ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

プロローグ・地Ⅱ

公開日時: 2021年12月24日(金) 12:45
文字数:3,657

 3月の終わり頃。

 AM9:20。


 都心にあるそのアパートは新築のように綺麗ではあるが、人ひとりしか通れぬような狭い廊下の造りになっている。

 3畳ワンルームのアパートだ。

 朝からそんな狭い廊下を走る赤茶髪で背丈のある青年・天草時人は、やはり狭そうに玄関を潜り抜け、2歩ほど進んで右横にある洗濯機の上にリュックを置いた。


「どこだっけなあ」


 探しているのはスマートフォン。

 アパートを出て駅前に着いたところでスマートフォンを家に忘れたことに気が付いた。休んでいる余裕はない、バイトに遅れてしまう。そんな焦りと共に奥へ進み3畳の部屋を見回す。


 部屋にあるのは小さな机とノートパソコン。そして"お土産"程度。テレビすらない寂しいその部屋は、物探しをするのに時間はかからなかった。すぐにスマートフォンがないとわかると、戻って玄関上にあるロフトを確認しに向かった。


「……っと、あった!」


 綺麗に畳まれた布団の上に青のスマートフォンがポツリと置かれていた。

 手に取り早速バイト先へ向かおうとしたその時、見慣れない通知が届いていることに気が付く。


『おはよう!トキ生きてるか~?』

『お姉ちゃんはな、な、なんと!子どもができました!(*ノωノ)キャッ!』

『4月12日、トキ誕でしょ?? 18歳おめー!

だからその日、家族みんなで集まって私の妊娠&結婚祝いとトキの誕生日パーティーをしたいんだけど、来れそう?』

『てか来いよなー!大好きなつる姉の為に!』

『お仕事頑張って♥️連絡待ってます♥️』


「うわ……」


 声に出さずにはいられなかった。

 姉のことは嫌いではないし、姉の妊娠も結婚も素直におめでたいと思う。ただ、『家族みんなで集まって』の一文が彼の表情を暗くしたのだ。

 両親の姿がフラッシュバックする。

 ────余計なことは思い出したくない。

 一言の返信もせず、天草あまくさ時人ときとはスマートフォンをズボンのポケットにしまった。


 AM10:45

 急ぎ足で着いた場所は大きなデパート内の飲食店。従業員用の出入口でまず出会ったのは同じ職場の先輩であり副店長の蔵井くらいさんだ。


「お、お、おはよ~おう、トッ、キィ~」


「おはようございます!蔵井さん今日も萌え袖かわいいですね!」


「う、う、うん? ふふ……と、トッキー、は11時ィから、だっけ、きょ、今日はギリギリだ、なァ」


 コートが伸びすぎて袖が垂れ下がっており、フードを目元まで深く被りながら震えるように喋るその姿を、接客業の副店長とは誰も予想だにしないだろう。天草時人もそのひとりであったが、仕事になると人が変わるようにハキハキとした人物になる蔵井に度肝を抜かれ、それからは結構懐いている。

 ……ちなみに、30代半ばの男性である。


 蔵井と共に職場のバックルームに着くと、そこには口元のホクロが特徴的な巨乳美女・早乙女さおとめが天草時人を見て瞳を輝かせた。


「あ~ん時人くん!! おはようおはよう! ねぇねぇ聞いて聞いて! 厨房の仲村なかむらさんいるじゃない? 朝 駅前の信号で出くわしてここまで一緒に来ちゃったのきゃーー!」


 朝とは思えないテンションで飛び付いてきた早乙女に、二人は少し身を引いた。


「お、おはようございます。早乙女先輩、彼氏いませんでしたっけ?」


「それとこれは別なの! アレはお金は持ってるけど不細工だもん! イケメンとの時間って貴重なのよぉ! 食べちゃいたいくらい!」


「あ、あんまり、大きな声、は、出さな、い。外に、ひ、ひ、響く、からさ……」


「あっ副てんちょーいたの!? ごめんなさい、おはようございま~す」


 ペコッ、と軽く頭を下げる早乙女に、蔵井は薄気味悪く微笑み返した。


 厨房の仲村さん。確かに容姿はかなりカッコよくはあるものの、実はかなりの二次元オタクであり、イエスショタロリノータッチ!と叫んでいたことは、言わないほうがいいかと天草時人は苦笑いをする。


「そ、そう、だとと、トッキィ。4月の、予定……まだ、記入してない、よな?」


「ああ、そういえば。まあオレ暇なので毎日出れますけどね」


 時人はすぐさまポケットからボールペンを取り出しシフト表に丸をつけ始めた。


「時人くん中卒だから学校ないんだっけ」


「はい。色々あって高校には行かず……」


 言葉がつまる。4月12日の欄で一瞬、姉からのメッセージを思い出したのだ。

 ──それでも、と丸を付けようとしたその時、蔵井が声をかける。


「12日。トッキー、誕ん、生日、だよなァ? や、休んでも、いいんだぞ……や、夜勤、も、してる、だろうし、な……」


「えーウッソ超大変じゃん! 誕生日くらい友達と遊びな~! プレゼント13日に渡すね!」


「……すみません。ありがとうございます」


 蔵井はわかっていた。

 時人がこの職場でバイトを始めてはや2年。プライベートの話をあまりしない仲ではあるが、彼が今どんな環境で暮らしているのかは察しがついている。


 誰かの親切を、蔑ろにしたくはない。


 パーティーに参加する気は無いが、二人の言葉に甘えて丸は付けなかった。


 4月12日。

 AM8:30。

 大きなデパート近くの駅でバッタリと知り合いに出会う。

 職場の先輩、仲村だ。


「あれ、天草じゃん。今日シフト入ってなくね?」


「えっ……ああ、今日って12日でしたっけ」


 毎日シフトが入っているのが当たり前だった時人はつい休みをいれた日に働く気で職場近くまで来てしまっていた。

 そんな後輩の姿に仲村は目を丸くしては笑い出した。


「あっははは! マジかお前! もはや職業病の域こえてるって!」


「……でも先輩も今日シフト入れてないですよね?」


「そりゃっ──今日は発売日だからな。ああっとお前は知らんでいい聞いちゃいけない聞かない方が幸せなこともあるんだ世の中にはそれはそうとこの子可愛くない? 今日発売するゲームのキャラなんだけど」


 早口でそういいながらスマートフォンの画面を見せつける仲村。

 角の生えた金髪ショートの子どものイラストだった。


「角っ娘ですか……かわいいですね……」


「だが男だ」


「すみません、守備範囲外です」


 その返答にがっくりと肩を落とす仲村。

 時人はオタクではないものの、引かずにオタクの話を聞いて理解しようとしてくれる素直なところを仲村は気に入っている。

 そして時人のドラゴン系少女が好きという仲村側の世界に向いた性癖を利用してどうにか引きずりこもうとするが、時人自身ゲームはおろか趣味そのものがなく、ただ話を聞いてくれる存在で止まってしまっていた。


「お前はほんと、勿体ないよ……」


「? それはそうと、先輩の買い物付いてっていいですか? オレかなり暇なんですけど……」


「それはいいけどすぐ終わるぞ? 家までは連れてってやんねーからな」


「はは、十分ですよ」


 ああは言うが仲村は知り合いが一緒だと店に長居するタイプであることを天草時人は知っている。昼頃には終わりそうだがそれでも充分、今日は暇の時間を潰せると思った。


 ──案の定……というか途中でマックやらゲーセンやらにいってしまい思いの外時間が経っていった。

仲村とは駅で別れ、時人は一人だ。


(16時37分……)


 スマートフォンで時間を見る。

 あれから姉への返事はしていない。申し訳ないと思いながらも、仕方ないとも思っている。


 親に、会いたくない。


 ただそれだけだ。それだけが時人にはとても辛く、厳しい。逃げられるならば逃げられるところまで逃げ続けたい。得にもならないのにわざわざ己を苦しめるものに立ち向かえるほど強くはない。


(…………ダメだ)


 アルバイトのない日、仕事をしていない時間、ゆったりと時を過ごしているとどうしても思考が過去ばかり追う。

 誰かと話したい、忙しさが恋しい。

 今から戻れば仕事はあるだろうか。


 後ろから自転車が、既に散った桜を舞い上がらせながら通っていく。時人はハッと我に返り、辺りを見渡した。

 もう家の近くだ。


(17時7分……)


 改めてスマートフォンで時間を見る。そのとき、画面上の数字と桜の花弁が重なった。ほぼ真上で花弁を散らせている桜の木を見上げる。

 ──そういえば。春だというのに全く桜を眺めていなかった。いつからだろう。桜に心を動かす余裕もなくなっていたのは……


(いつだっけ、桜が見たくて外に出たら父親に──)






 車に轢かれた。


 ブレーキ音は無かった。

 ただよくある車の音が、運悪く歩道ブロックに捕まらずそのまま時人の背に突っ込んできた。後ろを振り返る余裕どころか予想も予感もない、時人の身体は大きく突き飛ばされた。






 ──暗闇。

 暗闇。暗闇。暗闇、暗闇。暗闇……


 動かない頭で辺りを見渡すが、そこには何もない。否、道はあるように感じた。

 動かない筈の身体で辺りをうろうろ歩き出す。否、身体はない。あるように感じるだけだ。


 感じる、というのはこの暗闇の中で最も大切なものであると、ソレは感じ取った。

 きっと、動くべきではない。

 動くべきではないのだが、動かなければ。

 ソレは何かから逃げるように真っ直ぐ歩き出す。脚はないが、それでも、真っ直ぐ、真っ直ぐ、永遠に感じるほど長い時間を、真っ直ぐと歩いていった。


「もう、そろそろ目を覚ましていいのよ?」


 優しい女の子の声が耳元で囁いた気がした。

閲覧ありがとうございます~!

主人公はこの後色々あるのでこの容姿はほぼでてきません……。


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