ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

第一章 アメリカ王国編・出会い

第一詩・目覚め

公開日時: 2021年12月24日(金) 12:45
文字数:4,585

 重い瞼を開く。

 そこには見覚えのない白い天井。3度だけ、ゆっくり瞬きをした。


(…………病院……)


 確信したわけではなく、ただその単語が頭をよぎった。ここにくるまでの記憶はないが、自分の部屋じゃないことは理解できたからだ。

 いったい、なぜ自分が病院にいるのか。状況を把握しようとしたその時、右から自分とは違う呼吸音が聞こえることに気が付く。斜め横へ重い頭を動かすとキラキラとした珍しい黄金と青いメッシュ、角のような髪飾りをつけた頭が、そこにはあった。


(女の子? ……外国人、か……)


 それはベッドに頭を乗せて眠るツインテールの可愛らしい女の子の頭だった。当然、知らない子だ。

 迷子だろうか、起こしてあげようと細くなった手を伸ばす。指が髪に触れようとする瞬間、それを感じ取ったのか、女の子はビクッと体を震わせてはパッチリと大きな蒼い瞳を見せた。





「……起き、たの? ……」


(日本語……?)


 女の子は時人を見つめ、そう呟いた。

 その言葉になんと返せばいいのかわからず、今度は素早く3度瞬きをした。それを見た女の子は勢いよく起き上がり、驚愕の色をあらわにした声をあげては部屋から飛び出してしまった。


(……なんなんだ、今の。かわいい子だったけど凄い声だしてたな……)


 今は理解しなくてもいいか、とまずは体を起こす。ここでようやく時人はある違和感を覚えた。

 病院で眠っていたのであれば何かしら体についているものだが、自分の体には包帯も管も、何か病院で眠るような原因になるものが全く見当たらない。それどころか、時人の体は自分の記憶より少し小さくなっているように感じた。

 細い脚、細い腕。小さな足、小さな手。前よりも短くなっている指で恐る恐る自分の顔に触れる。


「? ……??」


 ────そこにあるのは強烈な違和感。


 ほんの少し小顔になった頭を撫でまわす。あの目立った赤茶髪が、藍色にも見える黒髪になりきっていた。触った感覚だけでは全貌はわからないと、己の姿を確認するために鏡が無いか辺りを見渡す。

 もうひとつ、違和感を見つけた。

 病室にしては少し広すぎるように感じる。そして豪華すぎる。それはもう、仲村先輩に見せられた漫画にあるようなファンタジー的豪華さだ。


「……あ、ぅ………………」


 驚愕のあまりか、喉が渇いているせいか、慣れていないのか、恐らくその全てが理由でうまく声が出せなかった。

 ──何かがおかしい。何もかも、変だ。

 混乱する時人の前に部屋の扉が開く。先程の黄金色の髪をした少女と……明らかに日本人どはなく顔と見慣れない祭服の大人たちが爛々とした瞳で部屋に入ってきた。


「おお、おお! 本当に目を覚ましておる!」

「ついにこの日が! ああっ、長かった!」

「神の落とし子よ。どうか我らを救いたまえ!」


 時人を見てはざわざわと騒ぎだす大人達。それを黄金色の髪をした少女が止めにかかる。


「みんな、あんまり騒がないであげて。びっくりしてるわ」


 少女の言葉に場は静まった。

 時人は何が何だかわからず、困惑した表情を見せる。そして一人の老婆に気が付いた。その老婆は全身がうつる程度の縦長の鏡を手にしていたのだ。


 その鏡は時人へと向けられていた。





「こ、ここッ……この顔……なんで!?」


 時人は飛び上がり鏡へと飛びかかる。喉の渇きはいつの間にか忘れていた。


 鏡の前に映る自分の姿は、別人だ。

 微塵の面影もない。自分がどういう顔をしていたのかすら、頭から飛び抜けてしまいそうになるほどだった。


 ──いったい、誰だ。鏡の前にいるのは。ここにいる自分は本当に天草時人なのか。背筋が凍る。こんなもの、理解できたものではない。目が覚めると自分の姿が変わっているなんて非現実的にも程がある。


(……そう、だ……そもそもオレはどうしてここにいる? どうしてこんなことになってるんだ!?)


 鏡の前を見つめながら僅かに記憶をたどる。


 帰宅途中、歩道にいたら何かがぶつかってきた。恐らく、車だ。踏み間違いかなにか、暴走した車に轢かれてしまったんだろう。そこまではなんとか辿り着く。しかし自分が自分でなくなっている原因だけはどうしても思い出せない。そもそも、そんな記憶は存在しないとでもいうように。


「…………大丈夫?」


 ハッ、とした。

 少女の顔が、心配そうに時人の顔をのぞいていた。


 大人達はそれを見てまたざわつき始めた。


「目覚めたばかりなのに鏡を理解している……それも言葉が通じているぞ」

「やはり特別な子だ。神のご加護があるのだ」

「ああ。神は我々を見棄ててはいなかった…!」


「…………えっと……」


 混乱したままの時人は群がる大人たちへ問いを投げた。


「なんなん、ですか? これは……一体……」


 うまく説明ができない。けれどどうにか現状理解ができていないことを伝えようとした。


「……あの」


 一人、部屋にいた大人の男性が声をかけてくる。


「もも、もしや、神の子としての自覚が、無い……?」


「神の子……?」


 その言葉に眉をしかめる。

 そういえば、と先ほどのくだりを思い返した。


(……神の落とし子だとかなんとか……え? オレのこと?)


 時人の反応に、大人たちは先程とは違うざわつきを見せた。それはなにかを疑うような視線だ。


(な、なんなんだ? この人たち何を言ってるんだ? ……神のご加護とか神の子とか神秘的なものとか……)


 そこまでいってようやく頭が回り出す。思い出したのは仲村の姿だ。


(これ……なんていうんだっけな。転生、的な? 来世?)

「あれ、オレ死んでる?」


「え? 今なんと?」


「ああっ、えっと、その!」


 ゴホン、とわざとらしく喉をならす。

 今、確実にしたいのはひとつ。自分が何者であるかだ。


「……あの、オレってぇいったい…………」


「神の子だ!」


 まだ言葉の途中で、その場にいた大人達が大声でそう声をあげた。


 神の子。

 にわかには信じがたい言葉に、時人は頭をかかえる。心配そうな表情のまま少女が説明をした。


「……神の子とまではいかなくても、貴方は神様が地上におとしてくれた子なの。ずっと眠っていたから知らないんだと思うわ?」


「……神様が落とした子……?」


「そうじゃ、試しに精神を集中させ、祈ってみてくだされ。啓示がおりてくるかもしれませぬ」


 先ほどの老婆が上を指差しながら提案をなげかける。周りの大人たちもそりゃいい、と顔色が明るくなった。


「そうだ、レヴィのいう通り眠っていたから知らないのだ。どうですか我ら未来の英雄よ。神のお言葉に耳を傾けて頂けますでしょうか……?」


(レヴィ……この子、レヴィっていうのか)


 レヴィと呼ばれた少女のほうを振り向くと、目が合い、レヴィは優しく微笑んだ。

 ドキリ、と時人は感じたことのない感覚に思わず手で顔を覆った。


(……?)


 何を勘違いしたのか、大人達はそれを見て


「おお、傾けてくださいますか!」


 と歓喜の声を出した。


「え? ……ああ、じゃあ、ちょっと集中してみます……」


 できるわけないけど、と思いながら手をどけて目を閉じる。


(神の声、神の声ね…………ケイジってなんだ? わからん……そもそも神ってどこに居るんだよ……そういえばさっきおばあさんが上を指さしてたよな? ……空? 宇宙の彼方?? ──ッ?)


 意識を上に向ける。

 時人の瞼の裏に見たこともない景色が現れる。空、宇宙の彼方か。

 ──まさか、と思いながらもその先に集中する。


 集中、してしまう。


 視界が乱れる。

 赤だったり、青だったり、白だったり、色の無いなにかが蠢き、蠢き、蠢き──その奥に、誰かを視た。


(……あれ……今、目が合っ────)







 ゴポッ びゅ、 ブシュブシュブシュ






 城の道中、アメリカ王国国王陛下直属の部下である男プロムス・サギッターリウスはザッハークと共に目を覚ました元赤ん坊のいる部屋へと向かっていた。


「竜王ザッハーク殿! 楽しみですなあ。一体どんな子なのか……やはり英雄らしい威厳に満ちたお声で……」


「英雄だろうが幼少期は皆ただの子どもだ、あまり期待しすぎるな」


「おおぅ、そうなのですか? 失礼。ワタクシ英雄はアンリ様しか見たことがないもので」


「……アイツに威厳があるかどうかも怪しいが──」


 言葉が途切れるのと同時に、ザッハークの動きが一瞬止まった。


(……今のは……)


「? ザッハーク殿……」


 そう名を呼んだときには既にザッハークの姿はなかった。ザッハークは既に時人のいる部屋の前だ。


 大きな音を立てて部屋の扉が開かれる。

 するとそこには、天井を見上げながら顔から血が吹き出し痙攣する少年と、その横で困惑するレヴィの姿があった。レヴィはザッハークに気が付く。


「竜王! どど、どうしよう!? アタシ、アタシ血を止めようとしたんだけど止まらなくって……!」


「下がっていろ」


 ザッハークは迷いなく時人の前で膝をつき、時人の頬を持ち上げて声をかける。


「おい、しっかりしろ。聞こえるか? 視るな。落ち着け、その先は視るな。オマエが今視るべきなのは上ではない」


「ぅ、ぐ、が!? ア、ア、ア、ァ」


「呑まれるな……時人。大丈夫だ、落ち着いて、私を見ろ。目の前を意識しろ。オマエなら出来る。オマエなら自分で抑えこめる筈だ」


「──はあ、は……はあっ! ぜぇ……ッ…………ぁ……!!」


 ザッハークは言葉をかけ続け、次第に時人は意識を取り戻していくのが端からみて理解できた。


「よ、良かった……一体、どうしちゃったの?」


「……顔を拭ってやれ」


 レヴィの問いには答えず、ザッハークは時人の様子を見つめる。時人のほうはひどい状態だ。


(……なん、だ……すごく、痛い……このひと、だれだ? なんか、名前を呼ばれた気がする……)


 頭痛と熱、気持ちの悪い眩暈が時人を襲う。視界は真っ赤でじくじくと瞳に痛みがはしった。口のなかは鉄の味でいっぱいだ。


「い、今からタオルで拭うね? 痛かったら言って?」


 レヴィの言葉に時人はただ頭を上下に振った。なにが起きたのかまるで理解できない。ただ、もう二度と上を見たくなくなったのは確かだ。それを感じ取ったのか、ザッハークは立ち上がりながら「それでいい」と同意する。


「あまり余計なものを視るもんじゃない。危うく死ぬところだった」


「……? ……!?!?」


 一同が驚愕し、場が静まる。そのなかへ疲れた様子でプロムスが部屋に入ってきた。


「急に先に行かな……ど、どうしたのです!? 血がこんなに!!」


「国王には私から報告する。血が止まったらシャワーでも浴びさせて新しい服でも着せてやれ」


 そこまでいうと、ザッハークは再び時人の方へ視線を向けた。真っ直ぐとした赤い瞳だ。


「今後、モノを集中して視るのは控えろ。オマエ達も子ども一人に群がるんじゃない。侍女と交代しろ」


「ザッハーク殿、もうよろしいので? 検査の方は?」


「それは終わった


 ザッハークが颯爽と部屋から出ていくと、プロムスはやれやれと溜め息をついた。


「ほれ、皆の者。竜王の言うとおりさっさと部屋を出ないか。ああレヴィ、お前は残ってくれ。同い年の子がいたほうがその御方も落ち着こう」


 プロムスにそう言われ、神父のような格好をした大人達はぼそぼそと呟きながら部屋を出ていき、入れ替わるように数名の女性が部屋に入る。

 部屋にいるのは時貞とレヴィ、そしてプロムスと侍女だ。


「これから侍女をお連れします。入浴を終えたら身支度を。国王陛下との対面の後、安全を確認次第演説を行います」


「こくおう? えんぜつ?」


「詳しい話は後程」


 プロムスはニコッ、と微笑んでからあれこれ侍女に指示を出し始めた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート