煌びやかな原色のネオン瞬く──歓楽街。
絢爛豪華な異色の都──中華街。
潮の香りと歴史情緒溢れる港──赤レンガ倉庫。
どれも表の顔は観光名所、日本を代表する有数のランドマーク──だが裏の顔は違う。
歓楽街は昔から関東の侠客、長尾組が賭場や風俗、薬物なんかのシノギを巡って争っている。
中華街には大陸系マフィア、カルテルが睨みを利かせ。
赤レンガ倉庫には毎夜のように、関西の新興勢力、羽籠組が人身売買や武器取引を行ってい目下、長尾組との戦争に執着している。
そんな陰と陽が混在する街──七浜。
そして誰に聞かせるでもなく、自問自答のようにこの街を語る俺──本郷 恭助はごく普通の高校生だ。
まぁ父親は『長尾の龍』こと本郷 允人って言って、最低のクズ野郎ってこと以外は至って普通。
着崩したブレザーとシワだらけのワイシャツ、ヨレヨレのグレーのネクタイを軽く絞め、煤けたズボンに手を突っ込む。
白息を吐きながらゴウゴウと唸る室外機に腰掛け、鈍色のビルに囲まれた路地裏から見上げた灰色の狭い空。
湿った雑巾のような汚い空を見上げていると何故か落ち着く、鼻を突く火薬の匂い、アスファルトを伝う血溜まり。
そして右手で熱を持つ回転式拳銃の弾倉から覗く、雷管の潰れた薬莢。
切り詰められたラバークリップを握り直し、ヨレヨレのワイシャツに隠したショルダーホルスターへ銃を納めた。
室外機から血溜まりを見下ろすと、アスファルトに頽れるパンチパーマの前時代的な──稲田は長尾組の若衆を束ねる男だ。
「俺は、普通の高校生だった。お前の兄貴分──本郷允人の事が殺したいほど嫌いな、ただの高校生」
返事の無い死体に白息混じりに語り掛ける。
「喧嘩もしらない、たまにカツアゲされて、昼に購買部で買うパンの種類に頭を悩ませ、声を掛けられない女の子に思いを馳せる」
重くのし掛かる『普通の高校生』という言葉。つい数日前までの俺の日常。
そのすべてが変わってしまった──彼女のおかげで。
「日向くんお疲れさまぁ~」
絹ように滑らかな緑髪のショートカット、雪原のように白い肌、モルディブの海のように深く綺麗な蒼眼。
そして俺と同じ高校の制服を着た美少女──一ノ瀬 雪子は音もなく現れるとスカートの裾から、グロッグ42を抜き死体の後頭部に一発撃ち込んだ。
「そろそろ行かないと、授業に遅れちゃうよ?」
死体に目を向けず、俺を見ながら優しく微笑む。
「人を殺した後に行く気分じゃねぇ……」
ついさっきまで命のやり取りをし、一瞬の気の緩みも許されない状況で辛くも俺の弾のが早く心臓に届いただけだ。
緊張が抜けない。それを一ノ瀬は俺と違い、稲田の舎弟三人も殺したのに、平気でこの後の学校を気にしている。
「うぅ~でもでも、今日は国語のテストもあるし……」
ぶつぶつ言いながら何かを考えている一ノ瀬は、手にした拳銃すらオモチャに見えるほど普通の女子高生に馴染んでいる。
彼女が、裏社会に名を轟かせる『冷血天使』だとは誰も思うまい。そんな高名の暗殺者に、俺は拾われた。
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