「ありゃしたぁー」
気だるげな店員の挨拶を聞きながらコンビニを出、俺はレジ袋に入った一つのカップ麺を見つめる。
「これが朝、昼、晩兼用の飯だ」
感慨深くも言い聞かせるように呟いた。
それと同時に下腹部や頬の打撲傷がヒリヒリ痛む。今朝カツアゲされたのにまだ痛みが引かない。
経緯はこうだ。
まず普通に学校に登校、冬場には珍しく不良共が俺の席でたむろしていた。目があった。殴られ、蹴られた。
ポケットに入っていた折り畳みの財布がポロリ『慰謝料代わりに貰ってやるよ』とのこと。
腹を殴って空腹に耐えて六限目、放課後のホームルームを終えて直行したのは、歓楽街にあるコンビニ。
たまたま入っていた新作カップ麺の引換券に救われて今に至る。
午後5時くらいだと大した賑わいは無く、眠らない街の寝起き姿ってところだ。着々と開店の準備をしている。
そんな中、俺はレジ袋と薄っぺらな学生鞄を携え帰路につく。俺の家は訳あってラブホテルの部屋を間借りしていた。
そのラブホテルは歓楽街から少し離れたところにあり、大衆居酒屋の脇にある狭い路地裏を抜けた先にある。
眩しいほどに照らされたビル郡の光を遮るよう、路地裏は怪しくも暗い影を落としていた。
不気味に唸る室外機を避けて人一人がやっと通れる広さ、アルコールのキツイ発酵臭がしなくなる程進むと、ようやく道が開ける。
と言っても路地裏を出たわけじゃない、幾重にも交差する路地、雑居ビルの室外機が連綿と空へと伸びていき、ピチャリとゴムホースから変な液体が漏れていた。
朱色の空は青白い夕闇へと移り、夕雲が黒々とした影の塊に変わる。
「相変わらず臭いな……」
文句を吐きながらさっさと狭い道から抜けようと暗がりを行く──何かぶつかり突き飛ばされた。
「いってぇ!」
尻餅をついてへたりこんだ俺を見上げる黒い影、いつの間にか日が落ちて辺り一面は闇に包まれていた。
「お、お前もあのバケモノの仲間か!」
小刻みに震えながら、白息を吐く男の嗄れた声──そして右手に持った白煙の狼煙を上げる鉄塊。
「何言ってんだよ……お、俺はただ……」
乾いた喉を鳴らしながら、必死に絞り上げた言葉は、興奮した男の耳に届く筈もなく──俺の頬を一筋の水滴が伝った。
月明かりに照らされた鉄塊が禍々しく、煤けて色褪せた遊底に降った水滴が、一瞬で蒸発する。
俺の眉間へと照準が合わさった時、ようやく俺は鉄塊が何であるか理解した──トカレフ TT-33……つまり拳銃だ。
「ま、待てよ……ちょっとま──」
ゆっくりと引き金に力が入れる黒革の手袋と、荒い息の漏れる男の口角は三日月のように吊り上げる。
俺の言葉を終える前に男の口から微かに聞こえた。
「し……ね……」
バァァァアン──咄嗟に目を閉じ、耳を劈く轟音がビル郡に響き渡り、空へ向けて咆哮が鳴り響いた。
そして同時に堰を切ったように、空から降り注ぐ雨音に掻き消されていく。
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