ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

第五詩・堕ちる光

公開日時: 2021年12月24日(金) 12:45
文字数:2,123

 街に囲まれた噴水のある広場。

 周りには小さな屋台も見え、家族連れや若者の集団、小さな子から老人まで楽しそうな顔をしていた。


「……平和って感じだ…………」


 レヴィと共にベンチに腰を下ろし、澄んだ青い空を見つめながらそう呟いた。横でレヴィがクスッと笑いをこぼす。


「ずっとこの平和が続けば良いのにね」


 その言葉を聞いて、ふと思い出す。

 今の平和があるのは英雄アンリ・ユーストゥスが戦争を止めてくれたおかげだという話だ。

 周辺には建物が多いが、建物自体は低い。どれもせいぜい二階建てだ。戦争の名残りだろうか、まで考えて思考を止めた。それよりも先程ネ=コ車から見たあの監獄は見えないかと周囲を見渡す。

 すると監獄とは別に、大きな建造物が視界に入った。もしかすればデイヴィッド国王のいた宮殿より大きい建造物だ。


(あれ、なんの建物だ……?)


「そうだ、トキト」


 レヴィに呼ばれ、振り返る。


「喉渇いたんじゃない? アタシ飲み物買ってくるわ。トキトはここで待ってて……あ、飲めないものとか、ある?」


「いや……この身体の味覚がわからないからなんでも大丈夫だよ。ありがとう」


 ふふ、とレヴィは笑うと、売り場だと思われる小さな建物の方へ軽く走っていった。

 その後ろ姿を見つめていると、とん、と脇腹にボールがぶつかってきた。子ども用の柔らかいボールだ。


「うおっと、ビックリした……」


 ぶつかって落ちそうになったボールを拾うと目の前に5歳くらいの小さな男の子が走ってきた。


「あ、あぅ、ごめんなちゃい……」


「オレは大丈夫だよ。はい、ボール」


 時人は優しい声色で柔らなボールを男の子に渡す。男の子は暗い顔でボールを受けとると軽くお辞儀をする。

 良い子だな、と時人は感心した。だがボールを取りに来た男の子以外に、こちらに注目している子どもや大人がいないことに気が付いた。


「……一人で遊んでる? お母さんは?」


「…………ママはおしごと。ちかいから、ひとりできたの」


 男の子は暗い顔のまま俯いた。


「そっか……」


 広場で子どもが一人、本人がそれを寂しいと思っているかは時人には判断できないが、それでも──


「……お兄ちゃんが一緒に遊ぼうか?」


 ──幼い頃。早朝、目を覚ましてリビングに向かうと外から聞き覚えのある人の、にぎやかな声が聞こえた。大きな窓のカーテンを少し開けると両親と姉が車に乗る姿を見たのを、時人は覚えている。

 そのとき自分がどうしたかは記憶していない。

 時人は昔の自分と男の子を重ね合わせ、心境を想う。

 きっと誰もが、一人でいるのは寂しい、と。


 案の定、時人の言葉をきいた男の子の表情は少しばかり、明るくなる。


「ほんと?」


「ああ。長い時間はちょっと難しいけど……キミのお名前を聞いても良い? オレは時人っていうんだ」


 時人はフードを軽くあげながら立ち上がる。

 男の子は


「ぼくはリデレ!」


 と時人の顔を見上げながら、明るい表情で名乗った。


「リデレくんか。よろし……ん、どうした?」


 リデレは見上げていた。時人の顔を見上げていたが、その視線は時人から外れており、表情は疑問の顔に変わっていた。


「ねえ、いまおそらがひかった」


 リデレがそう言って時人の上を指差す。


 時人が顔をあげたその時、一直線に空から光が落ちてきた。






「なあアシエル。人間界に降りる許可をもらいたい。人間界の砂漠地帯なんだが…・・・」


 会議終了後、地球を見下ろした大きな泉のある天界の施設内でグザファンは、ベリアルに辛辣な態度をとっていた男、アシエルに声をかけた。

 声をかけられたアシエルのほうは聞こえるように舌打ちをする。


「我に気安い態度をとるな、ルシフェルの犬め」


 こんなアシエルの態度にも、グザファンは爽やかな笑顔を返す。


「犬ほど愛されてはないさ。彼にとって俺は使い捨ての駒にすぎない」


「ふん。本来貴様はただの下級天使なのだから当然だ。そして当然、降りるのは不許可だ」


「そこをなんとかしてくれよ。イフリートの勧誘を任されてる」


「誰に」


 アシエルは金色の山羊のような瞳でグザファンを鋭く睨み付ける。それにもグザファンは笑顔をみせ、「俺の勘に」と軽く答えた。

 アシエルは溜め息をつけないほどの呆れた表情を見せる。


「飼い主が重度の馬鹿だと、犬も重度の馬鹿になるものだな」


「そんなこと言うなって」


 あと俺の場合 犬より鷹だ、と謎の訂正を付け加え、


「少しでも魔界や人間界に残った悪魔を引き上げるのは大事なことなんだろ? 神が神であるためにはもっと認知されないといけないって話だったはずだ。


それにイフリートは炎使いで俺は最高に相性がいい。喧嘩にならないからな。それともアシエルが行くか? 砂漠の王だしな」


 と、中々引かないどころか仲間集めに誘われたアシエルはいつも以上に眉間にシワを寄せた。

 そろそろ限界の様子だ。


「重度の馬鹿は身も弁えられぬか。貴様のような下級天使に何ができる。不許可だ。断じて不許可だ。さっさとここから立ち去れ。貴様はベリアルの見張りでもしているのがお似合」


「ん? おいアレを見ろアシエル」


「話を聞け貴様っ────なに?」


 グザファンは泉の底を指し示す。アシエルはそれを見て、顔を青ざめた。


 長い沈黙が続き、人の地に見覚えのある姿の名をようやく口にする。


「……………………ベリアル?」


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