「バラバラになっちゃえよおぉ、なぁああ!?」
ベリアルの雄叫びと共に、赤へと変色した幾つもの環が、高速に回転しながらレヴィへと襲いかかる。それは出会い頭に地面を抉るほどの威力を見せた環が更に鋭く、凶暴性を増したものだった。
「ッ、こんなもの……!」
レヴィは口内に蓄えてある水を吸収し粘液を吐き出す。吐き出したソレは蛇口をひねりすぎた水のように一直線に環に向かっては、真っ二つに切り落とした。しかしレヴィの攻撃を回避した環はそのままレヴィの体を貫きなおも地面を抉り破裂させる。
「かっ……あ……!」
「レヴィ!!!」
飛び散る肉片に、時人は思わず彼女の名を叫ぶ。それに負け時とレヴィは悲鳴のような鳴き声を発した。
――――まだ、やれる。
レヴィは態勢を持ち直し、破壊された噴水から漏れる水を見た。
その場の汗や水滴から全て、レヴィの周囲へ水が集う。
レヴィ一頭の水とは比にならない、大量の雫が鉄砲のようにベリアルへと遅いかかった。
「見掛けによらず水が得意な竜なんだねぇ! 水場があれば最強って感じ? でも……」
レヴィの運心の攻撃を、ベリアルの六枚の翼はいともたやすく弾き飛ばす。
「悪いね。ボクは熾天使なんだ」
赤い環がギロチンのように頭上から一直線にレヴィの首へと降りかかろうとしていた。
このままでは、と何もできない時人は手を伸ばす。
――――このままではレヴィが死んでしまう。
知らない子だった。目が覚めて初めて見る女の子だった。けれど、それが本来どんな姿であろうとも時人にとってはこの世に産まれて初めて出会った女の子だ。短い思い出も、たったそれだけの理由で永遠のものにできる。
人情か、それとも身体からの信号か、どちらでも構わない。ただ――――どうかその子を殺さないでほしい。
「やめろぉぉぉおおおおお!!!!」
伸ばした手は誰ひとり護れない。
ただしそれは、手に限った話だ。
「『虚偽の防御壁』!」
赤い環がレヴィの首へ振り落とされる瞬間だった。謎の声と共にハチの巣のような壁がレヴィの頭上へ現れベリアルの攻撃を阻む。
「!?」
そのことに最も目を丸くしたのはベリアルだった。
本来、熾天使の攻撃などそう簡単に防げるものではない。
それを可能とする存在は今の世に恐らく四名だけ。神という概念、魔王サタン、同等の熾天使、悪竜■■■■■■■だけだった。しかし、今それを成し遂げたこの男は――――
「遅れてすまない! ここから先は任せておくれ!」
アメリカ王国監獄管理者の精霊使い、アンリ・ユーストゥス。
ドラゴンと人間の戦争を治めた、ただの人間だ。
「……!! レヴィ……!」
時人は咄嗟にレヴィのほうへ駆け寄る。あれ以上の怪我はしてないようで、心底ホッと息をつく。
しかし安心するにはまだ早い。一人味方が増えたからといってベリアルがいなくなったわけではないからだ。
レヴィは戦闘態勢のままアンリへ必死に声をかける。
「アンリ様! 気を付けて、こいつ熾天使よ!」
「うん、わかるよ。それも精霊の反応からして上級天使の中でもトップクラスだ……けれど、そう心配することはない。自分の治療を優先しなさいレヴィ。既に、僕がここに来たのと同時に──」
「私がきている」
と、時人の背後から声がする。
そこには赤い薙刀を片手に携えた人間体の竜王、ザッハークの姿があった。
「……遅い登場になったみたいだな」
レヴィの傷を横目に表情ひとつ変えずにザッハークはそう呟く。
ザッハークの姿にレヴィはホッと胸を下ろした。
「竜王も……来てくれたのね……!」
(この人は……さっき宮殿で……)
あそこからネ=コ車で一時間以上のはずだ、まさかもうここにきているとは思わず、それどころかその姿を見ただけで時人の心の奥底は不思議なことに『これでもう大丈夫だ』と、感じていた。
ザッハークは表情一つ変わらないままベリアルのほうへと向く。一方ベリアルは嫌悪の表情を隠せずにいた。
「厄介な奴が来たなあ、ほんとぉ……嫌んなる」
「ならさっさと殺されてくれ」
ステップを踏むように1、2歩と進むと閃光の如き速さでベリアルと一気に距離を詰める。最初に狙うのはまず、翼。
手にもつ薙刀を軽々と振り落とす。当然、ベリアルの抵抗。瞬時に光の環を扇状にしザッハークの首へ狙い放つ……が、竜王はそれよりも速く動いた。
一瞬、時でも止まったかのようにザッハークは踵から魔力を放出し、空中を蹴って回転。まるで翼でもついているかのような動きでベリアルの左翼へ手を伸ばした。
「さわんな!」
ベリアルは怒りの声と共に翼を大きく広げザッハークを振り払おうとする。そんなベリアルにザッハークは「無理な話だ」と呟きながら薙刀に魔力を集中させた。
武器変形。赤い薙刀は闇を帯びる。
薙刀であったものは、ガシャン、と音を出しては脇差のような長さの刀に変形する。
その刃先に、慈悲はない。
「こうでもしないと斬れないんでな」
もうひと蹴り空中を踏み、衝撃波そのもののようにベリアルの右翼を斬り潰す。
「ぐああッ……!!」
痛みに思わず声を上げるベリアル。だが斬れたのはたったの一枚だった。
ベリアルのほうがザッハークが空中を踏む寸前に冷静になり、翼を一気に閉じ横へ避けたのだ。その証拠に、ベリアルの色から赤みが消えかかっていた。
この一連を時人は当然見ていたが、まるで理解の追い付くものではなかった。
(速すぎて、何をしてんのか全くわからない……)
ザッハークは小さく舌打ちをし、一度地上へと足をつけて。もう一度、とまたベリアルのほうへ立ち向かおうとする。
しかし、
「それ以上はいけない、ザッハーク!」
アンリの呼びかけについ足が止まる。その一瞬の、隙をつかれた。
「……ああ、それ以上はダメだ」
介入者によって。
赤いグロテスクな炎が地上を襲う。彼らの頭上にはざっと数十名の天使と赤い髪の目立つ逞しい男の姿をした天使――グザファンがいた。
グザファンは炎を自在に操りながら地上にいる人間らに威嚇する。その腕の中には既にベリアルが抱きかかえられていた。
「……アイツの犬が、ボクに触らないでよ……」
「その翼じゃうまく飛べないだろ。天界まで我慢してくれ」
ザッハークは彼等を鋭く睨みつけ、一方グザファンは敵意なくザッハークを見下す。
「おい、そいつを置いてけ。まだ治療費も修理費も、首も受け取っていない」
「悪いが翼一枚で勘弁してやってくれ。幸い誰も死んでいないようだし、後は治るモノだろう」
グザファンはそう言い放つと天空へと向かおうとする。させまいとザッハークは動こうとするがそれをアンリが止めてしまった。
「炎の天使よ! 話を聞いてはくれないか!」
アンリの呼びかけにグザファンは視線だけを向ける。今のアンリには、それだけで十分だった。
「その者の翼を傷つけておいて申し訳ないが、どうかこれ以上、世界を壊してくれるな! 出来ることなら僕は君らと共存できる未来が欲しいんだ!」
人間の必死な呼び声に周りにいる下級天使はクスクスと笑い、ベリアルは軽蔑の目でそれを見る。
視線だけを向けてくれた彼だけは「そうだな……」と小さく肯定するとその場を後にした。
――――これにより時人と天使達の突然の出会いは一度幕を閉じる。
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