一流の画家でもないのだから、この描く遅さは致命的だ。
それでも僕は、絵を描いた。これは僕の唯一のめり込める趣味だ。
しばらく絵を書いていると、玄関が開く音がした。
明日香が帰ってきたようだ。
自分の部屋に向かう際、僕の部屋と兼用であるリビングは通り道になってしまうので、嫌でも僕と明日香は一瞬同じ空間を共有することになってしまう。
この場合の嫌でもとは、僕でもあり明日香でもある。
兄さんには心配をかけまいと険悪ではないと言ったが、実際は険悪だ。
明日香が、リビングに足を踏み入れる。
僕は気づかれないように、それを横目で見た。
静かだった。
足音もしていない。
僕のほうから横目に明日香をずっと見ているわけにはいかないので、リビングに入った瞬間しか見ていない。
明日香がすぐ後ろにいる。分かるのはそれだけ。
後ろで、僕を刺すためのナイフを手に持っていたって、僕は気付かず集中が散漫な状態で絵を描いているしか出来ない。
内心恐れながらも、いつも通りを装いパソコンに向かっていると、 明日香の小さい声が聞こえた。
「イライラする」
ただそれだけ言って、明日香は自室に向かう。
今日は穏やかだったが、寧ろその方が怖かった。
何かを内に秘めているようで。
いつもは僕の身体的障害をヒステリック一歩手前のテンションで罵倒していたが、今日は静かだった。
静かだったが、いらだっている自分の心境を簡潔に言葉で表した。
その心境の変化が怖かった。
[Night- walker]
時刻は、夜の十二時に差し掛かった。
「本当に行くの?」
ママが心配そうに声をかけ、後ろではパパが納得のいかない表情を浮かべている。
なんだか、大ごとになってしまった。まるで田舎娘が親の反対を押し切り、東京に行くと言っているみたいだ。
「散歩に行くだけだから、大丈夫だよ。ユウだって、この時間にコンビニに行ったりしてるじゃん」
「そうだけど」
「少しずつだけど、外に出るのを慣らしていきたいの」
ダイエットのために散歩に行きたいと言ったら、確実に反対されるだろう。
両親に嘘を吐いて心苦しいが仕方ない。
実際の目的は違うけれど、外に出るのに変わりはない。外に慣れる練習にもなるのだから、なるべく気にしないようにしよう。
そうしないと尻込みしてしまい、私は緩やかに太っていき、デブな引きこもりという最悪な結果を招いてしまう。
夜、散歩に出るのは、私にとって全てプラスになるのだ。ここは少し勇気を振り絞り散歩に出よう。
納得していない両親に見送られ家を出る。
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