遡ること数時間前。
先日ベリアルが無許可で地上に降り、暴れた挙げ句に翼を一枚失った事に関して大規模な会議が開かれていた。
前回とは違い数名の集いではなく、名のある天使達全てがその空間に集っていた。
その様子はまるで裁判上だ。
ベリアルはその中心にいる。
天使達の刺々しい視線がベリアルに向けられていたが、ひとつの足音によって天使達は直ぐ様そちらへ振り向いた。
現れたのは黒い男だ。ここにいるほとんどの天使はその姿をみるのは初めてで、一体どのような御方なのか、希望は持たずに見極める姿勢をとった。
黒い男・王に対して熾天使バアル・ゼブルは膝をつく。
「我らが新たなる主よ。どうかあの愚かな五枚翼の熾天使に罰をお与えくださいまし。あの者は貴方様の御言葉を無下にし、さらには──」
「パパ!」
ベリアルは声高らかにバアル・ゼブルの言葉を遮っては、王の胸へ飛びついた。これには天使達は騒然とし、バアル・ゼブルは怪訝な表情をする。ベリアルは無邪気な子どものようにスリスリと王へ頭を押し付けた。
「聞いてよパパ! アシエルが酷いんだよ。ボクががんばあ~って竜王と闘った後だってのに「貴様は天界の恥だ! 息の根を止めてやる!」とか言ってめぇ~~~ちゃっ! くちゃに追いかけてきたんだから! おかげでパパに会うの遅くなっちゃった……」
「おや。それは大変な想いをしたねベリアル。それに……」
王はベリアルの頭をそっと撫でては、大天使アシエルの方へ視線を向けた。
「アシエルも。途中からお前の方が追い詰められたようだ」
「とぅ~ぜんでしょっ! 熾天使のボクが大天使にやられるわけないもん!」
「どうかな。お前は己より強いものに勝つ生き物をこの数億年で見てきたじゃないか。そして私もその一人。なればこそ、大天使が熾天使に打ち勝つ未来もきっと有り得る話さ」
そう諭され、ベリアルはムゥと頬を膨らます。王はそれに優しく微笑むともう一度ベリアルの頭を優しく撫でた。
その様子を見ていた他の天使達は顔を見合わせる。
(この御方が、本当に神様なの?)
そんな疑問が頭を過る程に、天使達にとってそれは異様な光景だったのだ。
(見えるし、触ってもらえてる。いいなあ)
(あのようなこと、天地創造の神からは絶対に言われぬ言葉だ)
(元々人間なのだからこれも当然……いや、しかし)
(父の力を受け継ぎ、世の真理がわかっているのなら)
(ああ。やはり、人間の形を保ち、人間のような思考でいられるのはおかしい)
(それってつまり──)
(私達の新しい神様って、かなりスゴい……?)
天使達の多くは頬を緩せ、瞳を輝かせた。初めてに近い感覚に少し動揺しながら。
しかし一部の天使は王の顔を見て眉をしかめている。
(あの、顔、は……忘れる筈もない! まさか、ルシファーがこんな事まで……!)
瞼を閉じる余裕はなく、唾が喉を通る。
王の顔に大きく動揺していたのは、智天使アスモデウス、智天使アモン、座天使ラウム、座天使プルソン、能天使ボティス、能天使グシオン、大天使ウァレフォル、天使ゼパル、天使ロノウェ、天使アロケルの十名だ。
黒白の色をした、上半身を大胆に露出した黒髪の美女・熾天使アスタロトはその十名へと視線を向ける。
(当然、アイツ等はそういう反応するよなァ。俺様も初見は超ビビって、また髭が生えちまうと思ったぜ)
髭のない綺麗な顎に触れながら今度は、ポニーテールの麗しい女性のような肉体を持つ男・主天使パイモンと、日に焼けた逞しい肉体を持つエプロン姿の智天使バティンを見た。
(あの二人は……ああ。知ってるんだったか)
王を既に出会っているのは熾天使とルシフェルのお気に入りのみだった。
パイモンとバティンは戦争前までは悪魔であり、ルシファーの忠実な部下であったため、拝謁することを許されていたのだ。
パイモンは不安な表情で、バティンは困り眉ながらにこやかに王とベリアルを見つめていた。
(ああ、なんてこと! やっぱり胸が痛むわ。私でさえこんなに悲しい気持ちになるのに、アスモデウスは大丈夫かしら? 胸が痛んで傷んで弾けちゃったりしないかしら?)
(うーん、やっぱり複雑な気持ち。ボクでこうなんだから皆はもっと気にしてる筈だよね。あ! 後で皆にご飯作って気持ちを落ち着かせるのはどうかな! ふんふふ~んっ、なに作ろうかなあ……あっ)
バティンが考えながら視線を上に向けると、空中から降りてくるルシフェルに気が付く、
「おいおい王様ァ。流石にちょっと甘すぎるんじゃねぇーの? せっかくミカちゃんが天使を集めてくれたんだ。ベリアルの翼をあと3枚もいで熾天使から能天使あたりに格下げしてもいいんだぜ?」
その言葉にミカエルも不本意ながら同意する。
「我らが新たなる父よ。ベリアルは貴方の言葉を無下にし、翼を地上に置いてきた。罪深き事だ。それを裁かぬのであれば他の天使に示しがつかぬではないか」
ミカエルの言葉にバアル・ゼブルは大きく頷き、他の天使達も真剣な表情で王を見た。
王はふんわりと笑う。
「そう、怖い顔をしないでおくれよ」
その言葉に、その瞳に、その声に。
天使達は眉をしかめることも赦されない。神の力による強制ではない、しかしこの男の望むようにしたいと、己の核心が囁く。ただし、ルシフェルを除いて。
王は言葉を続ける。
「私は地上に行くことを禁じてはいないよ。翼は一枚落とされたが、ベリアルが竜王らと対峙して生きて帰って来ただけでも十分な成果だと思っている」
王の人間性が、まるで洗脳したかのように天使達を自らの意思で頷かせようとする。
神の言う通り、それで正しいのだと。だが、
「えへへ。もっと言ってやって!」
「――――――――っ!!」
ベリアルの明るくも淫らな甘い声に、周囲の天使は毒気を抜かれたように意識を取り戻す。王の穏やかで威厳ある声のカリスマ性を、ベリアルは素の色気で相殺させてしまった。これにベリアルは気が付いていない。
まずハッ、としたのはミカエルだった。
「……しっ、しかし! 我らが新たなる父よ! その十分な成果とはなんだ!? 竜王の力は未だ底知れず、その者は竜の小娘ひとりさえ殺せなかった! 翼を奴等に与えてしまった代償の方があまりにも大きいではないか!」
ミカエルがそう声を上げると、他の天使達も同じように声を上げた。ベリアルを非難する声がその場にあふれる。
王は軽く右手を前へ広げつつ、左手に持っていた杖を床に三度叩いた。そのとき王の表情は、初めて怪訝な表情へと変化する。
その動作に場は静まり、多くは両手を繋ぎ前へ掲げ、唾を飲み込んだ。
神からお言葉がある。と、全ての天使が理解する。
「……私は此度の戦争で理解した。このまま放置しておけば我々は未来、地上からの襲撃を受け、敗北する事を」
「──っ!?!?!?」
「しかし、我が息子、ベリアルの勇気ある行動から掴むことができた情報によってその未来は変えられる。我々はベリアルのおかげで地上との戦争に勝利することとなるだろう。その勝利の為には我々が襲撃を受ける前に、神の堕とし子と■■・■■■■、そしてなにより──アンリ・ユーストゥス。この三名を排除しなければならない」
ニンマリ、とルシフェルは悪趣味に笑う。
「よって半年後、アメリカ王国を襲撃する! お前達、異論はあるか!?」
ベリアルやルシフェルを含め、天使達は口を揃えてこう言った。
「すべては神の御心のままに」
「未だに、王は王である」
楽園の地にて、魔王サタンは本来の神と遊んでいた。
直方体の土の塊を3つずつ交互に置き、高さ2mのタワーを作る。そこから一方を抜き取り、最上段に積み上げるという、所謂ジェンガ遊びだ。
魔王サタンは恐る恐る抜きながら話を続ける。
「あの男は神ではない。いや、神という……立ち位置にはいるが、ただそれ、おっと……だけだ。神としての力はまだ不十分なのだ。む! 我の方がよっぽど神様らしいことができるほどにな。だからこそ、よしよしっ! 半年という時間が必要になる」
「……ですがサタン。半年ではあまりにも ああっ、崩れてしまいますよ! ……短いのではありませんか?」
「ぐぬ、ぐぬぬぬ……ああ。そう、だ、な、おっ! 安定して置けたぞ! 次はオマエの番だ!」
「はい」
神は見えぬ力で一本抜き取り、最上段に容易くのせる。タワーは微動だにしなかった。
「……………………コホン。で、なんだったか……ああそうだ。半年で奴自身が出来ることなど限られている。よっ、と。だから今は急いで見定めている頃であろっ、うよ」
「何を見定めるのです?」
神の言葉に目を細め、いつものように悪趣味な笑みをする。
「あの三名を確実に殺せる力を与えるべく天使を、だ」
魔王サタンは土の塊を二本抜き取って見せた。
魔王サタンは神と終盤までずっと遊んでる予定です。
魔王サタンは最初の挿絵の通り少年サイズ(145㎝くらい)ですが2mまでどうやって手を伸ばしているのかというと、飛んだり尻尾で立ったりして乗せていました。
神と同じように魔力でスッと抜き取って持ち運ぶことは可能です。(しない)
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