ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

第十一詩・監獄生活Ⅰ

公開日時: 2021年12月26日(日) 07:54
文字数:4,091

 記憶にあるのは真っ赤な炎。

 自分の寝床も、親の家も、知っている子も、医者も。目に写るものは全て燃えていた。


 熱くて、苦しくて、辛くて、逃げたくて、逃げようとしてすぐ母親に会えた。

 母親がひどく震えていたのを確かに覚えている。


「……おかあさん…………いたいよぉ……」


 朝日がのぼり、彼の顔を照らす頃。

 真っ白な少年は涙を流していた。





 PM12:13。


 時人はあの後、戻ってきたアンリによって点滴は外され、監獄内で使えるという管理人用の緑色の腕輪タグを渡されると、暫く部屋で安静にしていた。

 昼時になり、またお腹が空いたと立ち上がって部屋を彷徨いてみると、机側の壁に監獄内の見取り図があることに気が付いた。

 外から見るとドーム状の監獄内は5階ある北と南に別れており、1階のみの中央は東と西に別れた造りになっていた。

 南は皆の個室や庭、北は学び場や食堂。東中央は大浴場、西中央は広場で出入り口が3つある。

 地下も3階あるが、関係者以外立ち入り禁止とのことで詳細は書かれていない。


「食堂は北の3階……」


 時人は自然とそこへ足を運んでいく。


 食堂につくと時人は思わず目を丸くした。

 食堂はどこか新しく作られた大学を思わせるほど綺麗で広い場所であった。

 時人は中卒だが、バイト先の早乙女先輩が通っている大学の学園祭に招待されたことがあり、食堂たるものを見たことがある。


(早乙女先輩のとこは確か新設校だったよな……凄く広くてビックリしたけど、ここも凄いなあ……)


 はあ、と思わず溜め息が出る。

 溜め息を出したのは時人だけではなかった。


(あ……)


 食堂には当然、監獄に住む多くの子ども達で賑わっていたが、溜め息が聞こえた方へ振り返るとそこには白い少年が孤立して長い机を一人で独占していた。


(……エタだ……)


 つい先程怒られてしまったばかりだった。仕方ないが今回ばかりは距離をおこうとしたその時、


「昼にくるなよ……」


 そんな声が聞こえた。


(なんでそんな酷いを言うんだ? ……)


 ここにいるのはみんな何かしらの罪があるからではないのか。エタだけ特別嫌われている理由が時人にはわからなかった。


「…………よし!」


 時人はズカズカと歩を進め、ズカッと大胆にエタの隣に座った。

 それを見た周りの子ども達は小さく騒ぎ始め、エタは引き気味に目を丸くする。


「…………お前、言葉がわかんねぇのか? よくもまあ俺に近付こうと思ったよ。つーか近すぎだ、離れろ」


「え? 席は詰めたほうがいいだろ?」


「そういう問題じゃねぇ。つーかせめて飯を持って座れ! 何しにここに来てんだテメェは」


 その言葉に時人はパァァと表情を明るくした。


(隣で食べても良いのか!)

「オレさ、オレ、初めてだからわからないんだよ。みんな並んでるみたいだけど何か必要なものってあるのか?」


「……ん」


 エタは不機嫌そうに自身の右手首を見せる。

 そこにはオレンジ色のタグがあった。


「オレの緑色だよ」


「そいつは管理人用のだからな、食堂じゃ色が違うだけだ。あっち並んで飯を選んだら受け取り口で受け取るだけだ」


「……なあエタ」


「めんっどくせぇからこれ以上喋らせんな、詳しいことはあそこで暇してる管理人に聞けよ」


 エタに睨まれ、時人は困り眉を下げる。

 エタが指をさした猫背の男は、30代くらいの男で皆が着ている黒いつなぎではなく、焦げ茶色のジャージを着ており、首にはネックストラップ、右手首には緑色のタグをつけていた。恐らく管理人だ。


 時人は仕方なく腰をあげその男へ声をかける。


「あのぉ、ちょっといいですか?」


 時人が顔を見せると、猫背の男は驚いた表情を見せて、直ぐ様姿勢を正した。


「あっ、ああ! 貴方様は……アンリ様から話は聞いております。食堂をご利用ですか? 食事をお選びいただければいつでもすぐにご提供できますよ」


「え? えっと……他の子は並んでるみたいですので、自分も並んだ方が良いんじゃないかと思うんですが……」


「……そ、それは……」


 男は困ったような顔をしたがすぐに了承した。


「トキト様のご要望であればそのように。管理人のタグはお持ちですね? あちらの機械でそれを付けたままボタンを押して頂けば自動で読み込んでくださいますので、受け取り口でお選びになった食事を受け取れますよ。機械の操作はタッチパネルとなっていて──」


 管理人の男は説明をしながら歩き出す。

 気が付くと男と共に並び、時人は食事を受け取っていた。


(栄養失調になったばっかだし、栄養バランスのよさそうなご飯が良いよな!)


 そう考えて選んだのは茄子とキャベツの味噌炒め、白米に味噌汁、ポテトサラダ等といった定食だ。


 時人は管理人の男に礼をした。


「あの、名前をうかがっても?」


「じっ、自分はテルグム・プシプシナです。トキト様の耳に少しでも残っていただければ光栄で……ああそのっ、申し訳ございません。自分のようなものが……」


「そんなに頭を下げないでくださいよぉ、オレの方が年下ですから。大丈夫ですからっ! テルグム・プシプシナさん、覚えました! 改めてありがとうございます! ではまた!」


 時人は笑顔で背を向け、テルグムは感嘆の声を漏らしながらその背中を見届けた。


(は、恥ずかしっ恥ずかしっ)


 急ぎ足でエタの隣の席へと座る。


(恥ずかしかった……オレ、普通の子どもなのになあ)


 デイヴィッド国王の言葉を思い出す。

 『君は、神が我々に施したもう一人の英雄である』

 英雄。自身の身の丈にも合わない言葉に時人は恥ずかしさが込み上げた。

 そんな心情も見ず知らず、隣から刺々しく声をかけられる。


「なにニタニタしてんだよ、きもちわりぃーな」


「え!? ニタニタしてたか!? ……って」


 エタの目の前にある食事に目を向ける。結構長い間並んでいたような気がしたが、エタはその食事の半分も食べ終えていなかった。


「……ヒトの食いかけの飯をジロジロ見てんじゃねぇよ」


「あ、ごめん。並んでるときちょっと不安だったんだよ。エタが先に食べ終わってすぐ部屋に戻っちゃうかもって」


「はん。悪かったな食うのが遅くってよ……」


「逆だよ、待っててくれたのかなって嬉しいんだ。それに食べる早さなんて人それぞれだし、ゆっくりでもオレは全然良いと思うぞ」


 時人の口からでる一瞬の躊躇いもない言葉と笑顔にエタは眉をしかめた。

 エタが監獄にいる理由は話した、最低最悪なヤツだという印象を植え付けた筈が、時人はそれを全く気にしないような素振りで声をかけてくるのでエタは戸惑ったのだ。


「いただきます!」


 時人は手を合わせてフォークを使って食事を取り始める。食堂には箸がなかった。


(まあ日本じゃないもんなあ、ここ……時代も違うし、ん、旨っ)


 時人は笑顔でご飯を頬張った。

 食べている最中、視界に気になるものが入る。つい視線をそちらに向けるとその正体はエタのスプーンの持ち方だった。

 本来、スプーンというものは親指と人差し指で持つ。子どもがやりやすい握りで例えれば、銃のポーズの状態から握るものだ。

 しかしエタは下から手のひらで握っていた。

 小さな子どもがよくやる、手首を大きく返して食べる時の握り方だ。これでコーンなどを食べたときはよくこぼすもので、それはエタでも例外ではないらしく、口に入れるまでにぽろぽろとご飯が皿の上に落ちていった。


 この食堂にはエタより小さい子どもがいる。しかしその子どももエタのような握り方はしていない。

 余計にその持ち方が気になってしまい、ジッ、とみていると、ごくんと飲み込んだエタが口を開く。


「何見てんだよ。くいづれぇだろ」


「あ、ごめん…………あのさ、エタ。スプーンはこうして持ったほうが食べやすいと思うぞ」


「は?」


 時人は参考に自分の知る正しいスプーンの持ち方をエタに見せる。

 それにエタは拗ねた子どものような表情をした。


「俺の持ち方が間違ってるなんて知ってんだよ、食えりゃいいだろ」


「それは……そうだけど……」


「なら文句言うんじゃねぇ」


 エタはそう言って、食事を再開する。

 時人はまだ気にしながらも食事をとっていたが、途中エタの不自然な行動が視界に入った。


 エタはチラチラと時人の手を見たり、周りを気にしながらスプーンの持ち方を変えようとしていたのだ。

 それに気づいてしまい、時人は少し頬が緩む。


「……親指と人差し指の間な」


 小さな子どもに教えるようにいつもより優しい声でそう言うと、エタは悔しそうに怒りの表情を見せた。


「うるせぇ、わかってるっつーの。おや指ってどれだよ。おとうさん指?」


「……ふふっ、ちょ、ま、待って」


 まさか、エタの口から「おとうさん指」という言葉が出てくるとは。と時人は思わず笑いをこぼしてしまった。しかし真面目に言っているのはエタの怒った顔と声を聞けばすぐ理解できたもので、時人はすぐに口元を隠した。


「そ、そう、お父さん指と……お母さん指で挟んで、中指は……えっと」


「……おにいさん指だろ」


「おお、よく知ってんな。お兄さん指らは下にして……」

(って、案外素直だな)


 中々に難儀な性格をしている、と素直に従うエタを見て時人は思った。


(でもなんか、嬉しいな。エタはもうオレのこと嫌いになったのかと思ったけど…………親からはスプーンの持ち方も教えてもらえてなかったんだなあ)


 父親はいると聞いていた。そして今もなお、生きている。ハッキリとそう言っていた。時人はエタの父親がどういう人なのか気になって仕方がなかった。

 エタはどうしてこんなに傷だらけなのか。

 エタはどうして鬼の子と言われてるのか。

 エタはどうして、指を家族で言い表すのか。


(……オレには、父親なんて生き物に良い印象はないから、こういう風に考えちまうんだろうけど、エタの父親は……)


 ──きっと、ろくでもない。


 親として子を正しく教育してたとはあまりに思えない。エタの発言していた放火と殺人も、父親ではなくエタが犯罪者となっているあたり、もしかしたら──


「……おい、クソ猿。テメェ今余計なこと考えてんだろ」


「えっ。あ、ああ、なんかゴメン……」


 エタの介入に思考が止められる。

 鋭い視線を向けては、これ以上構うことなくエタは食事を再開した。不慣れた手つきでスプーンを白米に突っ込む。

 それは時人に教わった持ち方だった。


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