****『胸を張れ』********
私はいつもこうだ。大切な人に、守ってもらってばっかしで。もう嫌だよ。守られるのも、それに甘んじる自分自身も。ランはとっても優しくて。おばあちゃんは一番の理解者で。ついなは私を好きだと言ってくれて。
そんな皆が大好きで。みんなが私を想ってくれて。幸せ者だななんて、思ったりして。
もう、そんなのはこりごりだ。そのせいでみんなが傷ついてしまうのなら。私は、そんな幸せ必要ない。辛くていいから、みんなと生きたいし。苦しくてもいいから、みんなと飛びたい。
それを《願い》だというのならば。もう、甘えるな。私の手で、掴み取るんだ。
仲間に助けてもらえる《ヒロイン》だなんて勘違いしてんじゃない。私だって、《主人公》なんだから。
だから、もっと、炎よ滾れ!
「ッ──」
ランとおばあちゃんが作ってくれたこの《戦場》。ついなが《平面》を制する陸上選手ならば。私は、《縦》を行け。
壁を幾度も踏みつけ上へ上。あらゆる障害物を払いのけた、四方の《コース》を跳んで跳べ。私は《蹴る者》。たどり着いたその天井さえも、《蹴りとばせ》。
屋根を支える梁に足かけ、地面に向かって真っ逆さまに跳躍し。目指すは眼下、ついなの元へ。
真下へ向かって急降下。重力はさらに私を速くする。
あいにく、こと《スピード》を操る技術に関しては、ついななんかより、私の方がよっぽど得意。ヒノカグツチのせいで目立っていないけれど、私の方がすこぶる天才!
だから、私らしい──、《見せ場をよこせ》。
「ついな!」
その呼びかけに呼応するように、ついなが手にもつ金棒を上へ投げつける。急速急降下中の私はその金棒を掴み取り、鬼の脳天へ──、
「《鬼に金棒》!!」、《大地震》。
****『ついな』*********************************
ほこるの強襲。俺たちの連携は見事鬼にクリーンヒット。とてつもない衝撃波は確実に鬼の脳を揺さぶることに成功した。余波でさえビリビリとそのかいあってか、この日初めて、鬼が膝をつく姿を見た。
「ほこる、跳躍種目の方が向いてるんじゃないかな」
「うるさい! 私も薄々感じてたわよ! そんなことより、畳みかけるよ」
彼女の言葉に従い、俺たち二人は鬼から奪うことに成功した金棒を駆使し、奴に反撃のすきを与えまいと、攻撃を重ねた。
「いままでの、お返しだ!」
振りぬく金棒、鬼の胸部を打ち抜いた。
「利子つきで!」
ほこるの踵落とし、鬼の後頭部を踏みしだく。
だがそれでも、俺たちは《走者》であって《戦士》ではない。あくまでも《鬼の力》を扱い対抗しているにすぎず──。
「っな!?──」鬼は起き上がり早々、ほこるの足根っこをつかみ、壁に叩きつけた。
「ほこるっ──」
ほこるの心配をさせてもらう隙すら与えてもらうこと叶わず。超速で俺に接近した鬼の殴打。腹部に拳をねじり込まれる。
急所をもろに衝かれ、雷撃に似た痛みが全身を駆け巡る。口からは胃液が溢れ、次いで血が噴き出した。
内臓を、持ってかれた──。
常人には到底耐えることのできない痛烈。意識が、遠のく────。
****『ほこる』**************************************
全身の骨が軋む。脳震盪のせいか、視界が白光し呼吸器官がまともに機能しない。
一瞬だった。意識することも、なにが起きたのかも、まったくもって理解できなかった。
戦闘の才能すら持ち合わせているランならこうはならなかったかもしれない。
けれど私とついなは、ただの《高校生》で。あんな化け物と戦うことなんて、土台無理な話だった。
でも、そんなの。いい訳にすらなりやしない。この戦地を選んだのは私自身。真っ向から抗うと決めたのは私自身。私が選んだ道なんだ。なら、《痛み》くらいで、立ち止まっちゃいけない。それになにより──。ついなが《危ない》。
動いて、私の足。回せ、私の肺。息を整えて。やせ我慢でも空元気でもなんでもいいから。もっているものも、もっていないものでさえ。私の全部を使って、私よ立て! 行け!
「私の彼氏に、手を出すな!」
私の奇襲は功を制し、背後から鬼の頭蓋をなんなく蹴り上げる。
数舜ではあるが鬼の意識を撹乱に成功し、その隙に倒れ込むついなを拾い上げ遮蔽物に隠れる。抱きしめるついなは気息奄々、今にも意識の手綱を手放してしまいそう。
「大丈夫!?」
「た、立場が逆だよ……」
「ツッコめるのならまだ行けるね」
それがたとえ私と同じやせ我慢だったとしても。我慢できるのなら、まだ抗える。
「痛ってぇ……」
目尻から涙をぽろぽろと流し、それでも歯を食いしばって、立ち上がろうとするついな。可愛いくて、抱きしめたくなるようなその姿を、それでも私は押しとめる。
「ダメだよ、今のいざこざで金棒を奪い返された。いま下手に飛び出せば、ボッコボコにされるのがオチ」
冷静に、冷静に。急く気を落ち着かせ、状況をつぶさに観察するのだ。私はついなよりお姉さんなのだから、いま気を取り乱せば────。
そうして張り切る私の両頬を、ついなは手で覆い、額と額をこつんと合わせた。
近づく彼の顔に思わず赤面。冷静さなど瞬く間に吹き飛んで、大慌て。
「な、なに、急に。なに考えてるの?」
「ほら、顔怖いよ。《微笑みを絶やさない》」
なんの脈絡もない、唐突なその言葉。今の状況に対してあまりにも不釣り合いなその奇行。そんなものに私は──。
「ふふ。《今、咲き誇る花たちよ》か。古いよ、そのギャグは」
ソチオリンピックのテーマソング。その第一節。そんなものが。小学生の時に言われ飽きたその言葉が。それでもほんのすこしだけ、面白く。センスのないついなが、一生懸命考えてくれた一発芸なんだなと思ったら、嬉しくて。
「やっぱりさ、俺たちだけの力で戦うのは無理だよ。だってあいつ、化け物だもん」「同感」
同じ化け物(ラン)ならまだしも、私たちは人間だ。
「なら私たちらしくいこう。いつもみたいに」「遊ぼうか」
****『ついな』****************
全身の痛みは消えるどころかますます大きくなっていく。腹の中はぐちゃぐちゃになっているに違いない。骨が折れていないのが唯一の救いと言ったところか。でも、そんなもん、どうせ《幻》だ。
死した肉体がそう感じているだけの、《錯覚》だ。俺を殺したければ、高鳴る胸を潰して見せろ。とか、そんなカッコいいことを言ってみたり。つまりやせ我慢。
鬼が周囲の遮蔽物をねこそぎ《嵐》で吹飛ばす。隠れていた俺たちはいとも簡単に白日の下に晒されてしまった。
さて。遊ぶとは、つまりは《鬼ごっこ》のことなのだけれど。その遊びも今日で最後になるというだけあって、ほんの少し、感慨深くなったりも……、まぁしないけれど。
「じゃあ、《遊び》を終わらすために、《遊び切ろう》」
「そうだね。《楽しみ切ろう》」
鬼の駆け出しと同刻、俺は回れ右へと《逃げだした》。ほこるも頭上へ跳躍。
「《嵐》はもう効かない。《大地震》も超痛えけど耐えられる。なら、怖いのは《体が死ぬこと》。死なない方法は簡単、《攻撃を受けなければいい》。つまり、《逃げればいい》だけだ」
なんだかんだいって、結局は。いつも通りの逃避行。遊べばいいというわけで。
原点回帰にすらなりやしない、一直線上。明確なコースを、ただただがむしゃらと、最速で駆ければいいだけの。
「つまりは、俺の大好きな《全力疾走》。」俺の大好きな、陸上だ。
拍動が破竹の勢いで強まっていく。肺の酸素があまねく細胞にいきわたる。炎の活性化を全神経が教えてくれる。いつにもまして、気分も良好。
調子のいい理由? 単純だ。見上げればそこには、《ほこる》がいるのだから。調子が崩れるはずもない。
「さぁ、こい!」
奴の《嵐》、躱してよけて。奴の攻撃、身をよじる。ローキック、ジャンプし躱す。右フック、屈んでよける。
背を向け逃げる僕に、金棒を一振り二振り。嵐の烈風を追い風に、俺はさらに速力を上げる。
高速、最速、超加速。スタートダッシュにしてラストスパート、ようはそんな気分で全力疾走。
後先なんて考えない。《今現在》すら興味ない。
ランナーズハイが証明している。俺の心臓が絶叫している。《楽しい》と。
口角は緩み切り、乾く眼球はそれでも瞬きを許さない。死線をかけるスリルと、どこまでも疾く駆けゆく高揚感が、《鬼に対する恐怖心》などすっとばして、置いてって。
どこまでも前へ前へと連れて行ってくれる。筋肉が、細胞が、ホルモンが。滴る汗でさえ、歓喜している。
楽しい。鬼遊び、滅茶苦茶楽しい!
振り向けばそこには鬼がいる。《この速さでさえついて来られる》という喜びよりも、なお喜々なのは。《鬼自身でさえ、笑っていたこと》だった。
そうか──、お前も、楽しいか。
恨みはなく、憎しみさえない。もちろん《定められた敵》でもない。鬼は。お前は。れっきとした、《好敵手》だ。さぁ、お前なら、まだ遊べるだろ!
「んっりゃぁ!!」
四方の城を縦横無尽に駆けずり回る。奴の爪牙は皮膚をさき、奴の技は骨を断つ。
上等! 《肉を切らせて、骨も断たせて、命を守る》!
いつしか全身のあらゆる部位から鮮血が噴き出し、炎と共に地を赤く染めていく。だからどうした。そんなもの、足を止める理由には断じてならねえ!
膝小僧がすりむけたとしても、止まらぬが鬼ごっこのセオリーだ。男の道だ!
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眼下でついなと鬼の、壮絶な活劇が繰り広げられている。
「ついなもそういえば、あっち側の人間なんだよね。だから、へんに相性がいい」
ランに一発で気に入られたんだから、そりゃ才能あるわって話だよ。でもそろそろ、傍観者ってわけにもいかないだろうな。案の定──。
「来る!」
鬼が柱に掴まっている私めがけて、《壁を走って》追いかけてきた。化け物め……。
でも、相手が悪かったね。ついなほどの《狂走》相手とはいかないまでも、私だって《天才》だ。
ランほど《最強》でもないし、おばあちゃんみたいな《至高》ですらない。それでも私は《天才》だ!
こいつのせいでいろんな目にもあったけれど。それでも一番頼りになる、私の武器だから。私はもう、《死》に逃げない。
こいつに抗うって。ついなに《挑む》って決めたのだから。ついなが死んで『ごめんなさい』。それを私は『ありがとう』に変えなきゃいけないのだから。だから鬼、お前は──。
「私の《願い》に、お前は邪魔!」
鬼の顔を踏み台に、大きく跳躍。対角線上に回避する。それでも鬼は、幾度も幾度も私めがけて飛び込んできた。それをことあるごとに掻い潜る。何度だって退ける。
お前なんて、理不尽なイジメに比べれば、赤子の癇癪と同然なんだ。なら──。
「あやしつけてやるから、かかってきなよ!」
《奴の嵐》も。《奴の大地震》も。ついな風に言えば、《当たらなければ怖くはない》。
「何度やったって、同じ!」
常に鬼と対角線上になるよう距離をとる。もちろん鬼の方が足はある。
だからこそ近づかれたときは《鬼自身》を足場にしてよけてやる。
両足が地についていれば、そんな駆け引きはあっけなく瓦解され、その剛腕でもってして弾き飛ばされてしましまっただろう。でも、ここは空中。
《空中戦》に限ってはそうはならない。
攻撃のすべてに、《腰が入らない》のだから当然。それもこれも、私の城を、ランとおばあちゃんのリフォームで、最高の戦場にしてくれたおかげ。だからこそ、私のほうに分があるのは必然。
だとしても──。それで慢心するほど、私とて馬鹿じゃない。これまでの経験則、当然の対策。
鬼は。あの埒外は。何度私たちの予想を跳び越えたきた。幾度希望を絶望の闇に挿げ替えられた。いつくる──。奴の《驚愕》は、いつくるのだ。今か、数秒後か、数分後か──。
「きったぁぁ!!」
予想外の鬼手。奴はこの二日間で初めて、《金棒を放り投げてきた》。
今の今まで、直接的にしか攻撃してこなかったあの神器をだ。円を描くように猛烈なスピードで回転しながら、私に近づいてくる金棒。
いまだ空中にいる私ではよけられない────、「とでも、おもったかぁ!」
両手を円の中心部分にあわせ、跳び箱の上を前転する要領でぐるりと回転。スタントマンよろしく、アクロバティックに難を逃れる。ほれ、見たことか──。
「ッ!??」
視界が前方に戻るや否や、私の両目は大きくかっぴらく。鬼が私に向かって、跳躍しているのだ。つまり、《金棒は視界を乱すための、囮》。撹乱作戦。なんて。なんていうほどに、理不尽。でもね──。
「ヒーロー参上!」
ついなが跳び上がり、窮地の私をかっさらう。《鬼の埒外を警戒していたのは、なにも私だけではない》。
私はまだしも、ついなは黄泉に来てわずか五日しか経過していない。十年でもなければ、七百年ですらない。ならば必然、《固定概念》なんてものの持ち合わせはない。だからこそ、事実をただ《当然のもの》として受け止めることができている。
それでもあえて言うのであれば、《鬼は埒外で当たり前》という常識を勝ち得ている。
ついなは常識なんて合切捨て去り、つねに一手先を模索している。古強者ならぬ新強者(あらつわもの)なのだ。
普段人を褒めない私がこうまでべた褒めしちゃうのだから。ついな。君は今、とっても《カッコいい》よ。口には出さない。喜んじゃうだろうから。
「かわいい……」でもいっちゃう……。 ついなの横顔をみつめていたらつい出ちゃった。
「それっておかしくない!? カッコいいならわかるけどよ!」本音も出ちゃう。
ついなが私を抱えながら地面に着地。そっとおろしてくれた。
「ありがと」「おう! それよりも、鬼は──」
ついながすぐさま奴の追撃に対して警鐘を鳴らす。私たち二人はそれを見定めるべく鬼の方へ視線を送る。そしてその瞬間。私たちの理性は。決定的に、明確的に、破滅的に、無理の彼方へ追いやられてしまうのであった。時の流れが、ゆるやかに感じられるほどの、恐怖心──。
「「──」」
無言の驚愕、閉口する畏怖。奴が。鬼が──、《満面の笑み》で、私たちを凝視していた。それはまるで、我が世の春をと言わんばかりに。
「お、鬼は。俺たち二人が、《近づく》瞬間を、待っていたのか──」
鬼が私たちの常識を何度も超越したのと同じように。鬼からしてみても、私たちはここしばらく、奴の驚くような奇手を幾度も打ってきていて。ランの作戦に、滅ぼしたはずの町の再建。出ることの叶わぬ牢城に、あまつさえ自身の技を扱う私たちの登場。
奴はとうとうこの瞬間、私たちを狩るべき《獲物》ではなく。殺すべき《仇敵》だと、見定めたのだ。
つまり鬼は、全身全霊で、私たちを殺そうとしてきているのだ。
鬼が金棒を拾い上げる。その神器に、視覚情報のみでも明確に理解できてしまうほど、とほうもない熱量の《炎》が凝縮していく。
ランや、ついなが、ありったけの炎を技に込めていた時と同等。いいや、それ以上の《必殺》を、鬼は繰り出そうとしているのだ。
絶望感、恐怖心、そんなものでは到底片づけられない。脳裏によぎるのはただただ単純無垢な、《死》への納得。
それはそう、あの時の苦しみに似た──。
沈み、おぼれ、息が出来ずに。もがき、あばれ、後悔し。涙はながされ、それでいて、とても──、苦しい。
「ハハ、それってお前、《焦っている》ってことじゃねえか!」
それでも。そんな状況だというのにもかかわらず。ついな。君はどうして《抗える》の? 君はどうして《挑める》の? 君はどうしてそこまでも、《君》であり続けられるのよ……。
「ほこる、危ないから下がってろ!」
私を押しのけ前へ出るついな。両手を大きく開き、鬼と向き合う。
その姿勢はまるで、私を庇っているみたいで──。
ついな、それはダメだ。ダメなんだ、嫌なんだ。やめて。私の為に、そんなこと。もう──、耐えられない。
「嫌! いかないで!」「無理だね!」
君はいつもそうやって、私を庇って。おんなじくらい、私もついなのことが好きなのに……。そんなのないよ。ズルいよ!
「どうして!」と、立ち上がり、彼の背中にしがみつく。
そんな私を、ついなはドンと、突き飛ばした。とっても強く、そっと優しく。尻もちですら、なんの痛みもなくて。あぁ、君は。
「俺が、《男》であるために────」
その瞬間、視界のすべてが、真っ赤な炎に覆われた。
****『ついな』*********************
「グフッ」目覚め。
何秒気を失っていた? どれほど意識を手放していた?
ほこるは……。
「あぁぁぁっ!!」
彼女の悲鳴、その絶叫。背後からそれを感じ、よかった、守れたと安堵すると共に──。
「────」
全身を襲う、未知の《痛み》。さらにその《先》。
体中の穴という穴から体液が噴き出す。炎で炙られたかのような、《熱》と《暴力》。いいや、まさしくその通りなのだ。
周囲には焦土の香り。何が起きたのかをようやく悟る。
宇宙規模の熱量、逃れることのできない《必殺》を、鬼は撃ちだしたのだ。
この場で唯一無事だったのは、ほこるのみ。それ以外の物質は、根こそぎ焼き尽くされてしまった。
《嵐》でも、《大地震》でもない。奴の全力は、あの世の使途にまことふさわしい、《地獄の業火》であったのだ。その威力はそう──、鬼をも殺す。
全身はもれなくただれ。血すら焼き塞がれて、零れだしさえしない。
まさに死に体。まさに死屍。《鬼の体》を得ていた俺ですらこの惨状。その威力がいかほどのものなのか。考えるまでもなく、考えたくもない。でもさ、それでもさ──。
「────」声にならない、魂の勝鬨。ざまーみろと、してやったりと、卑しく笑え。たとえ炭化した頬が落ちようとも。
救えたのはほこるだけ? 上等じゃねえか。それ以外に、いったい何を守れという!
「ついなぁ──」倒れそうになるのを、ほこるが受け止めてくれた。眼球はとうに焼け焦げ、彼女の顔を見られないことが少し、心残り。
もうじき死ぬ。
****『ついな』***********************
「ばか、ばか、ばかぁ!」
だな、俺は馬鹿野郎だ。ほこるをまた、泣かせてしまった。
「どうして、いつも、いつも……」
いつも君のことを、思っているから。
「ありがとう。嬉しい。でもそれ以上に、悲しい」
どういたしまして。でも、悲しいのは嫌だな。
「どうして、いつもいつも。私は君を、ゆるさないよ」
昔なら、別にいいと言えたけれど、今はどうかな。もう、嫌われたくないな。
「だから……、私を一人にしないで」
ごめんね。本当に……ごめん。
あぁ、心臓、止まったな。意識が、遠のくな。でもさ。死ぬっていうのにさ。どうしてこんなにも、幸福なのだろう。
きっと、ほこるの腕の中で、死ねるからだ。好きな人に抱かれて終われるからだ。とってもとても、果報者だな、俺は──。
「あぁ、あぁ、あぁ!!」
死にゆく体でそれでも聞いた。彼女の、その言葉を──。
「そうやって……。いつもそうやって見栄ばっかり張って、気ぃ張って! 嫌だと言っても意地張って……。男だからって言い訳して体張って私を守って! でもそれは嫌なんだよ。守られてばっかりじゃ嫌なんだよ……。
ダメなんだよ。救われてばっかりじゃダメなんだよ。ついなが《男》だからって言うのなら、じゃぁ、《女》の私は、いったいどうすればいいのよ……」
その叫びを心は聞いた。頬が彼女の涙を受けた。俺の知る答えがあった。
ならダメだ。このまま終わるだなんて絶対ダメだ。それだけはしちゃいけない。この思いを伝えられないまま死ぬだなんて許されない。カッコよく死のうとするな、ダサくてもいいから生きて伝えろ。
神でも、仏でも、悪魔でも。イザナミでもカグツチでも、なんでもいいから、この一言だけは、俺に!
────────、『汝の望みを叶えよう』 恩に着る。
「私は、どうすれば……」
「胸を張れ」
****『ほこる』******************
「あぁぁぁ──」
ついなの体はもう動かない。こんなにもポカポカで、こんなにも暖かいのに。もう、動いてくれない。そんな彼を、鬼はそっと。弔うように、慈しむように、手で触れる。
「ついなに触るなぁ!!」
叫ぶ私をじっと見つめる鬼は、物言えぬその表情で、なにかを訴えかけているように。じっと、じっと……。
ただただその場に、立ち尽くしていた。
「どうして。どうして何もしない!」
どうして私を殺さない。ついなのように、私を焼かない。
いくら私が叫んでも。どれほど私が罵ろうとも。鬼はじっと、私を見つめていた。
「わけわかんない……。ねぇ、ついな。わたし、どうすればいいのかなぁ」
──『胸を張れ』。なによそれ。どういう意味よ。私に誇れるものなんてなにもない。私は最低な女なんだ。だからついなを死なせてしまったんだ。一度だけでは飽き足らず、二度も。そんな奴が、どうして胸を張れるなどと、思えるのだ。
「うん。ムリだ。今のままじゃ、胸を張って生きられない」
どうすればいいのかわからなくて。今のままじゃ胸を張れない。
そんなとき、じゃあどうすればいいのか。
その答えを、それでも私は知っている。黄泉にきて、ランと、おばあちゃんと、そしてついなと。皆と出会えて、ようやく知ったこと。
《生きることとは、生きること》。どうすればいいかわからない。なら、わかるようになるまで生きればいい。胸を張って生きられない。なら、胸張って生きられる道を──、生きて探す。
「普通だな。普通過ぎて、私らしい」
だから、死ねない。
「あとは、私が私であるために」
私のわがままを、貫き通そう。もう甘えない。私だって主人公なんだ。なら、自分の手で、掴み取れ──。
「皆と生きたい」
ランと、ババちゃまと、ついなと。大切な皆と、それでも生きたい。
ランは敗れた、だからどうした。おばあちゃんも死んだ、それがどうした。ついながやられた、どうでもいい!!
そんなこと、どうだったっていい。それがたとえ真実なのだとして、もう敗北は揺るがないのだとしても。その現実に。その絶望に。それなら私はこう叫ぶ──。
「全部、《なかったことにしてやる》!」
両頬パシッと叩き気合を入れる。鬼をムッと、睨みつける。
「あんた、もうヒノ技使えないんでしょ。ついなのヒノカグツチが消えて、もう体力が残っちゃいないんでしょ。だからそうやって突っ立っていることしかできないんだ。ふんっ、ざまーみろ!」
べっと、舌を出す。さて、そろそろ試練が始まり一時間。つまり、もうすぐ終わりを告げる、花火があがる。そしてその光はきっと、《鬼遊び》の終焉でもあるはずで。
では最後の遊びと、いくとしよう。
「これが私の、ヒノカグツチ──────」
みててね、ついな。きっときれいな花を、咲かすから。
全身から炎が噴き出す。ポカポカ。
花火玉が私の頭上をピューッと飛翔。私はそこにむかって、大ジャンプ──。
私の遊びは《缶蹴り》なのだから。ヒノカグツチは当然──。
「なっ──!」そんな私の首筋を、追って跳躍した鬼がガシッと掴む。でも、もう遅い。
もう花火玉は、すぐそこだ。死に《抗い》、自由に《挑み》、私《らしく》、《生きて》やる!!
「咲き誇れ!!」
バン────────────。
「あぁ」
あぁ──、とっても奇麗。
私たちの火がこれほどまでに美しいというのなら。ほんの少しだけ。ほんの少しだけだけれど。胸も張れる。
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