ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

第九詩・監獄の子鬼

公開日時: 2021年12月24日(金) 13:04
文字数:4,233

 ――――って、


「ここ監獄じゃないですかああああ!!!」


 ネ=コ車から降り、ガーデンを見て時人は大声をあげた。


「オレ知ってますぅ! レヴィが言ってましたからね! ここ、監獄なんでしょ!? オレはあれですか、監獄の空き部屋にぶち込まれるんですか!?」


「そういうことだ」


「そういうことだあ!?」


 ガーデンへと先に進んでいくザッハークに、置いてかれまいとゆっくりと後ろをついていく。


 ザッハークの説明によると一定のカウンセリングを受けた犯罪者が入る特殊な監獄であり、アンリはそれに『ガーデン』と名付けた。

 中に入るとすさまじい数の扉が目立ち、見たこともない道具があちこちで使われているのがわかった。

 なかなか一歩が踏み出せず混乱している時人の元に囚人と思われる、黒色のつなぎを着た人々が賑わってきた。その多くは未成年だ。


「なんだよ、新入りか?」

「アイツは何やらかしたのかな」

「ガリガリだな、ちゃんと飯食ってんのか?」

「ちょっとかっこよくない?」

「やめてよ、絶対年下よあの子」


「あ、う、うぅ……」


 このままだと自分も囚人の仲間入りになってしまうのではないか。そんな不安を胸にしていると集団の後ろが不穏に騒ぎ出す。


「……?」


 白い肌。白い髪。紫色の瞳。大きな傷痕のある顔。

 視界に入ったのは、そんなひとりの少年だ。

 身長は今の時人とそう変わらず、不健康でどこかベリアルを思い出させる色をした少年を、周りの囚人は恐れるように避けていく。そこで、一人の男の声がした。


「鬼の子がまた部屋から出てきやがって……」


 小さな声だった。しかし静かになりつつあったその空間では、時人にもその少年にも十分聞こえる程度の声だった。


(鬼の子……)


 天使に、ドラゴン……今度は鬼か。そう思った時、白い少年と目が合った。そこにある違和感が時人を襲う。


 ──違う。


 うまく言えないが何か違う。何かが時人の中で否定する。いや、時人の中が否定する。少年はすぐに目を逸らし俯いた。


「おい」


 ザッハークの呼び声に肩をびくつかせる。

 いつの間にかザッハークは階段の元まで先に進んでいた。


「あっ、ま、待ってくださいよ!」


 声でようやくその存在に気付いた囚人はまた賑やかに騒ぎ出す。


「お、おい、竜王だ!」

「アンリ様が留守なのに……めずらしいね」

「あの子とどういうカンケーなの?」


 騒ぐだけで囚人達はザッハークに近付かない。それはどこか恐れているように見えた。

 ザッハークの元へと走ると、すぐ横で先程の白い少年が階段を登ろうとしているのを時人は思わずじっと見つめた。


「…………!」


 その視線に気付いたのか、白い少年は表情を歪めた。

 二階へと続く階段を、白い少年が一人で上っていこうとしたそのとき、


「エタ」


 ザッハークが名を呼んだ。


「…………はい」


 白い少年、エタは心底嫌そうな顔でザッハークのほうへ振り返る。


「コイツは今日から二階の空き部屋に泊まる。おまえより年上だがコイツの面倒を頼んだ、案内してやってくれ。私は宮殿に戻る」


 その言葉にエタは困惑を見せ、時人は情けない声を出した。


「えっ。ザ、ザッハークさん帰るの……!? 色々説明不足な気がするんですが! せめて部屋くらい案内してくれてもいいのでは!?」


「わからないことは住人に聞け。アンリも今日中に帰ってくるだろうさ」


 ザッハークはそれだけいうとそそくさとガーデンから出ていってしまう。時人はその様子をただ突っ立ってみることしかできなかった。


「……………………ちっ」


「!?」


 すぐ後ろで舌打ちが聞こえた。

 振り返るとエタもそそくさと階段を上っていく姿が見えた。時人は今度は慌ててそれを追いかける。


「ちょ、ちょっと待ってよ。えっと……エタ、くん、だっけ? 名前?」


 すぐエタの横に並び、同じ速度で階段を上っていく。

 ガーデンの中は清潔でとても監獄とは思えない場所だった。時人の知識で言えば学校のような雰囲気がある場所だ。


 時人はそのままエタへ言葉を続ける。


「オレは時人、天草時人って言うんだ。ガーデンどころかこの国の事とか全然知らないんだけど……エタ……?」


 言葉の途中でエタは突然足を止めた。


「……その名前、日の本の人間か?」


 見掛けによらず低い声で、時人を睨み付けながら問いを投げた。


「ひのもと……そ、そう! 多分! 日本のこと……だよな?」


「……………………クソが……」


「!?!?」


 エタは小さく罵倒を吐き、また階段を上りだした。


 ぐらっ、と目眩が時人を襲う。


(……う…………なんだよ急に……あっ!)


 気が付くとエタの姿が見えなくなっていた。


 時人は急いでエタを追いかけ二階へたどり着く。

 エタの姿はベランダと思われる場所にあった。


 そこには多くの花壇があり、エタは花にジョウロで水をあげている。


「…………こんなところがあるんだ。エタくん、お花好きなの?」


「…………」


 視線を一瞬こちらへ向け、エタは沈黙を通した。

 無視だ。

 さすがに時人もこれにはカチンときた。


(無視することないだろ……!)


 そういえば、と生前の記憶を辿る。

 飲食店で働いていた時の事、自分はまだそこの新人で顔すら覚えてもらえてなかったようなとき、副店長の蔵井に明るく挨拶をしたら無視をされたあの瞬間を思い出した。

 後から分かった話だが。蔵井はコミュニケーションが苦手で無視をするつもりはなかったがタイミングがよく掴めずそのまま歩き去ってしまうことが多かったという。


(今思えば蔵井さん、よく飲食店で働こうと思ったよな……じゃなくて、今は)


 ンッンー、とわざとらしく喉をならす。

 時人は根に持ちやすく、我を押し通したいタイプだ。

 無視されたからといって声をかけるのをやめるような男ではなかった。


「あのさ! 答えたくなかったら答えたくないって言ってほしいんだけど、君さっき……」


 ズイッ、と視界に入る。少年は時人と目が合うとハエを見るような顔と、ドスの入った低い声ででこう言った。


「うるせぇよ、日の本のクソ猿が」


「くっ……」


 日の本のクソ猿。


「…………そう、初対面でそんな風に言われたのはうまれて初めてだよ、うん……」


 あくまでも冷静に、苦笑いをしながらわけもなく頷く。

 エタは蔵井のように会話が苦手なタイプというわけでなくただ単に性格と口が悪いようで、ため息をつくと続けざまに毒を吐いた。


「うるせぇってんだよ、視界から消え失せろ。言葉通じねぇのか? ……ああそうか、猿に言葉が通じるわけもなかったなあ。俺も何話してんだか」


 エタはケッ、と聞こえるように言うと花壇の奥へと進んでいく。

 しかし時人は引くどころかぐいぐいとエタの後ろをついてった。


「その言い方はどうかと思うぞ、友達いないだろお前」


 どこか時人もあたりがきつくなっていた。これにもエタは無視を続ける。


「ザッハークさんとはどんな関係なんだ? あの人、ここによく来るの?」


「…………」


「いつからここに住んでんの? オレより年下らしいけど、年はいくつ?」


 無視をされるので次々と質問を変えていく。

 そうするとエタの足音にも変化が出てきて、だんだん苛つきが表れていた。


 ようやく、エタは足を止めて振り返る。


「なんなんだお前! しつけぇぞ!」


「ふっふー、反応したなあ?」


「な、何を勝ち誇ってんだよ……」


 時人の奇妙な態度にエタは引き気味になる。

 そんなエタに、時人はホッとしたように笑みを浮かべた。


「無視とかあんましないほうがいいぞ。そのうち声を出すのも億劫になるからさ」


「…………」


「なあエタ」


「いつ呼び捨てにしていいっつった」


「お前、口悪いけど絡みやすいな。この世界に来てようやく、男友達になれそうな相手を見つけられた気がする」


 時人はそう言いながら被っていたフードをとる。

 自分が何者であるか、顔を見せるのが一番手っ取り早いと思ったからだ。


「は────……」


(やっぱ驚いたかな……)


「……お前ほんとに日の本の猿か? ハーフなのかもしれねぇけどよ……しかもなんつーか、気持ち悪いぜ。内面と顔があってねぇよ」


 予想外の反応に時人は思わず眉をしかめた。


「えっ? オレの顔見てわからない……? もしかしてここじゃオレって寝顔広められてないの?」


「はあ?? 何言ってんだお前…… ──っ!」


 突然、エタの背中に複数の小石が投げつけられる。

 投げられた方向へ振り向くと、時人やエタよりも小さな子ども達が走って逃げていく後ろ姿が見えた。


「……チッ、あいつら……」


「おいおい、大丈夫か? なんで急に石なんか……あの子達虐めたりした?」


「してねーよ!!! ……っ!」


「──」


 エタは時人に大声で怒鳴ると、すぐ我に返り苛ついた足取りでベランダを後にした。

 時人はその後ろにゆっくりとついていく。


「…………なについてきてんだ」


「だってオレ、ここのこと何も知らないんだよ」


 時人にそういわれ、「ああ」とエタはザッハークの言葉を思い出す。

 口にはしないがエタは足取りを変えて、時人に背を向けたまま歩きだした。先程とは違い確かに、時人を部屋まで案内するつもりのようだ。

 時人を安堵する様子でその背中をついていった。


 他の扉とは違い、扉に大きく傷のついた部屋の前でエタの足を止め、その扉を開いた。


「……この部屋だ。見ての通りベッドと机とクローゼットしかねぇけど、今日は問題ねぇだろ。鍵は内側からも閉められる。なんかあったら机の上にボタンがあるから、それを押せ。管理人が起きてたら反応する。


管理人通すほどのこと以外にわからないことがありゃ隣の部屋のヤツに聞けよ。アンリさんが帰ってきたらアンリさんに聞きゃ良い。それまで寝とくってのもアリだ」


 先程とは違い饒舌に喋るエタに、時人は目を丸くした。


「あ、ありがとう」


「…………俺は部屋に戻る。お前は部屋の中で大人しくしてろよ」


「なあ」


 場を去ろうとしたエタに、時人は優しい表情で近付いた。


「オレはエタのこと、なんも知らないけどさ。なんか困ったことがあれば相談してくれよな」


 そう言った時人に、エタは心底不愉快な感情が沸き上がった。暴言を投げようとするその前に、時人から言葉を投げられる。


「オレは何があってもお前に石を投げたりしないし、投げる奴が居たら次はオレが叱っておくよ」


 今日はありがとな、と時人は笑顔を向ける。

 エタは目を逸らし、顔を伏しながら時人に背を向けた。暴言を投げるどころかその場に吐き捨てることすら出来なかった。


 エタは自身の顔の傷に触れる。


(……どうせ、どうせお前も皆と一緒だ……)


 ドタッ。


 エタの背後からなにかが倒れるような音がした。


「……時人っ!?」


 振り返ると、そこでは扉を背に時人が倒れこんでいた。


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