

 おそらくここだろうとポジションを決め、現在見える風景と、書きかけの下書きを見比べる。

 

 ほぼ同じだ。ここで良いだろう。

 

 おそらくここ以上の場所、角度は見つかりそうにないので、ここで決まりと踏ん切りを付ける。寸分狂わずに同じ場所を選べるはずはないのだ。多少の妥協は仕方がない。

 

 絵を描くのには集中力がいる。まだまだ未熟だからか、余裕を持って絵を掻くことができず、僕は全神経を描く作業に集中させる。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 気がつくと、二十分経っていた。

 

 早いものだ。

 

 もう少し描いていたいけれど、そのもう少しのせいで不審な人物だと怪しまれたら厄介なので、仕方なく帰ることにする。

 

 二十分なんて、驚くほどあっと言う間だ。カップラーメンを食べるのに二十分待てと言われたら気が遠くなるが、絵を描くタイムリミットが二十分は短すぎる。

 

 商店街から住宅街に移動すると、途端に生活感が漂ってくる。

 

 多くの家の窓から、光が漏れている。窓に光が灯る家の住人はほとんど起きていて、その一つ一つにそれぞれの生活がある。

 

 時折楽しそうな笑い声が聞こえたりする。時間が時間なので、子供を叱る声は聞こえなかった。

 

 被害妄想だと分かっているが、どの家も幸せそうに感じた。家族全体が仲良く結束し、困ったときは相手を補い、嬉しいときは喜びを分かち合う。全部がそんな温かい家庭に思える。

 

 もちろん、そんなはずはないと自覚している。ただ、僕と明日香の仲ほど険悪な関係は少ないだろう。

 

 夜の散歩は好きだけれど、住宅街は悲観的な考えが頭を支配する割合が多いので、あまり好きになれない。

 

 やはり、静まり返った商店街に限る。

 

 角を曲がりながら改めて実感していると、曲がった先の前方に若い女性が歩いているのが見えた。

 

 まだ終電が終わっていないこの時間、住宅街を歩いていて人と出会うのは多くはないが、珍しくもない。

 

 しかし、この女性は珍しかった。

 

 突然立ち止まったのだ。

 

 立ち止まり何かをするのではなく、ただ立ち止まるだけ。

 

 何もしていないのは後ろからでも分かる。

 

 両手をたれ下げ突っ立っているだけだから。

 

 僕は、少し怖くなった。それは女性が殴りかかってくるのではないかという恐怖ではなく、女性が叫びだすのではないかという恐怖。

 

 こんな体でも僕は男だ。静まり返った夜道で女性が恐れても不思議ではない。

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